ベテラン転生者エリザベス、完璧な令嬢になりました。今度こそ思い通りの人生になる…はず?

わたくし、ターゲットを決めました。

 舞踏会が終わったすぐ後、レオから手紙が届いた。約束どおりに友だちを紹介するよ、と、連絡をくれたのだ。
「社交辞令じゃなかったのね……」
 意外といい人なのかもしれないわね、などと思いながら、返事を書いた。

 そしていよいよ会う約束の日。
 王都は社交界シーズンに突入したばかりだというのに、王都で一番広いセントマグダリアン公園は若い男女がひしめいていた。
「まあっ……どこからこんなに人が集まってきたのかしら」
 と、リズの目が丸くなる。
「マグダリアン王国全土から集まったんじゃないかしら、って気がするわね」
「ホントにね」

 彼らの目的は男女の出会い、それも、友人を紹介し合うという古式ゆかしい方法だ。
 その人の流れに、リズとアンナベルも乗っていた。
 そしておそらくこの場で最年少とはいえ、美女が二人も揃うとなかなかの迫力があるため、注目のまとである。

 きょろきょろと落ち着かないレディは、鮮やかな赤いドレスを纏ったアンナベル。ボリュームのあるスカートと袖、大ぶりな首飾りというゴージャスな装いだが、けして下品に見えないのは本人の華やかで凛とした雰囲気のおかげだろう。
 その傍らで薄いピンクのドレスを着たリズは敢えて無表情を装っていた。
 社交界のエチケット・ブックに則った振る舞いをする紳士淑女ばかりではないことを、リズは長年のーーそれこそ前世やその前の人生での経験から熟知していた。

 今も、黒い馬に乗った小太りの中年男性がやたら親し気にアンナベルに話しかけている。ぱっと見ただけでは爵位が判然としないが、身に着けているものがそれなりに上等であるから、さほど身分は低くはないのだろう――だが、社交マナーが大きく欠落している御仁であるらしい。
 通常、見知らぬレディに男がいきなり話しかけることはないのだ。女性に声をかけたいと思ったときは、然るべき人物が間に入って、レディの意向を聞いたのちに引き合わせるものだ。この男のように、

「レディ、ルビーのように美しいですな。公園の中には無数の令嬢が居ますが、あなたの存在は光り輝いている。誰よりも眩しい。どうです、我がコレクションに加わりませんか?」

 などと紳士的振る舞いから程遠い単語を駆使しながらアンナベルに執拗に話しかけるなど、言語道断である。しかも、話の内容がどんどん下品になっていく。相槌に困ったアンナベルがちらちらとリズに視線を送るので、リズが強引に間に入って会話を引き取る。
 が、すぐにだらしない顔でアンナベルに近寄っていく。これでは社交界では後ろ指をさされまくっているに違いない。
 そのうち、アンナベルを強引に馬に乗せようとしはじめたので、リズはいよいよその男が許せなくなった。
「おやめください。彼女の体に触れるとは失礼ですよ」
「君はなんだね、さっきから。退きたまえ」
 当のアンナベルは、思わぬ男の動きに体が硬直してしまってされるがままになっている。アンナベルがいくら優秀な学生とはいっても、まだ社交界を経験していない若いレディなのだ。そのような年若いレディばかりを狙っている男に違いない。
 リズは、きりりと眉毛を吊り上げて不躾な男の手を、そっと払った。
「お引き取りください」
「なんだね、君はさっきから。私を誰だと思っているのだ」
「わたくしたちは、ここで待ち合わせをしています」
 リズのきっぱりした言葉に、男はむっとしたらしかった。
「ほう? 誰とだね?」
 男が、口元に嫌な笑みを貼り付けてリズを見下ろす。
「侯爵家のレオンハルト・ゲーアハウス・シェーバーさんですわ。ご存知よね?」
 名前を出した途端、その男の顔が引きつった。ははは、と渇いた笑いで後退る。リズとアンナベルが思わず顔を見合わせてしまうほどのうろたえっぷりだ。
「し、失礼した。私のことはできれば閣下には伝えないでいてもらえると助かるよ、ではな」

 ぽかんとする二人をその場に残し、妙な男は馬で慌ただしく去っていった。
「ねぇ、アンナベル……今の男、レオさまのことを閣下、って言ったわね……」
 リズの腕にすがったままのアンナベルがリズの呟きにこくりと頷く。
「正式な場でもないのに変よね。何か、格式ばった間柄なのかしらね……アンナベル、何か心当たりある?」
「いいえ、さっぱり……」

 レオが何かおかしな人物なのだろうか。大変な女たらしであるとか浪費家であるとか、裏社会と繋がっているとかーーだとしたら、アンナベルを紹介するわけにはいかない。今すぐここから立ち去る必要がある。

 リズは本気で、傍らにいる、ある意味とても年若い友人を悪しき男どもの手から守らねばならないと思っていた。
 令嬢のトップを争うライバル関係だが、アンナベルを貶めたり傷つけたりするつもりはまったくない。彼女にも幸せになって欲しいと思う。

 そうこうしているうちに、やあ、と、片手をあげながら青年が集団でやって来た。その先頭にいるのが、レオだ。
「やあやあ、待たせたかな?」
 リズは、レオの朗らかな雰囲気にほっと胸を撫で下ろした。
「お待ちしておりましたわ」
 社交界のマナーに則って互いに挨拶をし、レオが、自分の友人たちにアンナベルとリズとを紹介する。
 どうやら男性陣はアンナベルとリズ二人のことを既に知っているらしい。喜色満面である。
 そしてたしかに、約束どおりにレオは友人を連れてきていたのであるが、その人数が常識から少し外れて大勢だった。彼らは、紳士的な『紹介者』であるレオを押しのけて、アンナベルとリズにわっと迫った。

「ひゃ、あ!」

 同世代か少し年上の男たちにぐいっと近寄られてアンナベルは思わずリズの影に隠れてしまう。
「レオさま、レディ・アンナベルはまだ社交界デビュー前よ! はしたない真似は許さないわよ」
「おっと怒るなよ、仕方ないだろ? こんな美人二人と一気に知り合いになれて大喜びなんだから」
 苦笑しながらレオが友人たちを押し下げる。
「……まったくもう。アンナベル、彼らの誰かに噛み付かれそうになったら言うのよ。わたくしが、追い払いますからね!」
 リズが腰に手を当てて言うと、レオの友人の一人がけらけらと笑った。
「勇ましいレディだ。頼りがいがあるじゃないか」
「ええ、わたくしこう見えても、護身用の剣が使えますのよ。大切なお友だちを守るためなら容赦なく抜きますわ!」
「ほう。今度、手合わせを願いたいな」
「よろしくてよ!」
「ではうちの屋敷の鍛錬場でどうかな?」
 男女のデートが剣の試合かよ、と、誰かが突っ込みを入れ、その場が一気に和んだ。
「確かにロマンに欠けるな」
 と笑っている彼は、たしか、ライセン侯爵家の嫡男シュテファン・ゾンマーフェルト・ライセン。
 リズの視線が、彼で止まったことに気付いたのだろう、レオがにやりと笑った。
「彼、いいだろう? この国で一番の有望株……いや、皇太子がいるから、その次かな? とにかく、将来は皇太子の側近になるだろうし、金髪碧眼で背も高い。剣術も勉強も問題ない。気持ちのいい男だよ」

 ターゲット、確定。
 今生では、彼の妻になって幸せな人生を送って見せましょう!

「ところでレオさま、あなたが本当に良い人だとわかったから後日、アンナベルを改めて紹介するわ。彼女、いい子でしょう?」
 ああ楽しみにしているよ、と、レオはにこにこと笑った。
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