吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
109 これまでの縁に感謝します
その日、オースティン家では仕事の関係者達を招いたパーティーが開かれていた。アーヴェントはもちろんだが、婚約者であるアナスタシアはメイに手伝ってもらい綺麗に着飾っていた。見る者を釘付けにしてしまうほどの美しさに溢れていた。
―オースティン公爵様の婚約者のご令嬢は何て美しいんだ
―あの方が幸せを運んでくれるというお方なのね
―しっかりとご挨拶をしなければ
「アーヴェント様……」
皆に注目されているアナスタシアは緊張から手を繋ぐアーヴェントの顔を見上げた。照れているのが丸わかりというような真っ赤な顔をしていた。
(規模が小さい、とアーヴェント様は仰っていたけれど……夜会並みに人が沢山いて皆が私達のことに注目しているんだもの……緊張してしまうわ)
そんなアナスタシアにアーヴェントはクスリと笑いながら声を掛けてくれた。
「ここにいる皆はお前と会うのを楽しみにしていた人達だ。アナスタシア、お前はいつも通りにしていればいいんだ」
「少し、慣れるには時間がかかりそうです……」
「ああ、時間はたっぷりある。ゆっくりでいい」
それからアナスタシアはアーヴェントに手を引かれ、仕事関連の関係者や依頼者達と顔合わせを兼ねて挨拶に周る。その中にケネスの姿があった。以前よりもとても綺麗な服装をしていた。
「アーヴェント様、アナスタシア様。ご機嫌麗しゅうございます」
「ケネス、アナスタシアの装飾品の件では世話になったな」
見た目は立派になっても、相変わらず腰を低くしながらケネスは手を左右に振って見せる。
「いえいえ、そんなことはありません。私にとってお二人は命の恩人に等しい存在なのですから」
「あれからも事業は順調と聞いています。本当に良かったわ」
ケネスの装飾事業はあれからシェイド王国ばかりでなく、リュミエール王国まで拡大し成功を収めていた。それをアーヴェントから聞いていたアナスタシアは満面の笑顔を浮かべていた。ケネスも深い礼をして応える。
「アナスタシア様も更にお美しくなられましたね」
「ありがとう、ケネス」
アーヴェントとアナスタシアはケネスと握手を交わす。その後、次に向かう間にアーヴェントは手を振るケネスを振り返りながら得意げに呟いた。
「ケネスを見定めたアナスタシアの目は確かだったな」
「そんな……私はただ困っていたケネスに声を掛けただけです」
「これからも良い関係を築けそうで何よりだ」
「はい。そうですね」
二人は微笑み合いながら、順に挨拶周りをしていくのだった。大体の関係者との顔合わせが終わった頃、ゾルンが声を掛ける。
「アーヴェント様、ライナー様とリズベット様がお出でになられました」
「そうか。では貴賓席に通してくれ」
「かしこまりました」
その後、ライナーとリズベットがパーティーの会場に姿を現した。ゾルンとフェオルが後ろについて貴賓席へと案内する。まさかシェイド王国の王太子と王女が顔を見せるとは、と会場中がどよめいていた
その中をアナスタシアの手を引いたアーヴェントが貴賓席に腰を降ろしたばかりの二人に近づいていく。あちらも気づいたようで明るい声を掛けてきた。
「やあ、アーヴェント。招待ありがとう。父上が宜しく伝えて欲しいと言っていたよ」
「もったいないお言葉だ。陛下やライナー達には色々と世話になったのはこちらなのだからな」
握手を交わす二人をよそにリズベットがアナスタシアに声を掛ける。
「アナスタシア、久しぶりですわね」
「リズベット様もお元気そうで何よりです」
「色々と大変だったと聞いていました。でも元気な顔が見られて安心しましたわ」
リズベットは柔らかい笑みを浮かべながら、アナスタシアを見つめる。それに応えるようにアナスタシアは頷く。するとリズベットはもう少し近くに寄るように手招きをする。
(リズベット様、どうかなさったのかしら……?)
アナスタシアが顔を近づけると、リズベットはそのまま耳打ちをしてきた。
「キスは済んだようですわね」
「!?」
急にそんな言葉をぶつけられたアナスタシアの顔が一気に赤く染まっていく。リズベットはクスクスと口元に手を添えながら微笑んでいた。
「自分では気づいていないかもしれませんけれど、以前見た時よりも二人の距離がぐっと近くなっていますもの。乙女にはわかってしまうものですわよ?」
「り、リズベット様ったら……!」
「ふふ。女の子同士の秘密にして差し上げますわ」
あたふたしているアナスタシアと、それを楽し気にみつめているリズベットをアーヴェント達は気づかぬふりをしながら見守っていた。頃合いを見て、フェオルが声を掛けてきた。
「アーヴェント様、皆様がライナー様達にご挨拶をしたいとのことです」
(まあ、いつの間にかすごい列が出来ているわ……話に夢中で気づかなかった)
「そうか。わかった。それじゃ、二人ともまた後でな」
「ああ、またな。アーヴェント」
「アナスタシアもまたお話しましょうね」
アーヴェント、そしてアナスタシアは軽く礼をすると貴賓席を後にした。その後すぐに待機していた者達の挨拶が始まり、パーティーに集まったほとんどがその長蛇の列に並んでいた。
丁度その時、ラストが一人の壮年の女性をパーティー会場に連れてきた。その女性は紫の髪を携え、穏やかな面持ちをしていた。
(綺麗な方……あの方もアーヴェント様の事業の関係者なのかしら……)
そう考えていたアナスタシアとその女性の目が合った。すると女性はゆっくりと近づいて来る。ラストが後ろに続く。
「ああ……貴方がアナスタシアなのね。噂通り、綺麗な青と赤の両の瞳だわ……」
近づいてきたその女性は手を口に添えると、瞳に大粒の涙を浮かべていた。アーヴェントは自然にアナスタシアの隣からその女性の隣へと歩いていく。そして振り返ると口を開いた。
「アナスタシア、紹介するよ。俺の母上、レナ・オースティンだ」
突然の紹介に驚いたアナスタシアは口に手を当てる。
(この方がアーヴェント様のお母様……)
「は、初めまして。アナスタシア・ミューズです」
アナスタシアは自己紹介と共に頭を慌てて下げた。アーヴェントの母、レナは穏やかな声で語り掛ける。
「頭を上げて頂戴、アナスタシア。貴方に頭を下げなければいけないのは、私の方なのだから……」
「レナ様……?」
頭を元の位置に戻したアナスタシアが呟く。するとレナの頬を大粒の涙が伝っていく。彼女はそっとアナスタシアの両手を握る。
「アーヴェントから全て聞いています。貴方が私の息子の呪いを解いてくれた少女だったなんて……こんな運命の巡り合わせがあるなんて……私は感謝してもしきれないわ」
「レナ様……」
「母上……」
レナの涙は止まることなく、頬を伝っていく。それだけ、アナスタシアへの感謝の気持ちが絶えないのだろう。
「きっと天国にいる主人も同じ気持ちのはずです……本当にありがとう、アナスタシア。ずっと貴方に会いたかったの。会ってちゃんとお礼を言いたかった。それが叶って嬉しいわ」
綺麗な瞳がアナスタシアを映していた。アナスタシアの目じりも、じんと熱くなる。握られたその手を優しく握り返した。
「私もアーヴェント様と再び巡り合えて……本当に幸せです。そしてレナ様に会えたことも、とても嬉しく思っています」
「とても温かい手……貴方の心が表れているようだわ。アーヴェント、今度は貴方がアナスタシアのことを幸せにしてあげるのですよ」
穏やかな声でレナはアーヴェントに声を掛けた。アーヴェントは静かに頷く。
「わかっていますよ、母上。必ずアナスタシアは幸せにしてみせます」
その言葉を聞いて、レナもまた頷いてみせる。そんな仲睦まじい母子の姿を見て、アナスタシアの心は温かくなるのだった。
「私は今でも充分に幸せです……」
アナスタシアは青と赤の両の瞳でアーヴェントを見つめる。深紅の両の瞳もまたアナスタシアを見つめていた。レナはその様子を見ながら、首を左右にゆっくりと振る。
「いいえ。もっともっと……これから先、二人で生きていく未来までずっと幸せでいて頂戴ね」
「……はい」
まっすぐに見つめるレナにアナスタシアは満面の笑みで返事をするのだった。
(私は素敵な人達と繋がり合うことが出来て、とても幸せ者だわ……『神の愛娘』としてではなく、アナスタシア・ミューズとしてこの素敵な縁に感謝しなければいけないわね)
隣に並び直してくれたアーヴェント、目の前で優しく微笑むレナ、それを見守るゾルン達。そして会場に集まった全ての人達にアナスタシアは感謝の気持ちを抱くのだった。
―オースティン公爵様の婚約者のご令嬢は何て美しいんだ
―あの方が幸せを運んでくれるというお方なのね
―しっかりとご挨拶をしなければ
「アーヴェント様……」
皆に注目されているアナスタシアは緊張から手を繋ぐアーヴェントの顔を見上げた。照れているのが丸わかりというような真っ赤な顔をしていた。
(規模が小さい、とアーヴェント様は仰っていたけれど……夜会並みに人が沢山いて皆が私達のことに注目しているんだもの……緊張してしまうわ)
そんなアナスタシアにアーヴェントはクスリと笑いながら声を掛けてくれた。
「ここにいる皆はお前と会うのを楽しみにしていた人達だ。アナスタシア、お前はいつも通りにしていればいいんだ」
「少し、慣れるには時間がかかりそうです……」
「ああ、時間はたっぷりある。ゆっくりでいい」
それからアナスタシアはアーヴェントに手を引かれ、仕事関連の関係者や依頼者達と顔合わせを兼ねて挨拶に周る。その中にケネスの姿があった。以前よりもとても綺麗な服装をしていた。
「アーヴェント様、アナスタシア様。ご機嫌麗しゅうございます」
「ケネス、アナスタシアの装飾品の件では世話になったな」
見た目は立派になっても、相変わらず腰を低くしながらケネスは手を左右に振って見せる。
「いえいえ、そんなことはありません。私にとってお二人は命の恩人に等しい存在なのですから」
「あれからも事業は順調と聞いています。本当に良かったわ」
ケネスの装飾事業はあれからシェイド王国ばかりでなく、リュミエール王国まで拡大し成功を収めていた。それをアーヴェントから聞いていたアナスタシアは満面の笑顔を浮かべていた。ケネスも深い礼をして応える。
「アナスタシア様も更にお美しくなられましたね」
「ありがとう、ケネス」
アーヴェントとアナスタシアはケネスと握手を交わす。その後、次に向かう間にアーヴェントは手を振るケネスを振り返りながら得意げに呟いた。
「ケネスを見定めたアナスタシアの目は確かだったな」
「そんな……私はただ困っていたケネスに声を掛けただけです」
「これからも良い関係を築けそうで何よりだ」
「はい。そうですね」
二人は微笑み合いながら、順に挨拶周りをしていくのだった。大体の関係者との顔合わせが終わった頃、ゾルンが声を掛ける。
「アーヴェント様、ライナー様とリズベット様がお出でになられました」
「そうか。では貴賓席に通してくれ」
「かしこまりました」
その後、ライナーとリズベットがパーティーの会場に姿を現した。ゾルンとフェオルが後ろについて貴賓席へと案内する。まさかシェイド王国の王太子と王女が顔を見せるとは、と会場中がどよめいていた
その中をアナスタシアの手を引いたアーヴェントが貴賓席に腰を降ろしたばかりの二人に近づいていく。あちらも気づいたようで明るい声を掛けてきた。
「やあ、アーヴェント。招待ありがとう。父上が宜しく伝えて欲しいと言っていたよ」
「もったいないお言葉だ。陛下やライナー達には色々と世話になったのはこちらなのだからな」
握手を交わす二人をよそにリズベットがアナスタシアに声を掛ける。
「アナスタシア、久しぶりですわね」
「リズベット様もお元気そうで何よりです」
「色々と大変だったと聞いていました。でも元気な顔が見られて安心しましたわ」
リズベットは柔らかい笑みを浮かべながら、アナスタシアを見つめる。それに応えるようにアナスタシアは頷く。するとリズベットはもう少し近くに寄るように手招きをする。
(リズベット様、どうかなさったのかしら……?)
アナスタシアが顔を近づけると、リズベットはそのまま耳打ちをしてきた。
「キスは済んだようですわね」
「!?」
急にそんな言葉をぶつけられたアナスタシアの顔が一気に赤く染まっていく。リズベットはクスクスと口元に手を添えながら微笑んでいた。
「自分では気づいていないかもしれませんけれど、以前見た時よりも二人の距離がぐっと近くなっていますもの。乙女にはわかってしまうものですわよ?」
「り、リズベット様ったら……!」
「ふふ。女の子同士の秘密にして差し上げますわ」
あたふたしているアナスタシアと、それを楽し気にみつめているリズベットをアーヴェント達は気づかぬふりをしながら見守っていた。頃合いを見て、フェオルが声を掛けてきた。
「アーヴェント様、皆様がライナー様達にご挨拶をしたいとのことです」
(まあ、いつの間にかすごい列が出来ているわ……話に夢中で気づかなかった)
「そうか。わかった。それじゃ、二人ともまた後でな」
「ああ、またな。アーヴェント」
「アナスタシアもまたお話しましょうね」
アーヴェント、そしてアナスタシアは軽く礼をすると貴賓席を後にした。その後すぐに待機していた者達の挨拶が始まり、パーティーに集まったほとんどがその長蛇の列に並んでいた。
丁度その時、ラストが一人の壮年の女性をパーティー会場に連れてきた。その女性は紫の髪を携え、穏やかな面持ちをしていた。
(綺麗な方……あの方もアーヴェント様の事業の関係者なのかしら……)
そう考えていたアナスタシアとその女性の目が合った。すると女性はゆっくりと近づいて来る。ラストが後ろに続く。
「ああ……貴方がアナスタシアなのね。噂通り、綺麗な青と赤の両の瞳だわ……」
近づいてきたその女性は手を口に添えると、瞳に大粒の涙を浮かべていた。アーヴェントは自然にアナスタシアの隣からその女性の隣へと歩いていく。そして振り返ると口を開いた。
「アナスタシア、紹介するよ。俺の母上、レナ・オースティンだ」
突然の紹介に驚いたアナスタシアは口に手を当てる。
(この方がアーヴェント様のお母様……)
「は、初めまして。アナスタシア・ミューズです」
アナスタシアは自己紹介と共に頭を慌てて下げた。アーヴェントの母、レナは穏やかな声で語り掛ける。
「頭を上げて頂戴、アナスタシア。貴方に頭を下げなければいけないのは、私の方なのだから……」
「レナ様……?」
頭を元の位置に戻したアナスタシアが呟く。するとレナの頬を大粒の涙が伝っていく。彼女はそっとアナスタシアの両手を握る。
「アーヴェントから全て聞いています。貴方が私の息子の呪いを解いてくれた少女だったなんて……こんな運命の巡り合わせがあるなんて……私は感謝してもしきれないわ」
「レナ様……」
「母上……」
レナの涙は止まることなく、頬を伝っていく。それだけ、アナスタシアへの感謝の気持ちが絶えないのだろう。
「きっと天国にいる主人も同じ気持ちのはずです……本当にありがとう、アナスタシア。ずっと貴方に会いたかったの。会ってちゃんとお礼を言いたかった。それが叶って嬉しいわ」
綺麗な瞳がアナスタシアを映していた。アナスタシアの目じりも、じんと熱くなる。握られたその手を優しく握り返した。
「私もアーヴェント様と再び巡り合えて……本当に幸せです。そしてレナ様に会えたことも、とても嬉しく思っています」
「とても温かい手……貴方の心が表れているようだわ。アーヴェント、今度は貴方がアナスタシアのことを幸せにしてあげるのですよ」
穏やかな声でレナはアーヴェントに声を掛けた。アーヴェントは静かに頷く。
「わかっていますよ、母上。必ずアナスタシアは幸せにしてみせます」
その言葉を聞いて、レナもまた頷いてみせる。そんな仲睦まじい母子の姿を見て、アナスタシアの心は温かくなるのだった。
「私は今でも充分に幸せです……」
アナスタシアは青と赤の両の瞳でアーヴェントを見つめる。深紅の両の瞳もまたアナスタシアを見つめていた。レナはその様子を見ながら、首を左右にゆっくりと振る。
「いいえ。もっともっと……これから先、二人で生きていく未来までずっと幸せでいて頂戴ね」
「……はい」
まっすぐに見つめるレナにアナスタシアは満面の笑みで返事をするのだった。
(私は素敵な人達と繋がり合うことが出来て、とても幸せ者だわ……『神の愛娘』としてではなく、アナスタシア・ミューズとしてこの素敵な縁に感謝しなければいけないわね)
隣に並び直してくれたアーヴェント、目の前で優しく微笑むレナ、それを見守るゾルン達。そして会場に集まった全ての人達にアナスタシアは感謝の気持ちを抱くのだった。