吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~

106 アルク王からの親書です

 レイヴン達への処罰は下り、後は彼らの人生を彼らなりに償いながら生きていくのだとアナスタシアは胸に手を当てながら考えていた。

(お父様、お母様……ミューズ家を、いえこの二つの国を覆っていた闇は今晴れました。お父様達の残してくれた証拠のおかげです)

「よくやったな、アナスタシア」

「アーヴェント様……」

 アーヴェントがゆっくりとアナスタシアに向かって歩いてくる。いつも通りの優しく愛おしい表情を浮かべていた。それをみてアナスタシアもまた安堵するのだった。

「私はただ、自分の想いに従っただけです」

「それはお前が思っているよりもずっと難しいことだ。誰にでも出来ることじゃない。本当に凛々しく立派だった」

 アーヴェントの隣にレオが並ぶ。

「そうだね。ボクは極刑が一番ふさわしいと思っていたけど……アナスタシアの言う通りだったよ。人は生きて罪を償うべき、本当にそう思わされたよ。やっぱり昔からアナスタシアはしっかり者だったものね」

(レオも昔見せてくれた笑顔を浮かべている……本当に全て終わったのね)

 三人が会話をしていると、頃合いを見てシリウス王が咳払いをしてみせる。

「オースティン公爵、そしてアナスタシア。私から言っておくべきことがある。」

(陛下……?)

 アナスタシアの疑問を察したアーヴェントは代わりにシリウス王へ尋ねる。

「陛下、どんなことでしょうか?」

「王家で管理するということになったミューズ家だが、これからはオースティン家が管理をしてもらいたいのだ。もちろん、アルク王の許可を得られたらの話になるが」

 なるほど、とアーヴェントは顎の辺りに手を当てながら納得の仕草をしていた。

「つまり、形式上ミューズ家はオースティン家の管理下になりますが代表はあくまでもミューズ家の一人娘であるアナスタシアになるということで領地を管理していくということですね」

「そういうことだ。頭が切れるな、オースティン公爵」

「いえいえ、陛下ほどではございません。この度は寛大なご処置、ありがとうございます」

(ミューズ家はお取りつぶしにならない、ということなのね……ああ、お父様お母様見ておられますか? 私達の愛したミューズ家とその領地、領民たちの未来が繋がりました)

 アーヴェントの隣へと歩いてきたアナスタシアも深い礼をしてみせる。うっすらと瞳には涙が浮かんでいた。

「陛下、私からも深い感謝を」

「うむ。ラスター達の大切にしていたミューズ家、任せたぞ。アナスタシア」

「はい。お任せください」

 その様子をレオは笑顔で見守っていた。そして頃合いを見て、胸にしたためてあった書簡を手に取る。

「陛下、実はアルク陛下より手紙を預かっております。『例の件』についてのものです」

「レオ、手紙をここに」

 シリウス王の言葉に従い、レオは王にアルク王から預かっていた手紙を手渡す。

(アルク王からの手紙……何が書かれているのかしら)

 手紙の内容にシリウス王は静かに目を通す。最後まで読み切ると安堵したように大きく息を吐いた。そしてレオやアーヴェント、アナスタシアの方に視線を向けた。

「全てのしがらみが解き放たれた今、お前達にはもうひと働きしてもらいたいと私は思っている。以前から秘密裏にアルク王と進めていた『調印式』についてだ」

 アーヴェントはその言葉の意味をすぐさま理解して姿勢を正す。

(調印式……? 何のことかしら……アーヴェント様は見当がついてらっしゃるみたいだけれど)

「では陛下、やっと二つの国が手を取り合うのですか?!」

「その通りだ、レオ。アルク王の親書にはその旨が綴られている」

 レオもシリウス王の言葉に反応してみせる。その表情は輝きに溢れていた。レオの言葉でアナスタシアもやっとその言葉の意味を理解した。

(リュミエール王国とシェイド王国、二つの国が永久の友好と平和を結ぶということなのね……お父様達がやってきたことが実を結んだんだわ)

 胸に両手を添えながらアナスタシアの頬に綺麗な一縷の光が流れていく。ラスターとルフレの証拠によって両国の上層部の中に潜んでいた不正を行っていた者達が全て摘発されたことでずっと形になることはないと思われていた未来がやっと訪れたのだ。

「調印式は国境付近に新たに建てられる場所で行われることになるだろう。その場所はリュミエール王国、そしてシェイド王国。二つの国が互いに管理する平和の地となるだろう」

(なんて素敵なお考えなのかしら……)

 そこでアーヴェントがシリウス王に尋ねる。

「先程、陛下は私共にも助力を求めていたようですが……?」

 シリウス王は静かに頷いてみせた。

「その式典にオースティン公爵と婚約者であるアナスタシアを貴賓として招待したいのだ」

(私達がそんな重要な式典に……?)

「良いのですか……? 私はこの両目によって『吸血鬼』と噂をされている身ですが……」

「その噂は今や形を変えて、このリュミエール王国にも流れてきておるのだ。オースティン公爵という人物は寛大な心と深紅の両の瞳を携え、未来ある事業家に力を貸す存在なのだと」

「そんな……私の力など大したことはありません。全ては私の愛するアナスタシアのおかげなのです」

 優しい深紅の両の瞳でアーヴェントがアナスタシアを見つめる。アナスタシアは嬉しみのあまり、両手で口を覆っていた。

(アーヴェント様……)

「彼女は私に幸せを与えてくれました。そして彼女は沢山の者達をその光で照らしてくれたのです」

「アーヴェント様……褒めすぎです」

「本当のことなのだから仕方ないだろう?」

 クスクスと二人は深紅と青と赤の両の瞳で見つめ合いながら笑みを零していた。

「ならばその光で二つの国の未来を照らしてもらえはしないだろうか?」

「陛下?」

 静かに頷いた後。シリウス王はアナスタシアに声を掛ける。

「『神の愛娘』、それはここに居る私達……そしてアルク王とその一部だけの秘密ということにしておこう。だが、私は個人的に綺麗だと噂されているアナスタシアの『唄』が聞きたいのだ。アナスタシアさえよければ、『調印式』の場で唄をうたってはくれないだろうか?」

(私がそんな大事な式典で唄をうたうなんて……)

「アルク王の手紙にも同じようにアナスタシアの唄が聞きたいと綴ってあるのだ」

 穏やかな笑い声をシリウス王は上げる。レオも戸惑うアナスタシアを見つめていた。そこにアーヴェントがゆっくりと近づいてくる。

「アナスタシア」

「アーヴェント様……私……」

 無理です、と言いたそうな表情のアナスタシアの頭をアーヴェントは優しく撫でる。そして両手を握ると柔らかい声を掛けてくれた。

「俺の好きなお前の唄声を、どうか二つの国の人達に届けてくれ」

「アーヴェント様……」

 愛おしい声、そして愛おしい表情。愛しいアーヴェントにそう言われてはアナスタシアには断ることなど出来るはずもない。逆に背中を優しく押されたことで、不安は自信へと変わっていたのだ。

「……はい。私、唄います。平和のための唄を」

 青と赤の両の瞳は輝きを放っていた。アーヴェントはそれを見て微笑む。

「それでこそ、アナスタシアだ」

 こうして晴れの舞台でアナスタシアは唄をうたうことに決まった。この後シリウス王はその旨をしたためた手紙をアルク王へと送るのだった。

 二つの国の平和を結ぶ調印式は数か月後に迫っていた。
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