吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
111 お前なら出来ると俺は信じている
和平の調印を済ませた二つの国の象徴である『平和の丘』。一番上に設けれられた祭壇への階段をアーヴェントはアナスタシアの手を引き、先を歩いていく。
「思ったより長いな。大丈夫か、アナスタシア」
「はい。お気遣いありがとうございます、アーヴェント様」
立ち上がり、参列した者達に振り返ってみせた時からアナスタシアの顔は緊張で強張っているのがアーヴェントにはわかっていた。気負うな、と言った所で実際にこれだけの人達の前に立ち、唄をうたうというのがどれだけの心労を伴うのかはアーヴェントですら計り知れない。
それをこの細い柔らかい手をした可憐な女性が背負っているのだ。アーヴェントは考えていた。一番上の祭壇まで続く、この階段を登っている長いようで短い時間の中で自らに何が出来るのかを。
深紅の両の瞳の奥に灯る光が柔らかく揺れる。
「かつて、俺が『堕ちた』時に見た夢のような景色の中にいた少女。その少女だったお前の手を俺は今引いているんだな」
フッと笑みを浮かべながらアーヴェントがアナスタシアの方に視線を向ける。その言葉を聞いたアナスタシアは俯いていた顔を上げてみせる。
「アーヴェント様……?」
手を引き、階段をゆっくりと登りながらアーヴェントは言葉を続ける。
「あの日から一度たりとも、お前のことを……お前の唄を忘れることはなかった」
握る手にそっと力と熱が込められる。自然と言葉が溢れてきていた。
「そして必ずもう一度、出会うのだと心に決めていた」
同じような話は今まで共にオースティン家で過ごしている中でアナスタシアに語り掛けたことはあった。だが、今この時ほど自らの『想い』を言葉にこめたことはなかった。心遣いから、だけではない。この場だからこそ、伝えたい『想い』がアーヴェントにはあったのだ。
手を引かれたアナスタシアは、階段を一段ずつゆっくりと登りながら耳を傾けてくれている。綺麗な青と赤の両の瞳が自分を見つめていた。
「そして俺達はもう一度出会うことが出来た。共に同じ屋根の下で過ごし、語らい、想いを重ねてきた。これほどまでに嬉しいことはない」
「アーヴェント様……」
アナスタシアの両の瞳が揺れる。うっすらと涙が湧いてきていた。この後、涙が頬を伝うことがわかっていながらもアーヴェントは言葉を止めることは出来なかった。
「俺は今、愛しさで胸がいっぱいになっているんだ」
その言葉を聞いたアナスタシアの頬を綺麗な涙が伝って流れていく。彼女はこちらを見つめながら口を開いた。
「私もです……私も、アーヴェント様……貴方への愛しさを感じています」
彼女が自分に向かって微笑んでくれた。思わず抱きしめてしまいたい衝動に駆られたアーヴェントだったが、必死に自分の理性を働かせてその気持ちを押さえ込む。その時、アーヴェントの脳裏には冷ややかな目でこちらを見つめるゾルンやラストの顔が浮かんでいた。
そのおかげもあって何とか不意に抱きしめるという衝動に打ち勝つことが出来た。だがその刹那、とても酷い顔をしていたのはアナスタシアだけには見られていた。彼女はクスっと左手を口元に添えて笑っていた。
「今、何か我慢しました?」
そっとアナスタシアが尋ねてきた。
「わかるものなのか?」
「ええ。わかります。貴方のことなら何でも……わかるようになりました」
「そうか……それは嬉しいな」
二人は微笑み合いながら、歩を進めていく。そしてついに祭壇がある丘の一番上に辿り着いた。二つの国の国境に作られた丘の上には素晴らしい景色が広がっていた。
「綺麗ですね……」
隣り合ったアーヴェントは素直な気持ちを呟いた。
「ああ、そうだな。だが、今俺の瞳に映っているお前ほど綺麗なモノなどないさ」
その言葉を聞いたアナスタシアの頬がうっすらと赤みを帯びていた。間髪いれずにアーヴェントは跪くと彼女の右手の甲に軽く口づけをした。
「あ、アーヴェント様……っ?!」
「アナスタシア……お前なら出来ると俺は信じている」
慌てていた彼女はその言葉を聞くと、じっとアーヴェントの深紅の瞳を見つめる。そして軽く深呼吸をすると穏やかな表情を浮かべた。
そして満面の笑みである言葉を告げ、美しい仕草をして祭壇の中央へと歩いていく。その姿をずっとアーヴェントは見つめていたのだった。
「思ったより長いな。大丈夫か、アナスタシア」
「はい。お気遣いありがとうございます、アーヴェント様」
立ち上がり、参列した者達に振り返ってみせた時からアナスタシアの顔は緊張で強張っているのがアーヴェントにはわかっていた。気負うな、と言った所で実際にこれだけの人達の前に立ち、唄をうたうというのがどれだけの心労を伴うのかはアーヴェントですら計り知れない。
それをこの細い柔らかい手をした可憐な女性が背負っているのだ。アーヴェントは考えていた。一番上の祭壇まで続く、この階段を登っている長いようで短い時間の中で自らに何が出来るのかを。
深紅の両の瞳の奥に灯る光が柔らかく揺れる。
「かつて、俺が『堕ちた』時に見た夢のような景色の中にいた少女。その少女だったお前の手を俺は今引いているんだな」
フッと笑みを浮かべながらアーヴェントがアナスタシアの方に視線を向ける。その言葉を聞いたアナスタシアは俯いていた顔を上げてみせる。
「アーヴェント様……?」
手を引き、階段をゆっくりと登りながらアーヴェントは言葉を続ける。
「あの日から一度たりとも、お前のことを……お前の唄を忘れることはなかった」
握る手にそっと力と熱が込められる。自然と言葉が溢れてきていた。
「そして必ずもう一度、出会うのだと心に決めていた」
同じような話は今まで共にオースティン家で過ごしている中でアナスタシアに語り掛けたことはあった。だが、今この時ほど自らの『想い』を言葉にこめたことはなかった。心遣いから、だけではない。この場だからこそ、伝えたい『想い』がアーヴェントにはあったのだ。
手を引かれたアナスタシアは、階段を一段ずつゆっくりと登りながら耳を傾けてくれている。綺麗な青と赤の両の瞳が自分を見つめていた。
「そして俺達はもう一度出会うことが出来た。共に同じ屋根の下で過ごし、語らい、想いを重ねてきた。これほどまでに嬉しいことはない」
「アーヴェント様……」
アナスタシアの両の瞳が揺れる。うっすらと涙が湧いてきていた。この後、涙が頬を伝うことがわかっていながらもアーヴェントは言葉を止めることは出来なかった。
「俺は今、愛しさで胸がいっぱいになっているんだ」
その言葉を聞いたアナスタシアの頬を綺麗な涙が伝って流れていく。彼女はこちらを見つめながら口を開いた。
「私もです……私も、アーヴェント様……貴方への愛しさを感じています」
彼女が自分に向かって微笑んでくれた。思わず抱きしめてしまいたい衝動に駆られたアーヴェントだったが、必死に自分の理性を働かせてその気持ちを押さえ込む。その時、アーヴェントの脳裏には冷ややかな目でこちらを見つめるゾルンやラストの顔が浮かんでいた。
そのおかげもあって何とか不意に抱きしめるという衝動に打ち勝つことが出来た。だがその刹那、とても酷い顔をしていたのはアナスタシアだけには見られていた。彼女はクスっと左手を口元に添えて笑っていた。
「今、何か我慢しました?」
そっとアナスタシアが尋ねてきた。
「わかるものなのか?」
「ええ。わかります。貴方のことなら何でも……わかるようになりました」
「そうか……それは嬉しいな」
二人は微笑み合いながら、歩を進めていく。そしてついに祭壇がある丘の一番上に辿り着いた。二つの国の国境に作られた丘の上には素晴らしい景色が広がっていた。
「綺麗ですね……」
隣り合ったアーヴェントは素直な気持ちを呟いた。
「ああ、そうだな。だが、今俺の瞳に映っているお前ほど綺麗なモノなどないさ」
その言葉を聞いたアナスタシアの頬がうっすらと赤みを帯びていた。間髪いれずにアーヴェントは跪くと彼女の右手の甲に軽く口づけをした。
「あ、アーヴェント様……っ?!」
「アナスタシア……お前なら出来ると俺は信じている」
慌てていた彼女はその言葉を聞くと、じっとアーヴェントの深紅の瞳を見つめる。そして軽く深呼吸をすると穏やかな表情を浮かべた。
そして満面の笑みである言葉を告げ、美しい仕草をして祭壇の中央へと歩いていく。その姿をずっとアーヴェントは見つめていたのだった。