吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
112 今、貴方の愛を感じています
先に階段を登っていくアーヴェントに右手を引かれながらアナスタシアは階段を登っていく。その歩みはどこか重い。
(……さっき参列した人達を見てから緊張で身体が固くなってしまっているわ……まさかあんなに沢山の人達が集まっていたなんて思ってもみなかった……)
その歩みの遅さは緊張から来ていたのだ。そんな自分のことを察してくれたのか、アーヴェントが声を掛けてきた。
「思ったより長いな。大丈夫か、アナスタシア」
(アーヴェント様……こんな時でも私のことを気遣ってくれているのね……)
「……はい。お気遣いありがとうございます、アーヴェント様」
お礼の言葉を口にしたものの、アナスタシアを襲っている緊張がすぐに解けることはなかった。逆に毅然とした態度で自分の手を引いてくれているアーヴェントに対して申し訳ないと考えてしまい、身体は更に強張っていく。
(……アーヴェント様が立派に私のことをエスコートしてくれているのに……私は緊張でまともに歩くことも出来ないなんて……申し訳ない気持ちが溢れそう……っ)
アナスタシアは俯くと目を瞑り、ぎゅっと眉間に力を込める。下げた顔は重く、もう二度と上がらないのではないかと思う程だった。
そんな中、ふとアーヴェントの言葉が耳に響いてきた。
「……かつて、俺が『堕ちた』時に見た夢のような景色の中にいた少女。その少女だったお前の手を俺は今引いているんだな」
気が付くとアナスタシアは顔を上げて、こちらを見つめる深紅の両の瞳を覗き込んでいた。あれほど重いと感じていたはずの顔が急に軽くなったのだ。
「アーヴェント様……?」
アナスタシアが呟くと、アーヴェントは言葉を続けた。
「あの日から一度たりとも、お前のことを……お前の唄を忘れることはなかった」
自分の右手を握るアーヴェントの手にぐっと力が込められたのをアナスタシアは肌で感じていた。
(……強いけど、痛くない……それに……とても温かい)
先程まで緊張で堅くなっていたアナスタシアの身体がその強い力と温かい熱でほぐれていく。
「そして必ずもう一度、出会うのだと心に決めていた」
(そのお話は以前、お屋敷でも聞かされていたけれど……今日のアーヴェント様の言葉には何か、こう……力が込められているというのかしら……とても耳に……そして私の心に響いてくる……)
アナスタシアはアーヴェントの言葉に耳を傾けながら、その青と赤の両の瞳で彼を見つめていた。
「そして俺達はもう一度出会うことが出来た。共に同じ屋根の下で過ごし、語らい、想いを重ねてきた。これほどまでに嬉しいことはない」
先程までの緊張のことなど、アナスタシアはすっかり忘れてしまっていた。今はただ、アーヴェントの『想い』で胸がいっぱいになっていたのだ。うっすらと目じりに熱さを感じる。
「アーヴェント様……」
(アーヴェント様の『想い』が嬉しくて……私、今にも涙が溢れそうになっている……でも、もっとアーヴェント様……貴方の言葉を聞きたい……)
「俺は今、愛しさで胸がいっぱいになっているんだ」
(ああ……私、涙が流れるのを我慢できそうにないです……)
両の瞳から大粒の涙が頬を伝っていくのをアナスタシアは感じていた。そして、アーヴェントと同じように自らの胸の中は彼への『想い』で溢れていたのだ。左手をそっと胸元に添えると自然にアナスタシアの口から言葉が漏れた。
「私もです……私も、貴方への『想い』で胸がいっぱいです……」
自然とアナスタシアには笑みが浮かんでいた。その刹那、アーヴェントが身体を軽く揺らす。更に奥歯を噛みしめるような酷い表情を浮かべていた。ずっと一緒に暮らしてきたアナスタシアには何となく、アーヴェントの気持ちを察することが出来た。
(……ふふ。アーヴェント様ったら……何かしようとして必死に我慢をしているのね……きっとゾルンやラストがいたら茶化されてしまうようなことなんだわ……)
アナスタシアは口元に手を添えながら笑ってみせる。そして、酷い顔をしているアーヴェントに声を掛けた。
「今、何か我慢しました?」
ハッとしたアーヴェントが呟いた。
「わかるものなのか?」
(最初は何もわからなかった……アーヴェント様とは初対面だと思っていたから。でも私達は既に出会っていた……そして共に暮らす中でアーヴェント様……貴方の優しさに触れていく中で私は貴方のことがわかってきたんです)
アナスタシアはアーヴェントに答える。
「ええ。わかります。貴方のことなら何でも……わかるようになりました」
「そうか……それは嬉しいな」
アナスタシアとアーヴェントは微笑み合う。そしてこの長いようで短い時間は終わりを迎えた。階段の一番上に着くと目の前には祭壇が佇んでいた。更にその向こうには素晴らしい景色が広がっていたのだ。
「綺麗ですね……」
自然とアナスタシアの口から言葉が漏れる。隣に立つアーヴェントは頷いてくれた。
「ああ、そうだな。だが、今俺の瞳に映っているお前ほど綺麗なモノなどないさ」
(! もう……アーヴェント様ったら……こんな時までそんな恥ずかしいことを仰るのね……っ)
軽く俯いたアナスタシアは溢れる愛しさで頬を赤らめる。するとアーヴェントは跪き、自分の右手の甲に軽く口づけをしたのだ。
(!?)
「あ、アーヴェント様……っ?!」
「アナスタシア……お前なら出来ると俺は信じている」
その綺麗な深紅の両の瞳にはアナスタシアだけが映っていた。
(! ……ああ、やっぱり私は世界一、幸せ者だわ……)
アナスタシアは自分の姿が映るその深紅の両の瞳を青と赤の両の瞳で見つめながら軽く息を整えた。
(アーヴェント様……私は……)
胸に両の手を添えたアナスタシアは満面の笑みを浮かべながら今の気持ちを言葉にして紡ぐ。まるで唄のように。
「私は今、貴方の愛を感じています。貴方への愛で満たされている今ならちゃんと唄えるような気がします。 ……だからそこで聞いていてくださいねっ」
「ああ。ちゃんと聞いているよ」
アナスタシアは白とピンク色が基調の素敵なドレスを軽く持ち上げると、美しいカーテシーをしてみせる。そして祭壇の中央へと歩を進めていく。
(アーヴェント様が、そして平和を願う沢山の人達が私のことを見てくれている……もう何も怖くない。アーヴェント様の『愛』が私の背中を押してくれているから……!)
アナスタシアは祭壇の中央に立つと静かにその両の瞳を閉じる。風が肌をそっと流れていくのを感じる。まるで時が止まったように静けさだけがそこにあった。
(……さっき参列した人達を見てから緊張で身体が固くなってしまっているわ……まさかあんなに沢山の人達が集まっていたなんて思ってもみなかった……)
その歩みの遅さは緊張から来ていたのだ。そんな自分のことを察してくれたのか、アーヴェントが声を掛けてきた。
「思ったより長いな。大丈夫か、アナスタシア」
(アーヴェント様……こんな時でも私のことを気遣ってくれているのね……)
「……はい。お気遣いありがとうございます、アーヴェント様」
お礼の言葉を口にしたものの、アナスタシアを襲っている緊張がすぐに解けることはなかった。逆に毅然とした態度で自分の手を引いてくれているアーヴェントに対して申し訳ないと考えてしまい、身体は更に強張っていく。
(……アーヴェント様が立派に私のことをエスコートしてくれているのに……私は緊張でまともに歩くことも出来ないなんて……申し訳ない気持ちが溢れそう……っ)
アナスタシアは俯くと目を瞑り、ぎゅっと眉間に力を込める。下げた顔は重く、もう二度と上がらないのではないかと思う程だった。
そんな中、ふとアーヴェントの言葉が耳に響いてきた。
「……かつて、俺が『堕ちた』時に見た夢のような景色の中にいた少女。その少女だったお前の手を俺は今引いているんだな」
気が付くとアナスタシアは顔を上げて、こちらを見つめる深紅の両の瞳を覗き込んでいた。あれほど重いと感じていたはずの顔が急に軽くなったのだ。
「アーヴェント様……?」
アナスタシアが呟くと、アーヴェントは言葉を続けた。
「あの日から一度たりとも、お前のことを……お前の唄を忘れることはなかった」
自分の右手を握るアーヴェントの手にぐっと力が込められたのをアナスタシアは肌で感じていた。
(……強いけど、痛くない……それに……とても温かい)
先程まで緊張で堅くなっていたアナスタシアの身体がその強い力と温かい熱でほぐれていく。
「そして必ずもう一度、出会うのだと心に決めていた」
(そのお話は以前、お屋敷でも聞かされていたけれど……今日のアーヴェント様の言葉には何か、こう……力が込められているというのかしら……とても耳に……そして私の心に響いてくる……)
アナスタシアはアーヴェントの言葉に耳を傾けながら、その青と赤の両の瞳で彼を見つめていた。
「そして俺達はもう一度出会うことが出来た。共に同じ屋根の下で過ごし、語らい、想いを重ねてきた。これほどまでに嬉しいことはない」
先程までの緊張のことなど、アナスタシアはすっかり忘れてしまっていた。今はただ、アーヴェントの『想い』で胸がいっぱいになっていたのだ。うっすらと目じりに熱さを感じる。
「アーヴェント様……」
(アーヴェント様の『想い』が嬉しくて……私、今にも涙が溢れそうになっている……でも、もっとアーヴェント様……貴方の言葉を聞きたい……)
「俺は今、愛しさで胸がいっぱいになっているんだ」
(ああ……私、涙が流れるのを我慢できそうにないです……)
両の瞳から大粒の涙が頬を伝っていくのをアナスタシアは感じていた。そして、アーヴェントと同じように自らの胸の中は彼への『想い』で溢れていたのだ。左手をそっと胸元に添えると自然にアナスタシアの口から言葉が漏れた。
「私もです……私も、貴方への『想い』で胸がいっぱいです……」
自然とアナスタシアには笑みが浮かんでいた。その刹那、アーヴェントが身体を軽く揺らす。更に奥歯を噛みしめるような酷い表情を浮かべていた。ずっと一緒に暮らしてきたアナスタシアには何となく、アーヴェントの気持ちを察することが出来た。
(……ふふ。アーヴェント様ったら……何かしようとして必死に我慢をしているのね……きっとゾルンやラストがいたら茶化されてしまうようなことなんだわ……)
アナスタシアは口元に手を添えながら笑ってみせる。そして、酷い顔をしているアーヴェントに声を掛けた。
「今、何か我慢しました?」
ハッとしたアーヴェントが呟いた。
「わかるものなのか?」
(最初は何もわからなかった……アーヴェント様とは初対面だと思っていたから。でも私達は既に出会っていた……そして共に暮らす中でアーヴェント様……貴方の優しさに触れていく中で私は貴方のことがわかってきたんです)
アナスタシアはアーヴェントに答える。
「ええ。わかります。貴方のことなら何でも……わかるようになりました」
「そうか……それは嬉しいな」
アナスタシアとアーヴェントは微笑み合う。そしてこの長いようで短い時間は終わりを迎えた。階段の一番上に着くと目の前には祭壇が佇んでいた。更にその向こうには素晴らしい景色が広がっていたのだ。
「綺麗ですね……」
自然とアナスタシアの口から言葉が漏れる。隣に立つアーヴェントは頷いてくれた。
「ああ、そうだな。だが、今俺の瞳に映っているお前ほど綺麗なモノなどないさ」
(! もう……アーヴェント様ったら……こんな時までそんな恥ずかしいことを仰るのね……っ)
軽く俯いたアナスタシアは溢れる愛しさで頬を赤らめる。するとアーヴェントは跪き、自分の右手の甲に軽く口づけをしたのだ。
(!?)
「あ、アーヴェント様……っ?!」
「アナスタシア……お前なら出来ると俺は信じている」
その綺麗な深紅の両の瞳にはアナスタシアだけが映っていた。
(! ……ああ、やっぱり私は世界一、幸せ者だわ……)
アナスタシアは自分の姿が映るその深紅の両の瞳を青と赤の両の瞳で見つめながら軽く息を整えた。
(アーヴェント様……私は……)
胸に両の手を添えたアナスタシアは満面の笑みを浮かべながら今の気持ちを言葉にして紡ぐ。まるで唄のように。
「私は今、貴方の愛を感じています。貴方への愛で満たされている今ならちゃんと唄えるような気がします。 ……だからそこで聞いていてくださいねっ」
「ああ。ちゃんと聞いているよ」
アナスタシアは白とピンク色が基調の素敵なドレスを軽く持ち上げると、美しいカーテシーをしてみせる。そして祭壇の中央へと歩を進めていく。
(アーヴェント様が、そして平和を願う沢山の人達が私のことを見てくれている……もう何も怖くない。アーヴェント様の『愛』が私の背中を押してくれているから……!)
アナスタシアは祭壇の中央に立つと静かにその両の瞳を閉じる。風が肌をそっと流れていくのを感じる。まるで時が止まったように静けさだけがそこにあった。