吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
11 鏡の中に綺麗な女性がいます
鏡に映った見たことのない女性。煌びやかな照明によって輝くハニーブロンドの髪は手入れを受けてツヤを増し、纏ったドレスもまた美しい。そして右は赤、左は青のオッドアイの瞳。何度見ても、そこに映っている人物はアナスタシア・ミューズ。彼女自身に間違いはなかった。
目の前にある現実をまだ受け入れられないのか、アナスタシアは何度も右手や左手を小さく動かしてみるが、鏡に映った自分はそれと同じように動く。当たり前のことだが、とても不思議な感覚だ。
(私……こんなに素敵に見えているの……?)
「とっても素敵なお姿ですよ、アナスタシア様」
鏡越しに後ろで待機しているラストの姿が見えた。彼女はそこに映っているのは間違いなく貴方です、と言いたげな表情をしている。
「ここにいらした時は色褪せていたようですが、元々とても綺麗な髪の色をしていらしたんですね。手入れをしている最中に黄金に輝きだしたので私、興奮して色々と手入れを加えてしまいましたっ」
(今までは水だけで髪を洗っていたし、石鹸とかも自由に使えたわけじゃなかった……数回だけだけれどメイが隠れてお湯を小屋に持ってきてくれた時は本当に嬉しかったのを覚えてる)
ふと昔のお風呂事情のことを思い出して、鏡の中のアナスタシアも俯き加減になる。気がついたラストが声を掛けてくれた。
「何か気になることでもありましたか?」
「いいえ、違うの。ただ、髪を手入れして洗ったことも、こんな素敵な格好をしたのも久しぶりで……鏡に映ったのが自分だなんて思えなくて戸惑ってしまっているの」
アナスタシアはそう言いながら再び、鏡に映った自分の姿を足の先から頭の上まで目で追った。
(これが十六歳の今の私の姿なのね……ちゃんとした格好をしていたのはもう五年も前。ミューズ家の当主が叔父様になってメイを除く使用人達も全て変わってしまってからは、私に自由なんて与えられなかった……ボロボロの服を着て、あの小屋で生きるしか道はない日々だった……)
ポン―と両肩に温かさと重みを感じる。見るとラストがアナスタシアの肩に両手を軽く乗せて笑いかけていた。不思議と暗い記憶が薄くなっていくような気がして、気が付くと笑みを返していた。
「さ、綺麗になったアナスタシア様をアーヴェント様に見てもらいに行きましょう!」
「ラスト、ちょっと待って……っ」
「待ちませんっ。ご案内いたします!」
お風呂に関する一連のことが終わって、ハッと我に返ったアナスタシアが勢いよく自分の手を引いてくれているラストに止まってくれるように頼むが彼女に止まる気配はない。次第にアナスタシアの顔に赤みが広がっていく。
(待って……この姿でアーヴェント様に会うなんて……まだ心の準備が出来てないわ! それに……)
アナスタシアはつい先ほどまで会話をしていたアーヴェントの顔を思い出していた。
(……胸の鼓動が収まってくれない……)
ラストの案内でお風呂場から移動したアナスタシアは一階の玄関ホールに着いた。ここは屋敷に来た時に最初にきた場所だ。このホールから階段を登った二階の部屋にアーヴェントはいる。そう思うと胸の鼓動が更に早くなる。
階段の傍までくるとラストが何かに気付いたのか、速足だった歩を止める。そして振り返ると笑顔で言葉を掛けてきた。
「アナスタシア様、アーヴェント様ですよっ」
「えっ……」
驚きで声が出てしまう。ラストが手のひらで階段の上を指し示す。アナスタシアがその方向に目を向けると今まさに二階からの階段を下りながらこちらを見つめる両の深紅の瞳と目が合った。
「……」
階段を降りきったアーヴェントはジッとアナスタシアの方を見つめていた。後ろからはゾルンが着いて来ていてすぐ後ろに立つ。ラストはアナスタシアの横に移動し、何か言いたげな表情を浮かべている。
ゴホン―と小さく咳払いが聞こえた。それはゾルンがしたものだった。気が付いたようにアーヴェントが口を開く。
「! すまない。黙ってしまっていた……」
そう言ってアーヴェントが近づく。近づくと彼の身長がとても大きいことを改めて実感する。ただ、今は目線を合わせる為に屈まないで欲しいとアナスタシアは願っていた。
(今そんなことされたら……どうにかなってしまいそう)
「い、いえ……私こそ……ご挨拶もしないで申し訳ありませんでした」
「そんなこと、気にしなくていい」
コホン―と再び咳払いが聞こえる。今度はラストがしたようだ。横目でアーヴェントが彼女のことを刹那見る。そしてアナスタシアの方を向くと、一度間を置いて言葉が掛けられた。
「とても綺麗だ……まるで輝く宝石のようだ」
はにかむようにして掛けられた言葉は今のアナスタシアにはとても効いたようだ。
「あ、ありがとうございます……!」
(ああっ……! そんな素敵なお言葉……私、恥かしくてもう何処かに隠れてしまいたい……っ)
目の前にある現実をまだ受け入れられないのか、アナスタシアは何度も右手や左手を小さく動かしてみるが、鏡に映った自分はそれと同じように動く。当たり前のことだが、とても不思議な感覚だ。
(私……こんなに素敵に見えているの……?)
「とっても素敵なお姿ですよ、アナスタシア様」
鏡越しに後ろで待機しているラストの姿が見えた。彼女はそこに映っているのは間違いなく貴方です、と言いたげな表情をしている。
「ここにいらした時は色褪せていたようですが、元々とても綺麗な髪の色をしていらしたんですね。手入れをしている最中に黄金に輝きだしたので私、興奮して色々と手入れを加えてしまいましたっ」
(今までは水だけで髪を洗っていたし、石鹸とかも自由に使えたわけじゃなかった……数回だけだけれどメイが隠れてお湯を小屋に持ってきてくれた時は本当に嬉しかったのを覚えてる)
ふと昔のお風呂事情のことを思い出して、鏡の中のアナスタシアも俯き加減になる。気がついたラストが声を掛けてくれた。
「何か気になることでもありましたか?」
「いいえ、違うの。ただ、髪を手入れして洗ったことも、こんな素敵な格好をしたのも久しぶりで……鏡に映ったのが自分だなんて思えなくて戸惑ってしまっているの」
アナスタシアはそう言いながら再び、鏡に映った自分の姿を足の先から頭の上まで目で追った。
(これが十六歳の今の私の姿なのね……ちゃんとした格好をしていたのはもう五年も前。ミューズ家の当主が叔父様になってメイを除く使用人達も全て変わってしまってからは、私に自由なんて与えられなかった……ボロボロの服を着て、あの小屋で生きるしか道はない日々だった……)
ポン―と両肩に温かさと重みを感じる。見るとラストがアナスタシアの肩に両手を軽く乗せて笑いかけていた。不思議と暗い記憶が薄くなっていくような気がして、気が付くと笑みを返していた。
「さ、綺麗になったアナスタシア様をアーヴェント様に見てもらいに行きましょう!」
「ラスト、ちょっと待って……っ」
「待ちませんっ。ご案内いたします!」
お風呂に関する一連のことが終わって、ハッと我に返ったアナスタシアが勢いよく自分の手を引いてくれているラストに止まってくれるように頼むが彼女に止まる気配はない。次第にアナスタシアの顔に赤みが広がっていく。
(待って……この姿でアーヴェント様に会うなんて……まだ心の準備が出来てないわ! それに……)
アナスタシアはつい先ほどまで会話をしていたアーヴェントの顔を思い出していた。
(……胸の鼓動が収まってくれない……)
ラストの案内でお風呂場から移動したアナスタシアは一階の玄関ホールに着いた。ここは屋敷に来た時に最初にきた場所だ。このホールから階段を登った二階の部屋にアーヴェントはいる。そう思うと胸の鼓動が更に早くなる。
階段の傍までくるとラストが何かに気付いたのか、速足だった歩を止める。そして振り返ると笑顔で言葉を掛けてきた。
「アナスタシア様、アーヴェント様ですよっ」
「えっ……」
驚きで声が出てしまう。ラストが手のひらで階段の上を指し示す。アナスタシアがその方向に目を向けると今まさに二階からの階段を下りながらこちらを見つめる両の深紅の瞳と目が合った。
「……」
階段を降りきったアーヴェントはジッとアナスタシアの方を見つめていた。後ろからはゾルンが着いて来ていてすぐ後ろに立つ。ラストはアナスタシアの横に移動し、何か言いたげな表情を浮かべている。
ゴホン―と小さく咳払いが聞こえた。それはゾルンがしたものだった。気が付いたようにアーヴェントが口を開く。
「! すまない。黙ってしまっていた……」
そう言ってアーヴェントが近づく。近づくと彼の身長がとても大きいことを改めて実感する。ただ、今は目線を合わせる為に屈まないで欲しいとアナスタシアは願っていた。
(今そんなことされたら……どうにかなってしまいそう)
「い、いえ……私こそ……ご挨拶もしないで申し訳ありませんでした」
「そんなこと、気にしなくていい」
コホン―と再び咳払いが聞こえる。今度はラストがしたようだ。横目でアーヴェントが彼女のことを刹那見る。そしてアナスタシアの方を向くと、一度間を置いて言葉が掛けられた。
「とても綺麗だ……まるで輝く宝石のようだ」
はにかむようにして掛けられた言葉は今のアナスタシアにはとても効いたようだ。
「あ、ありがとうございます……!」
(ああっ……! そんな素敵なお言葉……私、恥かしくてもう何処かに隠れてしまいたい……っ)