没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~
「シュゼット令嬢」
「……ひゃいっ!?」
内心パニックに陥ってしまった私は上擦った声で返事をする。
意識を現実に引き戻せばいつの間にかゾッとするほど美しく整った彼の顔が間近に迫っていた。
私の心臓はさらに激しく脈打った。
これでは何のために意識を別のところにやっていたのか分からない。
――とにかく、私から離れて! 至近距離のままでいたら今度こそ気絶しちゃう!
私の心の叫びなど知るよしもないアル様は目を細めてくる。
「じっとして。口の端にタルトの欠片がついてるから」
アル様は頬に触れていた手を滑らせてから、食べこぼしたタルトの欠片を指の腹で払ってくれる。そうしてやっと離れてくれたアル様にホッとしたのも束の間、口端にタルトの欠片が付いていたことを知った私は顔を青くした。
「はしたないところを見せてしまって申し訳ございません!」
食事のマナーは淑女が身につけるべき行儀作法の必須項目だ。
何故なら食事の様子を一目見るだけでその人の品格や家柄がどの程度なのか分かってしまうから。
結婚相手を探している令嬢はより良い家柄の相手と結ばれるために食事のマナーには細心の注意を払っている。
きちんとできていない令嬢は周りから白い目で見られ、最悪の場合は異性に見向きもされなくなるし、家の名誉を傷つけることにもなる。
だからこそ令嬢にとって異性との食事はお互いを知る楽しい場所と言うよりも、試験を受けるような恐ろしい場所になっている。