月と太陽
横浜中華街を満喫する
車には深くニット帽子、マスク、サングラスをして、助手席に座った。
どうしても、前に座りたかったのには理由があった。
Bluetoothでスマホを接続したカーオーディオに自分の好きな曲を流したかったためだった。
後ろの座席でもできたが、CDの方が流れていたため、変更しなければならなかった。
さとしは少しデジタル関係の操作が苦手で、パソコンは仕事で使うくらいは操作できるかそれ以上は学ぼうとしなかった。
紗栄はそれを知って、自分でやろうと助手席に座った。
「また、それで聴くの? オーディオがジャックされたな。」
「好きな曲聴かせてもらうからね。何聴こうかな…。」
機械音がピッピッと鳴り響く。鳴ってる間にも車は首都高速に入ろうとしていた。
今日は平日でさほど混んでいなかった。宅急便の輸送車やダンプトラックなどが通り過ぎていく。
やっと音楽が鳴った。
「今日は17年前に流行った曲特集ね!」
当時紅白歌合戦に出演した曲やレコード大賞を取った曲特集にした。
2006年当時、紗栄とさとしは高校生だった。
共通する好きな曲あるだろうと選んでみた。
「懐かしいな…。」
「そうだよね。曲を、聴くと当時のこと思い出すよね。忙しいと、ゆっくりこうやって曲を聴くこと自体って忘れちゃうから…こんなに忙しい仕事を花鈴がやっているの分からなかったから、私は場違いなのかもって思うところがある…。前の仕事は定時になれば帰れるとかだったし、今の仕事は地方の出張があると午後9時にしか家に帰れなかったりするから、体力が続くかなと思って…。」
「え、なんで急に暗くなっているの? なに、この仕事やめたいってこと?」
「うーん、良いとこどりしたいかな。知名度はそのまま、物作ってた売りたい。私には表舞台は合わない。お仕事頂けるのはありがたいけど、心からはい喜んでって引き受けていないよ。」
さとしは沈黙のまま、車を走らせた。静かなバラードの歌が流れていく。景色を見ながら、頭の中を整理した。
「まあ、どんな人も、今これやりたく無いけどやってみるかなって気持ちでやっている人も少ない無いと思うよ。気持ちの入れ具合とかはそれぞれ違うと思うけどね。紗栄が、そう感じるなら無理に続けなくてもいいんじゃないの? その分、仕事を減らす訳だから収入は減るけど、問題ないんだよね?」
「私は、お金のために仕事してる訳じゃ無いから。今住んでるところも、贅沢してる訳じゃ無いし、多少の貯蓄はあるから何日か無収入が続いても生活できる余裕はあるよ。何か新しいことを始めるってお金がかかることだし、覚悟はしていたつもりだから、大丈夫。」
しっかり洗練されたビジョンを考えていた紗栄は、目がキラキラしていた。
何も考えてないようにしてしっかりしている。
とりわけ、さとしの方はノープランで行き当たりばったりの生活をしているため、紗栄の話を聞いて感心していた。
「ふーん。そう言うことなら、反対する余地もないな。まあ、やってみなよ。やりたいことは若いうちにやった方がいいって言うからね。社長にも相談して、芸能活動よりプロデュース活動に専念すること交渉しておくから。」
「うん。そうだね。よろしくお願いします。」
ぺこりと横でお辞儀をした。
気持ちは幾分スッキリしたのかスマホをいじりながら、鼻歌を歌い始めた。
車の窓の外には海が見えてきた。
神奈川県川崎市を抜けて、横浜市に入る。
今日の空は雲ひとつない青空だった。
窓を開けると吐く息が白い。
スマホの画面を見ると祐輔からラインが何件か来ていた。
ずっと既読スルーだったことに悲しいスタンプと会いたいの文字がひしひし伝わってくる。
でもここは、宮城じゃない。
あっさりごめんねスタンプを押して、交わした。
今はお腹が空いて食べ物で満たしたい気分だった。
さとしのスマホでも仕事メールが大量に来ていたが、今日は見ないでおこうと、スルーするとラインでピロンと祐輔からラインが来ていた。
トイレ休憩とタバコの一服を兼ねてコンビニに寄った時、ラインの内容を確認した。
『付き合ってるの分かってるなら少しは気を遣って紗栄に休み入れてくれよな!』
それを見たさとしは、二度見した。
紗栄と祐輔が付き合っていることに度肝を抜かれた。
そんな話、どこからも出てきてないし、カラオケ行ったのは知っているけど、信じられなかった。
そもそも、一緒にカラオケ行くほどの仲だったか、定かではなかった。
ラインを見て、あえて既読をつけたまま、忙しいふりをして返事をしなかった。
紗栄と仕事はするが、今から一緒にご飯を食べるなんて教えたくなかった。
今は、ご飯を食べに行くのだと、言い聞かせてスマホを車のスマホスタンドに置いた。
横浜中華街につくと、観光客の人で賑わっていた。
横に2人で並んでいくと列ができてる食べ歩きできるパンダマンがあった。
見た目からして可愛さに興味惹かれて、紗栄はすぐに買った。
さとしの分も一緒に買ってきた。保護者のように少し離れて待っていたさとしに渡して食べた。
「はい。パンダマン。チョコ味だって。」
「お、おう。いただきます。」
ふわふわであったかくて美味しかった。
ほっぺにチョコがついてるのも気づかずに食べ進める。
さとしはウェットティッシュを取って拭いてあげた。
「あ、ごめんなさい。ありがとう。」
「せっかく、あさみさんに化粧してもらったんだからさ。綺麗にね。」
「……。」
ただ口拭いてくれるだけならいいのに女の人の名前が出て、何だか複雑な気持ちの紗栄。
さとしはもう、仕事柄、保護者の目線で見守っていた。
「次行こう! 見たいものがあるの。」
気持ちを切り替えて、お店に向かう。
紗栄が行きたかったのは、龍の髭と呼ばれるお菓子。
実演販売していると言うことで、すごくきになったいたようだった。
小走りでいく紗栄についていく。
「これこれ。王タレっていうみたい。」
指差して、ぼんやりと作る作業を眺める。
興味津々の紗栄はずっと夢中になって見ていた。
そんな様子をさとしはスマホで写真を撮っていた。
子どものようにワクワクしていた。
「これ食べよう、さとしの分も買うね。」
有無も言わせず、どんどん先に進み、買いに行く。
満面の笑みを浮かべて、王タレを食べる。
とても幸せそうだった。
さとしは食べている姿を見るだけで何だかお腹がいっぱいになってきた。
今度はチャイナドレスを着て歩こうと先に進む。
静かに追いかけていく。
小物や雑貨を覗いていると可愛いパンダの箸置きがあった。
「着たよー!」
さすがはモデル体型とあって、様になっていた。
煌びやかな青緑のチャイナドレスだった。
「良い色選んだね。似合ってるよ。」
スマホで写真を撮った。
今日のメインのInstagram画像にしようと決めた。
「あとで画像編集しておくから、Instagramにあげなよ。」
「うん。記念になるね。中華街。」
レンタル衣装のチャイナドレスを着て、北京ダックなどのコース料理がある北京烤鴨店 に向かった。
有料だが、完全個室を選ぶことが出来て2人はちょうどよかった。
料理が来るのを前にスマホを見ているさとしの手と円卓が映るように写真を撮った。
Instagramに載せるのに1人でぼっち旅してると思われるのが嫌だったのか匂わせるような雰囲気を撮りたかったようだった。
スーツじゃない服だからマネージャーとも思われないし、それらしい写真が撮れて満足していた。
それにさとしは気づいていなかった。
お店の中の個室に向かい合って座った。
「腹減ったなあ。北京ダック早く食べたいな。」
「さっき、パンダマン食べたけどね。お菓子も。」
「甘いものはお菓子だろ? ご飯にならない。昨日からしっかりしたもの食べてないから腹減ってるの!」
「さとし、本当にご飯食べてないんじゃないの?」
「なに、それ聞いてどうするの? 紗栄は母さんみたいなこと言うなあ。」
「そばにいて監視できるのは私くらいですからね。」
「んじゃ、俺のお世話してくれるの?」
「げっげっ。私がさとしのマネージャーしてどうするのよ。敬語じゃなくても良いって言うと、そうやって茶化すのやめてもらっていいかなあ?」
「いや、俺はいつでも本気だよ。」
キリッと目を見開いて言う。
紗栄はお店の天井や壁の張り紙を見た。
さとしのことをスルーした。
冗談で言ってるんだろうと解釈した。
店員がコース料理を運んで円卓に置いた。
紗栄とさとしは食事にありついた。
パンダマンと龍の髭だけではお腹が満たされていなかったため、がっつりとした中華を食べられることにとても幸福を感じた。
ほかほかで温かい出来立ての北京ダックは想像以上に美味しかった。
話なんて何もせずに黙々と食べ続ける2人。食べ終わってようやく話し出す。
「あー、いっぱい食べたー。もう食べられない。」
さとしは、イスに体をのけぞった。久しぶりにお腹いっぱいに食べられたようで、大満足だった。
その姿を見て、紗栄は安心した。どこか母親目線でさとしを見た。
「次、行きたいところがあるんだけど、原宿のクレープか、カラオケに行きたい。個室だから大丈夫だよね?」
「え?まだ食べ物の話? 俺は無理だよ。こんなに食べて…夕ご飯いらないかも。」
腕時計を見て、移動距離を考える。
「今から東京に向かうにしても、40分だから、着くのは夕方だよ。クレープ食べたいの?歌うの?どっち?」
頬杖をついて考える。
今のストレス発散には食べて、歌うどっちも必要だと感じた。
「んじゃ、どっちも要求します。」
「でも、人混みの中、買いに行くんでしょ。バレるよ。変装しても…危ないんじゃない?人でごった返したら、韓国の事件みたいに圧死とかになっても困るでしょ。」
下唇を噛んだ紗栄はどうしても、
行きたい気持ちが勝っていた。
「んじゃ変装しないで行くのは?マスクだけ。案外バレないかも?」
「やめとこう。危ないから。カラオケなら個室だし、店員にしか分からないでしょ。東京の人口密度をバカにしちゃいかん。」
さとしは、危険回避を選択した。
外に出ると言うことはどんな状況にも危険は潜んでいる。
芸能人じゃなくても、交通事故や強盗、不審者など、今は変な人で溢れている世の中だ。
「分かった。んじゃ、カラオケでパフェ食べて良い?」
「どんだけ甘いもの食べるのさ。」
さとしは伝票がついたバインダーをお会計に持って行った。
紗栄はチャイナドレスの上からコートを羽織って、外に出る準備をした。
レンタル衣装を忘れずに返さなきゃと名残惜しいそうに服の裾をなぞってみた。
「もう、着替えなきゃいけないんだね。」
またこのチャイナドレスを着るために来ようと心に決めた。
次は違う色を着てるだと決意を固めた。
さとしは腕時計を指差して、時間だと急かし、駐車場にとめた車に急いだ。
どうしても、前に座りたかったのには理由があった。
Bluetoothでスマホを接続したカーオーディオに自分の好きな曲を流したかったためだった。
後ろの座席でもできたが、CDの方が流れていたため、変更しなければならなかった。
さとしは少しデジタル関係の操作が苦手で、パソコンは仕事で使うくらいは操作できるかそれ以上は学ぼうとしなかった。
紗栄はそれを知って、自分でやろうと助手席に座った。
「また、それで聴くの? オーディオがジャックされたな。」
「好きな曲聴かせてもらうからね。何聴こうかな…。」
機械音がピッピッと鳴り響く。鳴ってる間にも車は首都高速に入ろうとしていた。
今日は平日でさほど混んでいなかった。宅急便の輸送車やダンプトラックなどが通り過ぎていく。
やっと音楽が鳴った。
「今日は17年前に流行った曲特集ね!」
当時紅白歌合戦に出演した曲やレコード大賞を取った曲特集にした。
2006年当時、紗栄とさとしは高校生だった。
共通する好きな曲あるだろうと選んでみた。
「懐かしいな…。」
「そうだよね。曲を、聴くと当時のこと思い出すよね。忙しいと、ゆっくりこうやって曲を聴くこと自体って忘れちゃうから…こんなに忙しい仕事を花鈴がやっているの分からなかったから、私は場違いなのかもって思うところがある…。前の仕事は定時になれば帰れるとかだったし、今の仕事は地方の出張があると午後9時にしか家に帰れなかったりするから、体力が続くかなと思って…。」
「え、なんで急に暗くなっているの? なに、この仕事やめたいってこと?」
「うーん、良いとこどりしたいかな。知名度はそのまま、物作ってた売りたい。私には表舞台は合わない。お仕事頂けるのはありがたいけど、心からはい喜んでって引き受けていないよ。」
さとしは沈黙のまま、車を走らせた。静かなバラードの歌が流れていく。景色を見ながら、頭の中を整理した。
「まあ、どんな人も、今これやりたく無いけどやってみるかなって気持ちでやっている人も少ない無いと思うよ。気持ちの入れ具合とかはそれぞれ違うと思うけどね。紗栄が、そう感じるなら無理に続けなくてもいいんじゃないの? その分、仕事を減らす訳だから収入は減るけど、問題ないんだよね?」
「私は、お金のために仕事してる訳じゃ無いから。今住んでるところも、贅沢してる訳じゃ無いし、多少の貯蓄はあるから何日か無収入が続いても生活できる余裕はあるよ。何か新しいことを始めるってお金がかかることだし、覚悟はしていたつもりだから、大丈夫。」
しっかり洗練されたビジョンを考えていた紗栄は、目がキラキラしていた。
何も考えてないようにしてしっかりしている。
とりわけ、さとしの方はノープランで行き当たりばったりの生活をしているため、紗栄の話を聞いて感心していた。
「ふーん。そう言うことなら、反対する余地もないな。まあ、やってみなよ。やりたいことは若いうちにやった方がいいって言うからね。社長にも相談して、芸能活動よりプロデュース活動に専念すること交渉しておくから。」
「うん。そうだね。よろしくお願いします。」
ぺこりと横でお辞儀をした。
気持ちは幾分スッキリしたのかスマホをいじりながら、鼻歌を歌い始めた。
車の窓の外には海が見えてきた。
神奈川県川崎市を抜けて、横浜市に入る。
今日の空は雲ひとつない青空だった。
窓を開けると吐く息が白い。
スマホの画面を見ると祐輔からラインが何件か来ていた。
ずっと既読スルーだったことに悲しいスタンプと会いたいの文字がひしひし伝わってくる。
でもここは、宮城じゃない。
あっさりごめんねスタンプを押して、交わした。
今はお腹が空いて食べ物で満たしたい気分だった。
さとしのスマホでも仕事メールが大量に来ていたが、今日は見ないでおこうと、スルーするとラインでピロンと祐輔からラインが来ていた。
トイレ休憩とタバコの一服を兼ねてコンビニに寄った時、ラインの内容を確認した。
『付き合ってるの分かってるなら少しは気を遣って紗栄に休み入れてくれよな!』
それを見たさとしは、二度見した。
紗栄と祐輔が付き合っていることに度肝を抜かれた。
そんな話、どこからも出てきてないし、カラオケ行ったのは知っているけど、信じられなかった。
そもそも、一緒にカラオケ行くほどの仲だったか、定かではなかった。
ラインを見て、あえて既読をつけたまま、忙しいふりをして返事をしなかった。
紗栄と仕事はするが、今から一緒にご飯を食べるなんて教えたくなかった。
今は、ご飯を食べに行くのだと、言い聞かせてスマホを車のスマホスタンドに置いた。
横浜中華街につくと、観光客の人で賑わっていた。
横に2人で並んでいくと列ができてる食べ歩きできるパンダマンがあった。
見た目からして可愛さに興味惹かれて、紗栄はすぐに買った。
さとしの分も一緒に買ってきた。保護者のように少し離れて待っていたさとしに渡して食べた。
「はい。パンダマン。チョコ味だって。」
「お、おう。いただきます。」
ふわふわであったかくて美味しかった。
ほっぺにチョコがついてるのも気づかずに食べ進める。
さとしはウェットティッシュを取って拭いてあげた。
「あ、ごめんなさい。ありがとう。」
「せっかく、あさみさんに化粧してもらったんだからさ。綺麗にね。」
「……。」
ただ口拭いてくれるだけならいいのに女の人の名前が出て、何だか複雑な気持ちの紗栄。
さとしはもう、仕事柄、保護者の目線で見守っていた。
「次行こう! 見たいものがあるの。」
気持ちを切り替えて、お店に向かう。
紗栄が行きたかったのは、龍の髭と呼ばれるお菓子。
実演販売していると言うことで、すごくきになったいたようだった。
小走りでいく紗栄についていく。
「これこれ。王タレっていうみたい。」
指差して、ぼんやりと作る作業を眺める。
興味津々の紗栄はずっと夢中になって見ていた。
そんな様子をさとしはスマホで写真を撮っていた。
子どものようにワクワクしていた。
「これ食べよう、さとしの分も買うね。」
有無も言わせず、どんどん先に進み、買いに行く。
満面の笑みを浮かべて、王タレを食べる。
とても幸せそうだった。
さとしは食べている姿を見るだけで何だかお腹がいっぱいになってきた。
今度はチャイナドレスを着て歩こうと先に進む。
静かに追いかけていく。
小物や雑貨を覗いていると可愛いパンダの箸置きがあった。
「着たよー!」
さすがはモデル体型とあって、様になっていた。
煌びやかな青緑のチャイナドレスだった。
「良い色選んだね。似合ってるよ。」
スマホで写真を撮った。
今日のメインのInstagram画像にしようと決めた。
「あとで画像編集しておくから、Instagramにあげなよ。」
「うん。記念になるね。中華街。」
レンタル衣装のチャイナドレスを着て、北京ダックなどのコース料理がある北京烤鴨店 に向かった。
有料だが、完全個室を選ぶことが出来て2人はちょうどよかった。
料理が来るのを前にスマホを見ているさとしの手と円卓が映るように写真を撮った。
Instagramに載せるのに1人でぼっち旅してると思われるのが嫌だったのか匂わせるような雰囲気を撮りたかったようだった。
スーツじゃない服だからマネージャーとも思われないし、それらしい写真が撮れて満足していた。
それにさとしは気づいていなかった。
お店の中の個室に向かい合って座った。
「腹減ったなあ。北京ダック早く食べたいな。」
「さっき、パンダマン食べたけどね。お菓子も。」
「甘いものはお菓子だろ? ご飯にならない。昨日からしっかりしたもの食べてないから腹減ってるの!」
「さとし、本当にご飯食べてないんじゃないの?」
「なに、それ聞いてどうするの? 紗栄は母さんみたいなこと言うなあ。」
「そばにいて監視できるのは私くらいですからね。」
「んじゃ、俺のお世話してくれるの?」
「げっげっ。私がさとしのマネージャーしてどうするのよ。敬語じゃなくても良いって言うと、そうやって茶化すのやめてもらっていいかなあ?」
「いや、俺はいつでも本気だよ。」
キリッと目を見開いて言う。
紗栄はお店の天井や壁の張り紙を見た。
さとしのことをスルーした。
冗談で言ってるんだろうと解釈した。
店員がコース料理を運んで円卓に置いた。
紗栄とさとしは食事にありついた。
パンダマンと龍の髭だけではお腹が満たされていなかったため、がっつりとした中華を食べられることにとても幸福を感じた。
ほかほかで温かい出来立ての北京ダックは想像以上に美味しかった。
話なんて何もせずに黙々と食べ続ける2人。食べ終わってようやく話し出す。
「あー、いっぱい食べたー。もう食べられない。」
さとしは、イスに体をのけぞった。久しぶりにお腹いっぱいに食べられたようで、大満足だった。
その姿を見て、紗栄は安心した。どこか母親目線でさとしを見た。
「次、行きたいところがあるんだけど、原宿のクレープか、カラオケに行きたい。個室だから大丈夫だよね?」
「え?まだ食べ物の話? 俺は無理だよ。こんなに食べて…夕ご飯いらないかも。」
腕時計を見て、移動距離を考える。
「今から東京に向かうにしても、40分だから、着くのは夕方だよ。クレープ食べたいの?歌うの?どっち?」
頬杖をついて考える。
今のストレス発散には食べて、歌うどっちも必要だと感じた。
「んじゃ、どっちも要求します。」
「でも、人混みの中、買いに行くんでしょ。バレるよ。変装しても…危ないんじゃない?人でごった返したら、韓国の事件みたいに圧死とかになっても困るでしょ。」
下唇を噛んだ紗栄はどうしても、
行きたい気持ちが勝っていた。
「んじゃ変装しないで行くのは?マスクだけ。案外バレないかも?」
「やめとこう。危ないから。カラオケなら個室だし、店員にしか分からないでしょ。東京の人口密度をバカにしちゃいかん。」
さとしは、危険回避を選択した。
外に出ると言うことはどんな状況にも危険は潜んでいる。
芸能人じゃなくても、交通事故や強盗、不審者など、今は変な人で溢れている世の中だ。
「分かった。んじゃ、カラオケでパフェ食べて良い?」
「どんだけ甘いもの食べるのさ。」
さとしは伝票がついたバインダーをお会計に持って行った。
紗栄はチャイナドレスの上からコートを羽織って、外に出る準備をした。
レンタル衣装を忘れずに返さなきゃと名残惜しいそうに服の裾をなぞってみた。
「もう、着替えなきゃいけないんだね。」
またこのチャイナドレスを着るために来ようと心に決めた。
次は違う色を着てるだと決意を固めた。
さとしは腕時計を指差して、時間だと急かし、駐車場にとめた車に急いだ。