ベテラン転生者エリザベス、完璧な令嬢になりました。今度こそ思い通りの人生になる…はず?
転生はビジネス化されたようです。
母の言葉を聞いた直後、リサは、ものすごい力に引っ張られた。そして、真っ黒な空間に放り出されてしまった。
きゃあ、と悲鳴をあげた気もするし、いやだと抵抗した気もするし、お母さん、と咄嗟に呼んだ気もするし、そんな暇はなかったような気もする。
つまり、よくわからない。
「えっとここは……?」
一寸先は闇、というのはこのことだろうか。
おそらく鼻先を摘ままれても、背後からフライパンで殴られても、相手がだれかわからない。勿論、己の手足も見えない。ものの見事に黒一色、何の匂いもない。ぬるま湯のような生ぬるさを感じるだけの空間だ。
せめて何か音や気配がしないかとじっと耳を傾けてみるが、空気の流れる音すらもしないし、もっと言えば自分が立っているのか宙に浮いているのかも不明。
しかし、このままここに立ち尽くしていても仕方がないように思われたので、一歩、前に進んでみる。
右足を出したつもりだったが足はないらしくて、ゆらりふらり、揺蕩うような、流されるような感触があった。
なんだか危なっかしい。
そこでようやく、自分は死んだ――というか、今は肉体をもたない存在なのだと気が付いた。
「……ここはどこ?」
ダメもとで言ってみたら声が出た。出るとは思ってなかったので驚いた。
しかし聞き覚えのない若い女性の声――少なくともさっきまでのリサの声とは違う――で、何やら違和感を覚えてしまう。
「誰かいませんか……」
「あ、おかえりなさい」
「へ? だ、だれ!」
「今回は素直に戻ってきたのですね『はじまりの泉』へ」
見知らぬ女性の声だ。そちらへ体を向けようとしてはたと困った。
声は、どこから降ってくるのか。頭の上からのような気もするし、地下からのような気もする。が、相手が見えないのだからこの際どうでもいいだろうと思いなおす。
「えっと話しかけてくるからには、あなたには、あたしが見えているのね?」
「はい。さすがに肉眼では確認できませんが、特殊なカメラでしっかりとらえています。あなたがとても安定しているのも、モニターにデータ表示されていますのでご安心ください」
ご安心を、と言われたところでそもそも不安は抱えていないことに思い至る。疑問がてんこ盛りなだけである。
「ここは、『はじまりの泉』……? ああ、そうか。ここから転生するのね?」
「はい。肉体を持たない魂が一番安定するのがぬるま湯の中ですので、転生先が決まるまで、ぬるま湯の泉に居てもらうことになっています」
「ぬるま湯……泉の中……」
「ここであなたの希望する人生設計に相応しい人物に作り替えて、送り出します」
だれが。
どうやって。
どこへ。
いつ。
聞きたいことは山ほどあるが、今ここで尋ねるのは無粋、いや、愚問だろう。
「それに、説明されてもきっと今のあたしには理解できないわ」
そんな気がする。
心地よい泉をふわふわ漂っていると、ふいに無数の映像が頭の中や周囲に浮かんだ。どうやら、先ほどの女性が見せてくれているらしい。
「あ、覚えがあるわ……この生活」
断片的に覚えているシーンがある、といった程度だろうか。映画や芝居を見ていて、見覚えのあるシーンに遭遇した、そのような感覚である。
「んん――記憶があまり戻っていないようですね。もう少し、映像を出して魂の記憶を調整しますね」
「……断片的で、時系列とかも無茶苦茶よ」
「これまでに、何度も転生されていますからね、無理もないかと……」
はぁ、と曖昧に返事をするしかない。
「後ほど、記憶の最適化処置をしておきますね」
「あなたが? してくれるの?」
「はい。お客様おひとりに専属のオペレーターがついておりまして、転生作業や魂に干渉できるのは担当者だけとなっております」
ということは、これまでずっと、リサの転生に付き合ってくれている存在ということになる。
が、記憶のどこを探っても、彼女の姿かたちはもちろんのこと、やりとりをした記憶がない。
これは謝罪すべきことなのか、そのままで問題ないのか。
ひっそりと悩んでいたのだが、女性はお構いなしで話を進めた。
「今回の転生も、微妙だったようですね」
「え?」
何で知っているの、と声に出すまでもなく伝わったらしい。女性が笑ったような気配がした。
「そういうオプション契約ですのでわが社の『お客様見守りサービス担当課』の者が年中無休であたたかく見守っておりました」
わが社、と言ったか。
リサは思わずため息をついた。先ほどから、お客様だのオペレーターだのという単語が飛び交うので、もしやと思っていた。
転生が商売になるとは末恐ろしい――。
「大変な商売ができたのね」
「はい。わが社は世界ではじめて魂の仕組みを解き明かして人工的な転生を可能にし、それをビジネスにした会社でございます」
おそらく肉体を持っていたなら、リサの眼と口はまん丸だったに違いない。
魂の仕組みだとか、人工的な転生だとか、死生観や倫理観がひっくり返りそうな話である――が、もっとも、自分もそこにちゃっかり便乗しているところを見れば、このビジネスに抵抗はなかったのだろう。
「で、あたしの……リサの一生を見守ってくれたのね」
「はい。ですが……こちらが大まかに立てた予定よりずいぶんと早い死でした。一部返金対象になっておりますので、のちほど、返金処理をさせていただきます」
女性が、がっかりしたような苦笑したような気配で話す。人生を見守ってくれている赤の他人がいるとは。妙な心地である。
「リサと呼ばれる黒髪の人物を希望したのも、あたしなのね?」
はい、と女性は告げる。
「細かい容姿はこちらで決定いたしましたが、華やかでドラマチックで誰よりもお金もち、そんな人生を送りたい、とのご希望でしたので、それに合う容姿を……」
どうしてそんなことを願ったのか――思い出せない。が、華やかでドラマチックでお金持ちな人生だったことは間違いない。
ふうん、と、リサは次々と映像が映る水面を見た。
「そっか、あたし死んじゃったんだね」
「はい。ちなみに、明日がお通夜、明後日が本葬、半月後に事務所主催のお別れの会となっております。ご希望でしたらそれらを見ることが出来ますがいかがなさいますか?」
いらないわ、とリサは即答した。
「それより次の転生準備をしたいわ。えーっと、リサの前はどんな感じだったの?」
きゃあ、と悲鳴をあげた気もするし、いやだと抵抗した気もするし、お母さん、と咄嗟に呼んだ気もするし、そんな暇はなかったような気もする。
つまり、よくわからない。
「えっとここは……?」
一寸先は闇、というのはこのことだろうか。
おそらく鼻先を摘ままれても、背後からフライパンで殴られても、相手がだれかわからない。勿論、己の手足も見えない。ものの見事に黒一色、何の匂いもない。ぬるま湯のような生ぬるさを感じるだけの空間だ。
せめて何か音や気配がしないかとじっと耳を傾けてみるが、空気の流れる音すらもしないし、もっと言えば自分が立っているのか宙に浮いているのかも不明。
しかし、このままここに立ち尽くしていても仕方がないように思われたので、一歩、前に進んでみる。
右足を出したつもりだったが足はないらしくて、ゆらりふらり、揺蕩うような、流されるような感触があった。
なんだか危なっかしい。
そこでようやく、自分は死んだ――というか、今は肉体をもたない存在なのだと気が付いた。
「……ここはどこ?」
ダメもとで言ってみたら声が出た。出るとは思ってなかったので驚いた。
しかし聞き覚えのない若い女性の声――少なくともさっきまでのリサの声とは違う――で、何やら違和感を覚えてしまう。
「誰かいませんか……」
「あ、おかえりなさい」
「へ? だ、だれ!」
「今回は素直に戻ってきたのですね『はじまりの泉』へ」
見知らぬ女性の声だ。そちらへ体を向けようとしてはたと困った。
声は、どこから降ってくるのか。頭の上からのような気もするし、地下からのような気もする。が、相手が見えないのだからこの際どうでもいいだろうと思いなおす。
「えっと話しかけてくるからには、あなたには、あたしが見えているのね?」
「はい。さすがに肉眼では確認できませんが、特殊なカメラでしっかりとらえています。あなたがとても安定しているのも、モニターにデータ表示されていますのでご安心ください」
ご安心を、と言われたところでそもそも不安は抱えていないことに思い至る。疑問がてんこ盛りなだけである。
「ここは、『はじまりの泉』……? ああ、そうか。ここから転生するのね?」
「はい。肉体を持たない魂が一番安定するのがぬるま湯の中ですので、転生先が決まるまで、ぬるま湯の泉に居てもらうことになっています」
「ぬるま湯……泉の中……」
「ここであなたの希望する人生設計に相応しい人物に作り替えて、送り出します」
だれが。
どうやって。
どこへ。
いつ。
聞きたいことは山ほどあるが、今ここで尋ねるのは無粋、いや、愚問だろう。
「それに、説明されてもきっと今のあたしには理解できないわ」
そんな気がする。
心地よい泉をふわふわ漂っていると、ふいに無数の映像が頭の中や周囲に浮かんだ。どうやら、先ほどの女性が見せてくれているらしい。
「あ、覚えがあるわ……この生活」
断片的に覚えているシーンがある、といった程度だろうか。映画や芝居を見ていて、見覚えのあるシーンに遭遇した、そのような感覚である。
「んん――記憶があまり戻っていないようですね。もう少し、映像を出して魂の記憶を調整しますね」
「……断片的で、時系列とかも無茶苦茶よ」
「これまでに、何度も転生されていますからね、無理もないかと……」
はぁ、と曖昧に返事をするしかない。
「後ほど、記憶の最適化処置をしておきますね」
「あなたが? してくれるの?」
「はい。お客様おひとりに専属のオペレーターがついておりまして、転生作業や魂に干渉できるのは担当者だけとなっております」
ということは、これまでずっと、リサの転生に付き合ってくれている存在ということになる。
が、記憶のどこを探っても、彼女の姿かたちはもちろんのこと、やりとりをした記憶がない。
これは謝罪すべきことなのか、そのままで問題ないのか。
ひっそりと悩んでいたのだが、女性はお構いなしで話を進めた。
「今回の転生も、微妙だったようですね」
「え?」
何で知っているの、と声に出すまでもなく伝わったらしい。女性が笑ったような気配がした。
「そういうオプション契約ですのでわが社の『お客様見守りサービス担当課』の者が年中無休であたたかく見守っておりました」
わが社、と言ったか。
リサは思わずため息をついた。先ほどから、お客様だのオペレーターだのという単語が飛び交うので、もしやと思っていた。
転生が商売になるとは末恐ろしい――。
「大変な商売ができたのね」
「はい。わが社は世界ではじめて魂の仕組みを解き明かして人工的な転生を可能にし、それをビジネスにした会社でございます」
おそらく肉体を持っていたなら、リサの眼と口はまん丸だったに違いない。
魂の仕組みだとか、人工的な転生だとか、死生観や倫理観がひっくり返りそうな話である――が、もっとも、自分もそこにちゃっかり便乗しているところを見れば、このビジネスに抵抗はなかったのだろう。
「で、あたしの……リサの一生を見守ってくれたのね」
「はい。ですが……こちらが大まかに立てた予定よりずいぶんと早い死でした。一部返金対象になっておりますので、のちほど、返金処理をさせていただきます」
女性が、がっかりしたような苦笑したような気配で話す。人生を見守ってくれている赤の他人がいるとは。妙な心地である。
「リサと呼ばれる黒髪の人物を希望したのも、あたしなのね?」
はい、と女性は告げる。
「細かい容姿はこちらで決定いたしましたが、華やかでドラマチックで誰よりもお金もち、そんな人生を送りたい、とのご希望でしたので、それに合う容姿を……」
どうしてそんなことを願ったのか――思い出せない。が、華やかでドラマチックでお金持ちな人生だったことは間違いない。
ふうん、と、リサは次々と映像が映る水面を見た。
「そっか、あたし死んじゃったんだね」
「はい。ちなみに、明日がお通夜、明後日が本葬、半月後に事務所主催のお別れの会となっております。ご希望でしたらそれらを見ることが出来ますがいかがなさいますか?」
いらないわ、とリサは即答した。
「それより次の転生準備をしたいわ。えーっと、リサの前はどんな感じだったの?」