ベテラン転生者エリザベス、完璧な令嬢になりました。今度こそ思い通りの人生になる…はず?

侯爵令嬢に転生したようです。

 記憶を持ったまま転生する、というのはなかなかに厄介だった。

 ゆるゆると覚醒し、真っ先に視界に飛び込んできた時計は九時を指していた。 
「やばいっ!」
 寝坊した。アラームかけるのを忘れたに違いない、撮影行かなきゃ、何時集合だろ、などと寝ぼけた頭で思った。ほぼ同時に、パタパタと枕もとを探るが、何も見当たらない。いつも置いているスマホも台本もない。

「あれー? お母さん、スマホがないんだけど知らない?」

 思い切り叫んでみると、「リズ?」と慌てたような返事があった。
「あたし寝坊しちゃったみたいだし、次の撮影いつからだったか忘れちゃったの! それに台本どこだろ、あーどうしましょう!」
「ああ、リズ! しーっ! それは前世の出来事よ」

 パタパタと駆けてきたふくよかな女性は、ウェーブがかかった明るい金髪に灰色の瞳、濃紺のサテンのドレスを着ていた。記憶の中にある母は、すらりと背が高く、まっすぐの黒髪と切れ長の黒い瞳だったはずだ。

「え……おか……あ、さん? どうしたの、その髪……白髪染め、じゃない……わよ、ね。ドレス……え、え? え?」
 不自然に言葉が途切れてしまう。
「そうですよ、レディ・リズ」
「……リズ? あたし、リズ? リサ……あれ?」
 聞き覚えのない名前に首をかしげる。
「ええ。今のあなたは、女優のリサではなく、マグダリアン王国のフォントレー侯爵令嬢エリザベス・アル・フォントレー、六歳ですよ」

「六歳!? え、子役……?」

 さっと差し出された豪華な装飾の施された鏡には、大変な美少女がうつっていた。
 プラチナブロンドと透き通るような白い肌は輝くばかり、ぱっちりとした大きな瞳はキラキラと輝くエメラルドグリーン。小ぶりな鼻と薄ピンクの唇は最善のバランスで配置され、何とも愛らしい。
「えっと、これがいまのあたし……?」
 そうですよ、と、母は頷く。
「マグダリアン王国……そこ、の、侯爵……令嬢……」
「ええ。あなたの希望通りに胎児に転生し、ここまで育ってきたのですよ。記憶アリ転生のはずなのに、その片鱗が全く見えないし、魔法が使えるはずなのに使おうとしないから、正直なところ、転生失敗かと心配しました」
 そう教えられると、そういえばそうだった、と思い出せる。同時にそれまで持っていた『リサ』という感覚がすっと消えた。不思議なものである。
「よかった、会社に報告しておきましょうね」
 パタパタと走り回る母を見ながら、
「……わたくしは、フォントレー侯爵の長女、エリザベス・アル・フォントレー」
 と、つぶやく。
「……ここは、侯爵家のおうち?」
「ええ。ただし、王都にある屋敷ではなくて、侯爵家の領地にある領主の館よ」

 領主? 領地? 疑問が顔に出ていたのだろう。ベッドから下ろしてもらい、テラスへと誘導される。やたらと広いテラスに驚き、思わず今までいた部屋を振り返った。
 ベッドは天蓋つき、毛足の長いふかふかの絨毯、白で統一された調度品は金色の繊細な装飾が施してある。

「どこのお嬢さまの部屋かしらね……」
「何をいっているのかしらね、この子は……。あなたは、領主の娘、侯爵家令嬢、世間で言うところのお嬢さまよ」
 母がクスクス、いや、ころころと転がるように笑う。つられてリズも笑顔になる。

「これが、今生の、あなたのお父さまがおさめている土地よ。見事でしょう?」
「わ……」
 さあっ、と風が吹いた。一瞬目を閉じたものの、目を開くと、そこには記憶にあるいわゆるファンタジーの世界が広がっていた。

 領主の館は、小高い丘の上にあるらしかった。丘の向こうには、赤いレンガ造りの家が整然と並ぶ村があった。抜けるような青空と、赤いレンガのコントラストが美しい。
「そこの村というか集落の住人は、ほとんどがこのお屋敷の使用人ですよ」
「え!」
 信じられない人数でしょう? と、母が微笑む。それはどこか誇らしげで、自信に満ちている。そうかこれが領主夫人ということなのか、とリズは納得する。

「村の向こう、湖があってまた集落がいくつかあって、畑がずっと広がっているでしょう? 特産品の麦や綿などを作って加工して、販売しているのよ」
 領主の仕事、村の暮らし。それがどのようなものか――咄嗟に思い浮かばない。
「領主の娘として、ちゃんと知っておかなきゃいけないわね……」
 それにしても、綺麗な村である。
 あちこち忙しく視線を動かしていたが、ふと、丘の下で、住人らしき人たちが手を振っているのが見えた。
「お嬢さま、って言ってるみたいなんだけど……」
 母の顔をそっと伺えば、
「お返事したらどうかしら、レディ・リズ?」

 思い切って、小さな手を、ゆっくり左右に振ってみる。それだけだと不愛想な気がして、頑張って口角を持ち上げて微笑んで見せる。と、住人たちはなぜか、飛び上がらんばかりに喜んだ。

「それはね……あなたの美貌がそうさせるのよ。見てごらんなさい、このトロフィーを」

 母が指さすベッドサイドには、ずらっとトロフィーが並べてあった。その一つを手に取る。

 マグダリアン王国主催全国美少女コンテスト総合グランプリ

「え!? グランプリ?」
「そうですよ。新生児のころからあなたの美貌は抜きんでていてね。出場可能年齢の4歳で地元予選会に初出場して優勝して以来、地区大会、全国大会と全ての大会でグランプリなのよ」
「……すごい……今までで一番スゴい美貌ね」
「ええ。だから、今度こそ、美貌を武器にして幸せな一生を送りなさい。前世の知識と魔法をフル活用するの。がんばれるわね?」
 はい、と、返事をすれば、ふくよかな胸に抱きしめられた。そのまま、室内に連れ戻される。

 すとんと下ろされた先は、ふかふかの、体が沈んでしまいそうなほどの、ソファー。

「……では、記憶に魔法をかけるわよ」
「え?」
「大丈夫、少し記憶を封じます」

 リズは、ぽかんとして母を見た。母が魔法を使えることにも驚いたが、なぜ封印するのか、わからない。

「あなたが覚えているのはリズとして生きてきた六年分の記憶、自分が魔法が使えること、領主の娘であること……今はそのくらいにしておきましょう。前世の知識は、要らぬ混乱を招くわ」
 いやだ、と、リズは首を横に振る。
「大丈夫よ、少しずつ、必要に応じて封印を解いてあげるわ」
 そう言いながら母が、リズの額に手を当てた。緑色の光に包まれたあと、リズはすとんと眠りについた。

 愛娘を抱き上げて、母は囁いた。
「今回は桁外れの美貌よ……美貌と知識と魔法を武器に、思い通りに生きるのよ」
< 4 / 19 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop