クズな王子はお断りします
陽夏(……あれ、どこも痛くない)
恐る恐る目を開けると、大きく振りかぶった手が空中で止まっていた。
央士「はいはーい、そこまでね?」
桜小路の振り上げた腕をつかんでいたのは央士だった。央士は余所行きの笑顔を貼り付けて、優し気な声をだす。
桜小路「っ、お、王子くん、こ、これは……ちっ違うの」
桜小路は央士に見られていたことに、激しく動揺する。
央士「暴力はよくないよ?」
桜小路「ち、違うんです……あの……話を聞いてくれますか?」
さっきまでの威勢はどこかに置いてきたらしい。しんなり被害者ずらをした桜小路が、猫なで声を出している。
陽夏(うっわー、分かりやすい猫なで声。さっきまでドスの効いた声出してたくせに……)
桜小路「ご、誤解です! じ、実は、百瀬さんが央士くんの悪口を言いふらしてるの。私はそれを止めようと百瀬さんと話をしていたら……百瀬さんに怒鳴られたり……うぅ、酷いんですよ、百瀬さんは……怖かったです」
陽夏(……?!)
桜小路は猫撫で声で、全くの大嘘を言いのける。しおらしく振る舞い、瞳に涙を潤ませ名演技だ。
陽夏「……な、なに言って……」
陽夏が反論しようとすると、視界に入った央士の表情が見たことがないほど冷たくて、言葉が止まった。背筋がゾクっとするほど冷めた目をしていた。
陽夏(これはどう見ても、私が悪者で桜小路さんが被害者だ。男は弱者の味方だもんね。央士くんも、きっと、……桜小路さんの味方なんだ。そっか、逆玉に乗るチャンスだもんね……)
陽夏は反論しようとしたが、泣き崩れて名演技を続ける桜小路を見て、勝ち目がないのが分かった。反論はせず口を閉じる。
陽夏(もう、いいや。……私が反論したところで、この状況では信じてもらえないだろうし)
諦めた陽夏は悲しい気持ちのまま俯く。
央士「……あのさ、こいつがそんなことする訳ねぇだろ?」
桜小路「え、……え?お、王子くん?」
陽夏の予想とは反して、央士は桜小路の言うことを信じなかった。迷うことなく陽夏の味方をする。
王子モードの央士しか知らない桜小路は、いつもと違う、口調が荒々しい目の前の央士に戸惑う。
央士「……次、こいつに手出したら、俺何するかわかんねぇよ?」
いつものように笑顔を浮かべているけど、目が笑っていなかった。
そんな央士を見た桜小路は、怯えたように肩を震わせて、そそくさとその場を去っていく。
陽夏(央士くんが、私を助けてくれた?……桜小路さんを狙うって、あれほど息巻いていたのに……)
央士「あーあ、がっかりだわ。桜小路さんって逆玉の第一候補だったのに。さすがに性悪女はお断りだわ」
陽夏「……あ、ありがとう。……信じてくれて」
央士「ああ」
央士は桜小路の嘘を信じなかった。
何の迷いもなく、陽夏の味方をした。
陽夏は信じてもらえたことに喜ぶ。
央士「……悪かったな、俺のせいなのに、気づいてやれなくて」
陽夏「え、いや、央士くんのせいじゃ……」
央士「どこも叩かれなかったか?」
言葉と共に央士の手が陽夏の頬を撫でた。
いつもと違う優しい声と行動に、どくん、心臓が跳ねる。
陽夏「だっ、大丈夫だ、よ」
恥ずかしくて頬に触れた手を振り払う。
央士「本当に大丈夫かよ?」
陽夏「……そ、それより!…よく気付いたね」
央士「ずっと見てたから」
陽夏「ずっと見てたの?それなら、もっと早く助けてくれても……」
央士「王子は遅れてやってくるんだよ?」
陽夏「……それは『ヒーローは遅れてやってくる』でしょ?」
央士は「ははっ」と肩を揺らして笑う。
陽夏「……信じてくれてありがとう」
央士「なーに?俺のこと好きになっちゃった?」
陽夏「そ、そんなわけ、ないでしょ?」
素直にお礼を言う陽夏に、茶化すように央士はニヤリと笑う。
――クズだと思っていた央士の印象が、陽夏の中で少し変わり始めた。