没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~
「ごきげんよう、シュゼット様。店内を見て回ってもいいですか?」
そう言って話しかけてくるのは、栗色の髪に翡翠色の小動物のようなつぶらな瞳の少女――カリナ様だった。
「……ええ、どうぞ」
私は生返事を返した。私から婚約者を奪っておいて、どの面下げてパティスリーにやって来たのか。何を考えているのかまったく分からないし、彼女の神経を疑ってしまう。
呆然と立ち竦んでいる間にも、カリナ様はきょろきょろと店内を興味深げに見回している。そして最後に私に目を留めると口を開いた。
「今日はマカロンを買いに来たんです。これをハリスにも食べさせたくて」
ハリスというのは戸口の前で控えている従者のようだった。カリナ様がハリスと名前を口にした時にちらりと彼の方を見たので間違いない。
私と目が合ったハリスはどうもというように丁寧に会釈をしてくる。つられて私も会釈を返していると、カリナ様がぱんと手を叩きながら無邪気に言う。
「この間参加したジャクリーン様のお茶会であなたのマカロンをいただいたのだけれど、とても美味しかったわ」
ジャクリーン様は開店初日にお菓子を買ってくれた後も定期的にお茶会用にマカロンを買ってくれている。所属している派閥は違うけれど今では一番のお得意様だ。
同じ派閥であり、友人でもあるカリナ様は、ジャクリーン様のお茶会で私のマカロンを口にしたのだろう。わざわざパティスリーに足を運んでくれたのは気に入ってくれた証拠だ。
あれこれ推理して答えを導き出した私はお菓子に罪はないと結論を出すと、肺に溜まった空気と一緒に鬱憤も口から吐き出した。
「……そうですか。マカロンは全部で七種類あります。どれをお買い求めになりますか?」
「うーん。それじゃあ、一種類ずつ全部ください」
「かしこまりました。包みますので少々お待ちください」