没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~


 アル様はカヌレを食べ終えると、アップルタルトを一瞥してから私の方を見た。
「シュゼット令嬢は僕がクッキーやタルトが好きってこと、覚えててくれたんだね。とても嬉しいよ」
「……っ!」
 ただ好物のタルトを出しただけなのにこの世にこれ以上の幸せはないというような、きらきらしい笑みを向けられる。
 ネル君も好物を出すと同じような笑みを浮かべるけれどアル様は青年である分、何倍も、何十倍も破壊力がある。
 ネル君の笑顔が天使なら、アル様の笑顔は魔性だ。気を抜いたらうっかり目が眩んでそのまま倒れそうになってしまう。
 私は負けるまいとお腹の底にぐっと力を入れた。

「もちろん覚えています。だってアル様は私にとって特別ですから」
「特別? それは本当?」
 ガタリを音を立てて勢いよく椅子から立ち上がるアル様は、前のめりになって尋ねてくる。その食いつきぶりに戸惑いつつも私は訥々と答える。
「え? はい、特別ですよ。だってアル様はうちのお得意様ですし」
 アル様は毎日うちへ足を運んでくれている。
 お得意様の趣味・嗜好を把握して心が離れないようがっちりと繋ぎ止めておくことは、パティスリーの店主として、経営者として大事な心得だ。
 これからも彼好みの美味しいお菓子を提供するつもりでいる。

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