没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~


 普段温厚で汚い言葉を一切口にしないエードリヒ様からそんな言葉が飛び出してきたので私は驚いて口を半開きにしてしまった。
 エードリヒ様は咳払いをしてから私の頭の上に手を置いてぽんぽんと叩いてきた。
「そういうことなら丁度良かった。実は母上から明日急に呼び出すことへのお詫びの品を預かっていたのに、さっきは渡すのを忘れていた。何度も訪問してすまないがこれを受け取って欲しい。今のシュゼットには役立つだろう」


 エードリヒ様の目配せを受けて、後ろで控えていた側近がやって来る。すると彼は手に持っている箱を私の目の前に差し出して蓋を開けた。中には大粒のいちごがぎっしりと敷き詰められている。

「い、いちごですよう!?」
 ラナが目を見開いて素っ頓狂な声を上げる。

 私も中身のいちごを見て目頭が熱くなった。もう手に入らないと思っていたいちごが目の前にある。私がエードリヒ様といちごを交互に見ているとエードリヒ様がまた私の頭をぽんぽんと叩いてきた。優しい手つきから伝わる温もりが弱った心にしみていく。

「いちごがなくともシュゼットのお菓子がどれも絶品だということは私が保証する。……だが、必要なものを渡すことができて良かった。これであの男をギャフンと言わせられるな」
「ありがとうございます。エードリヒ様にはどうお礼をすればいいか」
「礼ならまた私のためにクレープを焼いてくれ。……さて、私はやることを思い出したから早急に帰らせてもらう。離れていても、うまくいくことを心から祈っている」

 エードリヒ様は身を翻すと側近を連れて帰っていった。忙しい身なのに今日一日で三回もパティスリーに足を運んでくれている。明日を乗り切ることができた暁には絶対美味しいクレープを焼こうと心の中で誓った。

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