没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~


 侯爵令嬢である私も例に漏れず食事のマナーには充分気をつけているつもりだった。けれど、今回は失態を犯してしまった。
 結婚を諦めてお店の経営にばかり意識が向けていたから、侯爵令嬢という立場を忘れかけていたのかもしれない。とにかく、私は醜態を晒してしまい言葉を失っていた。
 ――嗚呼、アル様に軽蔑されてしまったかも。もう口を利いてくれなかったらどうしよう。
 既に社交界で私の悪評が広まっている。
 アル様が貴族かどうかは分からないけれど、王宮に勤めているから貴族筋であることは間違いない。私の醜聞はどこかで耳にしているはずだ。

 これまで気さくに接してくれていたのに、きっと醜聞通りの品のない人間だと幻滅したはずだ。
 不安で胸がいっぱいになって涙ぐんでいると、アル様は席から立ち上がる。そして私の隣に座ると、懐からハンカチを差し出してくれる。
「大丈夫。僕しか見ていないし、このことは誰にも言わないから。というか誰にだってし失敗はあるんだからそこまで自分を思い詰めないでよ」
「で、でも……」
 食事のマナーが完璧じゃないのは令嬢にとって死活問題だ。
 私が尚も食い下がろうとするとアル様がハンカチで目尻に溜まった涙を優しく拭いてくれた。
「泣かないで。シュゼット令嬢は完璧だから。それにこのアップルタルトにはもともとそぼろ状のクッキーがトッピングされていて食べるのが至難の業だった……そうだよね?」
「へ?」

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