没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~
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数日後、今日は朝から分厚い灰色の雲が首都を覆い、湿り気を帯びた風が吹いていた。昼頃になると風は強まり、バケツをひっくり返したような激しい雨が降り始める。
腰に手を当てる私は厨房勝手口の扉を開いてミューズハウスの中庭を眺めていた。
灰色の雲はどんどん厚みが増して雨は止みそうにない。
雨脚が強いせいで今日はお客様の数もいつもより少なかった。こんな雨の日に出かけるのは気が滅入るし、家でゆっくりと過ごしたい人が大半だろう。
――ネル君、今日は来られるかしら? こんな足下の悪い中じゃ無理かもしれないわ。
ネル君にはお手伝いをしに来てもらっているだけで従業員じゃない。今日みたいな天気の悪い日に無理矢理お店に来させて何かあったら大変なので、本人には来れる日に来るようにと伝えてある。
――昨日はたくさんフィナンシェを焼いてネル君用にも取っておいたけど明日に持ち越すしかなさそうね。
ネル君用のフィナンシェのことをぼんやりと考えていると、水たまりの跳ねる音が聞こえてきた。
まさかと思い、視線を移すとそこには大人用の黒い雨傘を差すネル君の姿があった。