月と太陽
壁に耳あり障子に目あり
点滴を終えて、幾分、体の調子が良くなってきた。
目が覚めた頃、点滴の袋が空っぽで、横ではさとしによく似た遼平が腕を組んでかっくんと首が落ちそうになっていた。
下には読みかけの本が落ちている。
「遼平くん!」
思わず声をかけると、パッと目が覚めて立ち上がる。
「わ、ごめんなさい! 寝ちゃってた。点滴、もう終わってるから空気入っちゃいますよね。ナースコールしないと…。」
ボタンを押すと、クラシックの音楽がナースステーションの方で鳴っている。
気づいた看護師が返答してくれた。
『どうしました?』
「すいません、点滴終わりましたのでお願いします。」
『はーい。今、行きますね。』
遼平は、床に落ちた荷物を拾って、身の回りを片付けた。紗栄はぼんやりと過ごしていた。
静かな空間の中で、遼平のお腹が数秒間鳴り響いた。
「お腹、空いてるんだね。ごめんね、長い時間、拘束して…。」
「あ、いや、もう、大丈夫ですよ。気にしないでください。あ、でも、帰りにコンビニ寄ってもいいですか?」
「うん。いいよ。今日のお礼におごらせて、さとしもきっとそうするだろうから。ね?」
「べ、別に自分で買えますよ!」
遼平の背中をバシッと叩いた。
「強がるなって。大学の一人暮らしは大変なのは知ってるんだから、遠慮しないの!なんなら、ラインでさとしに聞いておくから。既読スルーだと思うけど…。」
「え?さとしさん、紗栄さんのラインのスルーするんですか?意外ですね。」
「夫婦ってそんなもんよ…。遼平くん。」
遠い目をして、答える紗栄。
とりあえず、黙ってするのは反則だと思い、念のため遼平にご飯をご馳走して良いかラインを送ってみた。
予想外に早い返答。
okの可愛いペンギンスタンプが
返ってきた。
早すぎて文章を読んでいるか怪しかったが、とりあえず許可を得たので、クリニックの会計を済ませて、車に急いだ。
「おかげさまで、颯爽と歩けるようになったわ。点滴効果抜群ね。コンビニ何だけど、家の近くのところに寄るより、ここから経由して行けるコンビニが良いかな?」
「了解っす。」
紗栄は助手席のシートをフラットから手前に起こしてシートベルトをした。
遼平は黒のSUVの車のハンドルを切り返して、アクセルを踏んだ。
いつもの移動はホンダのPCXのバイクが遼平の愛車だった。
車に乗るのは免許センターで受けた実地試験以来、乗る機会が無かったが、特に抵抗なく、運転できる。
紗栄はどちらかと言えば、運転は苦手な方でほとんどさとしの運転で移動しているため、ペーパードライバーとなっていた。
コンビニに到着して、すぐに遼平はエンジンを止めると、ニコチン切れになったようで、外にある灰皿置き場で電子タバコを吸った。
(遼平くんも、タバコ吸うのか。吸うところ見たことなかったなぁ。)
意外な一面を見てしまった。紗栄はコートを羽織って、コンビニの中へと入る。
その様子を見た遼平が気づいて吸い殻を捨ててついてきた。
「まだ、吸ってて良かったのに…。残ってたんじゃないの?」
「いえ、大丈夫です。買い物するんですか?」
「遼平くんのお夕食ね。何が良いの?」
「いや、これと言って希望は無いですが…食べられれば何でも。」
紗栄はお菓子コーナーの安い陳列コーナーに来て止まる。
「何でも? 12円スナックでも良いと言うことでしょうか?」
「いえ、あの。それは勘弁していただいてもよろしいでしょうか。普通のお弁当とかで…。」
「冗談だよぉ。そんな意地悪するわけないじゃない! ほらほら、あっちのチルド弁当に行こう。」
コンビニを利用することは滅多にない紗栄は嬉しかったのか、買い物を楽しんでいた。
そんな笑いながら過ごす2人の姿を見て、面白くない顔をする人が、駐車場に停まっていた車の助手席にいた。
「くるみちゃん? どうかした?」
パーマをかけた犬のような男の神崎光希(かんざきこうき)が運転席で肉まんを頬張りながら言う。
「ん? 何でもない。その肉まん美味しい?」
「うん。結構ジューシーで、ふわふわ。美味しいよ。くるみちゃんはいらない?」
「私は大丈夫。このコロッケあるから。」
お手軽にパクッと夕食を済ませていた2人。
ドタキャンされて、ショックだったくるみは、寂しさを消すためにキープである2人目の彼氏の光希を誘って出かけていた。
「ねえ、これからどうする? 明日土曜日だし、大学もお休みでしょ? うちに泊まり来る? 最近ね、新しく大きなビーズクッション買ったんだ。」
「うーん、どうしようかな。温泉入ってからでも良い?宮城野区にある日帰り温泉行きたいなって思ってて。」
「うん。分かった。んじゃ、そこ行ったら俺んちね。ここからだと…30分くらいで着くよ。そんなに遅くならないから距離的にも大丈夫だね。」
光希は、白いミニバンの車のエンジンをかけて、ハンドルを回した。
独身なのに7人乗りの車を乗りこなしている。
そもそも、独身っていうのも本当かなと疑いつつ、くるみはキープとして交際していたため、詳細は特に気にしてなかった。
大学生ではない社会人で車の運転が出来る人が遼平の次の理想な男性だったためだ。
遼平はバイクを持っていても車は持っていなかったため、ずっと不満を頂き続けていた。
でも、今目撃したのは遼平と紗栄が大きめの車から仲睦まじく、降りてきていた。
嫉妬心が芽生える。
光希に見つからないよう、悟られないよう、表情には出さなかった。
遼平とくるみには、お互いに秘密を持っていた。
だから、お互いに干渉し合わなかった。
優しさで問い詰めなかった訳じゃない、もう1人の相手がいたためだった。
それを遼平は知らずに付き合っている。
くるみは遼平が隠してたことをコンビニで知ってしまった。
紗栄が知り合い以上の関係になっていたことを。
ーーー
その頃の東京では…
「裕樹さん、仕事全部キャンセルできないですか? 紗栄、具合悪いって電話入ってるんですけど。」
「それは無理だよ。急過ぎるし、本人が具合悪いって言うならだけど…しかも明日明後日は稼ぎどころだからなるべくキャンセルしないでって坂本社長に言われてるから!明々後日からならキャンセル出来るから。頼む。お願い。遼平くんが見てくれてるんでしょ?いざとなれば、お母さん呼ぶでしょ?」
さとしはすごく不機嫌な顔になった。
「だって、その稼ぎどころって何ですか? 遼平くんって軽く言うけど!お母さんは今、洸と深月見ててそれどころじゃないですよね? 俺早く帰りたい。」
椅子に座って足をバタバタさせる。東京の仕事に飽きが来たようだ。尚更、紗栄の様子が心配だった。遼平が悪さしないかと余計心配になる。
「駄々こねるなよぉ~。洸と同じじゃないか。稼ぎどころって言うのはゴールデンタイムのクイズ番組2件。これ逃したら、あと、仕事減っちゃうかも。」
「ゴールデンタイムって言ったら、何百万のギャラですよね。確かにそれを飛ばしたら社長は怒りそうですね。仕方ない、稼ぐしかないか。」
意気込んで、ガッツポーズを取ったさとしは今日の、仕事の衣装に着替えた。私服とさほど変わらない服だったが、しっくりと着れた。
「よし、がんばれ。あとちょっと。今からの撮影はアイスのCMね。爽やかに頼むよ、さとしくん。」
「うっす。行ってきます。」
ちょうど、ADがやって来て、呼びに来た。
さとしはそのまま撮影スタジオに入った。
今日も長い撮影会が何件もこなされていく。
作り笑顔をするのもだんだんに慣れて来た。
目が覚めた頃、点滴の袋が空っぽで、横ではさとしによく似た遼平が腕を組んでかっくんと首が落ちそうになっていた。
下には読みかけの本が落ちている。
「遼平くん!」
思わず声をかけると、パッと目が覚めて立ち上がる。
「わ、ごめんなさい! 寝ちゃってた。点滴、もう終わってるから空気入っちゃいますよね。ナースコールしないと…。」
ボタンを押すと、クラシックの音楽がナースステーションの方で鳴っている。
気づいた看護師が返答してくれた。
『どうしました?』
「すいません、点滴終わりましたのでお願いします。」
『はーい。今、行きますね。』
遼平は、床に落ちた荷物を拾って、身の回りを片付けた。紗栄はぼんやりと過ごしていた。
静かな空間の中で、遼平のお腹が数秒間鳴り響いた。
「お腹、空いてるんだね。ごめんね、長い時間、拘束して…。」
「あ、いや、もう、大丈夫ですよ。気にしないでください。あ、でも、帰りにコンビニ寄ってもいいですか?」
「うん。いいよ。今日のお礼におごらせて、さとしもきっとそうするだろうから。ね?」
「べ、別に自分で買えますよ!」
遼平の背中をバシッと叩いた。
「強がるなって。大学の一人暮らしは大変なのは知ってるんだから、遠慮しないの!なんなら、ラインでさとしに聞いておくから。既読スルーだと思うけど…。」
「え?さとしさん、紗栄さんのラインのスルーするんですか?意外ですね。」
「夫婦ってそんなもんよ…。遼平くん。」
遠い目をして、答える紗栄。
とりあえず、黙ってするのは反則だと思い、念のため遼平にご飯をご馳走して良いかラインを送ってみた。
予想外に早い返答。
okの可愛いペンギンスタンプが
返ってきた。
早すぎて文章を読んでいるか怪しかったが、とりあえず許可を得たので、クリニックの会計を済ませて、車に急いだ。
「おかげさまで、颯爽と歩けるようになったわ。点滴効果抜群ね。コンビニ何だけど、家の近くのところに寄るより、ここから経由して行けるコンビニが良いかな?」
「了解っす。」
紗栄は助手席のシートをフラットから手前に起こしてシートベルトをした。
遼平は黒のSUVの車のハンドルを切り返して、アクセルを踏んだ。
いつもの移動はホンダのPCXのバイクが遼平の愛車だった。
車に乗るのは免許センターで受けた実地試験以来、乗る機会が無かったが、特に抵抗なく、運転できる。
紗栄はどちらかと言えば、運転は苦手な方でほとんどさとしの運転で移動しているため、ペーパードライバーとなっていた。
コンビニに到着して、すぐに遼平はエンジンを止めると、ニコチン切れになったようで、外にある灰皿置き場で電子タバコを吸った。
(遼平くんも、タバコ吸うのか。吸うところ見たことなかったなぁ。)
意外な一面を見てしまった。紗栄はコートを羽織って、コンビニの中へと入る。
その様子を見た遼平が気づいて吸い殻を捨ててついてきた。
「まだ、吸ってて良かったのに…。残ってたんじゃないの?」
「いえ、大丈夫です。買い物するんですか?」
「遼平くんのお夕食ね。何が良いの?」
「いや、これと言って希望は無いですが…食べられれば何でも。」
紗栄はお菓子コーナーの安い陳列コーナーに来て止まる。
「何でも? 12円スナックでも良いと言うことでしょうか?」
「いえ、あの。それは勘弁していただいてもよろしいでしょうか。普通のお弁当とかで…。」
「冗談だよぉ。そんな意地悪するわけないじゃない! ほらほら、あっちのチルド弁当に行こう。」
コンビニを利用することは滅多にない紗栄は嬉しかったのか、買い物を楽しんでいた。
そんな笑いながら過ごす2人の姿を見て、面白くない顔をする人が、駐車場に停まっていた車の助手席にいた。
「くるみちゃん? どうかした?」
パーマをかけた犬のような男の神崎光希(かんざきこうき)が運転席で肉まんを頬張りながら言う。
「ん? 何でもない。その肉まん美味しい?」
「うん。結構ジューシーで、ふわふわ。美味しいよ。くるみちゃんはいらない?」
「私は大丈夫。このコロッケあるから。」
お手軽にパクッと夕食を済ませていた2人。
ドタキャンされて、ショックだったくるみは、寂しさを消すためにキープである2人目の彼氏の光希を誘って出かけていた。
「ねえ、これからどうする? 明日土曜日だし、大学もお休みでしょ? うちに泊まり来る? 最近ね、新しく大きなビーズクッション買ったんだ。」
「うーん、どうしようかな。温泉入ってからでも良い?宮城野区にある日帰り温泉行きたいなって思ってて。」
「うん。分かった。んじゃ、そこ行ったら俺んちね。ここからだと…30分くらいで着くよ。そんなに遅くならないから距離的にも大丈夫だね。」
光希は、白いミニバンの車のエンジンをかけて、ハンドルを回した。
独身なのに7人乗りの車を乗りこなしている。
そもそも、独身っていうのも本当かなと疑いつつ、くるみはキープとして交際していたため、詳細は特に気にしてなかった。
大学生ではない社会人で車の運転が出来る人が遼平の次の理想な男性だったためだ。
遼平はバイクを持っていても車は持っていなかったため、ずっと不満を頂き続けていた。
でも、今目撃したのは遼平と紗栄が大きめの車から仲睦まじく、降りてきていた。
嫉妬心が芽生える。
光希に見つからないよう、悟られないよう、表情には出さなかった。
遼平とくるみには、お互いに秘密を持っていた。
だから、お互いに干渉し合わなかった。
優しさで問い詰めなかった訳じゃない、もう1人の相手がいたためだった。
それを遼平は知らずに付き合っている。
くるみは遼平が隠してたことをコンビニで知ってしまった。
紗栄が知り合い以上の関係になっていたことを。
ーーー
その頃の東京では…
「裕樹さん、仕事全部キャンセルできないですか? 紗栄、具合悪いって電話入ってるんですけど。」
「それは無理だよ。急過ぎるし、本人が具合悪いって言うならだけど…しかも明日明後日は稼ぎどころだからなるべくキャンセルしないでって坂本社長に言われてるから!明々後日からならキャンセル出来るから。頼む。お願い。遼平くんが見てくれてるんでしょ?いざとなれば、お母さん呼ぶでしょ?」
さとしはすごく不機嫌な顔になった。
「だって、その稼ぎどころって何ですか? 遼平くんって軽く言うけど!お母さんは今、洸と深月見ててそれどころじゃないですよね? 俺早く帰りたい。」
椅子に座って足をバタバタさせる。東京の仕事に飽きが来たようだ。尚更、紗栄の様子が心配だった。遼平が悪さしないかと余計心配になる。
「駄々こねるなよぉ~。洸と同じじゃないか。稼ぎどころって言うのはゴールデンタイムのクイズ番組2件。これ逃したら、あと、仕事減っちゃうかも。」
「ゴールデンタイムって言ったら、何百万のギャラですよね。確かにそれを飛ばしたら社長は怒りそうですね。仕方ない、稼ぐしかないか。」
意気込んで、ガッツポーズを取ったさとしは今日の、仕事の衣装に着替えた。私服とさほど変わらない服だったが、しっくりと着れた。
「よし、がんばれ。あとちょっと。今からの撮影はアイスのCMね。爽やかに頼むよ、さとしくん。」
「うっす。行ってきます。」
ちょうど、ADがやって来て、呼びに来た。
さとしはそのまま撮影スタジオに入った。
今日も長い撮影会が何件もこなされていく。
作り笑顔をするのもだんだんに慣れて来た。