吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
16 私の好きだった庭園にそっくりです
ラストの言葉で一つの大きな心の傷を克服したアナスタシアはアーヴェントに気持ちを込めた『いってらっしゃい』の言葉を送る。効果は絶大だったようで、その日の仕事をアーヴェントは早々とこなし夕食前には屋敷に戻ってきてアナスタシアを夕食に誘った。もちろん『おかえりなさい』の言葉が添えられていた。
次の日の朝食もアーヴェントから誘いを受けたアナスタシアは了承し、同じ席についた。
(アーヴェント様、昨日帰ってきてから機嫌がとても良いみたい)
「昨日は屋敷の中をラストに案内してもらったんだったな」
「はい。お屋敷が広すぎてまだ一部しか足を運んでいないのですけれど……お風呂と自分の寝室、それにアーヴェント様のお部屋だけは覚えました」
もじもじしながらアナスタシアが少し俯きながら呟く。アーヴェントはその仕草を微笑ましく見つめていた。
「そうか。これから少しずつゆっくり覚えていけばいいさ」
「はい。そうします」
朝食が終わった頃にアーヴェントが話を切り出した。
「今日、午前中は仕事が入っていないんだ。アナスタシアさえよければ一緒に庭園に行ってみないか?」
(庭園……! とっても気になっていた場所)
「はいっ。是非行きたいです」
「では案内するよ」
アーヴェントが優しく微笑む。その顔を見たアナスタシアの胸がトクンと鳴る。まだ慣れないようだ。その後、アナスタシアはアーヴェントに手を引かれながら屋敷の中庭へと出る。中庭も草花が咲き誇り、とても綺麗に造られていた。目的の庭園は中庭の更に奥にあるのだという。一つの小さな門を越え、進んでいく。
「ここが我が家の自慢の庭園だ」
アーヴェントが得意げに左手を挙げながらアナスタシアに声を掛けると彼女の前には驚きの光景が広がる。
(え……?!)
庭園の中央には大きな噴水があり、腰かけられるくらいのスペースが作られている。色とりどりの薔薇が咲き誇り、向こうには草木のアーチも見受けられる。その他にも沢山の植物が鮮やかに茂っていた。この素敵な光景にアナスタシアは覚えがあった。所々違う点はあるが、かつてミューズ家にあった庭園にそっくりだと思ったのだ。
「アーヴェント様……」
「どうした?」
「この庭園はどなたがお作りになったのですか?」
「我が家の庭師だが……どうかしたか?」
吹き抜ける風にのって薔薇の花びらが舞う。その光景もまた懐かしい記憶を思い起こさせてくれる。かつて愛し、足しげく通い、唄を口にしていた彼の庭園の姿を。
「似ているんです……かつてあった私の家の庭園に」
「かつて、ということは今はもうないのか?」
「はい。五年前に家の意向……で取り壊されてしまいました」
(叔父様や叔母様は何故かあの庭園を目の敵のように嫌っていた……そしてフレデリカの言い分を聞いて取り壊しあの小屋が建った……)
アナスタシアは両目を閉じながら口を開く。その様子を見たアーヴェントが声を掛ける。
「そうだったのか……。すまない、つらいことを思い出させてしまっただろうか」
「いえ、お気になさらないでください」
「それにしても、偶然というものはあるものなんだな」
「偶然……それでも私は嬉しいです」
アナスタシアも目の前に広がる景色に心奪われながら呟く。
(こんな偶然って本当にあるのね……懐かしい……もう一度こんな素敵な景色を見られるなんて思ってなかった……)
「かつての庭園ではどんなことをしていたんだ?」
「お恥ずかしいですが……唄を嗜んでいました」
「唄、か……」
ほう、とアーヴェントが顎のあたりに右手を添えて呟く。婚約者であるアナスタシアの趣味趣向を知ることが出来ることはやはり嬉しいのだろう。柔らかい表情を浮かべていた。
「昨日も言ったが、アナスタシアさえ良ければいつでも此処に来てもらって構わない。俺もお前の唄を聞いてみたいしな……ああ、強制してるわけではないぞ」
「は、はい……」
(庭園を見てから改めてお許しを頂けると、とても嬉しい……また唄をうたえるかしら、私は……)
思い返してみれば、庭園と同じくらい叔父夫婦やフレデリカはアナスタシアの唄も毛嫌いしていた。その罵りの声によっていつしか口ずさむことさえいけないことだと思ってきた唄。その時、自分を見つめる深紅の両目と赤と青の両目が見つめ合う。トクンと胸の鼓動が聞こえてくる。
「……昔、考えた唄ですけれど……宜しいでしょうか」
目を刹那、丸くさせたアーヴェントが静かに口を開く。
「唄って……くれるのか?」
「……はい」
(不思議……この人のためなら、私は……唄える気がする……)
アナスタシアは両手を胸の辺りに軽く当てながら、静かに頷いた。アーヴェントもまた頷く。彼女は胸に当てた両手をゆっくりと前に開く。
【一片の風が吹く 此処は咲き誇る花の都 陽と月が揺れる水面に映し出され やがて朝と夜が出会う場所 淡く優しい想いよ 風にのって舞う花の如く 何時までも 何処までも 届きたまへ】
二人の間を風が流れていく。庭園に咲く薔薇の花びらがその風にのって空に舞い上がる。その光景の何と愛おしいことか。アーヴェントの両の深紅の瞳には唄を紡ぐ、アナスタシアだけが映っていた。
次の日の朝食もアーヴェントから誘いを受けたアナスタシアは了承し、同じ席についた。
(アーヴェント様、昨日帰ってきてから機嫌がとても良いみたい)
「昨日は屋敷の中をラストに案内してもらったんだったな」
「はい。お屋敷が広すぎてまだ一部しか足を運んでいないのですけれど……お風呂と自分の寝室、それにアーヴェント様のお部屋だけは覚えました」
もじもじしながらアナスタシアが少し俯きながら呟く。アーヴェントはその仕草を微笑ましく見つめていた。
「そうか。これから少しずつゆっくり覚えていけばいいさ」
「はい。そうします」
朝食が終わった頃にアーヴェントが話を切り出した。
「今日、午前中は仕事が入っていないんだ。アナスタシアさえよければ一緒に庭園に行ってみないか?」
(庭園……! とっても気になっていた場所)
「はいっ。是非行きたいです」
「では案内するよ」
アーヴェントが優しく微笑む。その顔を見たアナスタシアの胸がトクンと鳴る。まだ慣れないようだ。その後、アナスタシアはアーヴェントに手を引かれながら屋敷の中庭へと出る。中庭も草花が咲き誇り、とても綺麗に造られていた。目的の庭園は中庭の更に奥にあるのだという。一つの小さな門を越え、進んでいく。
「ここが我が家の自慢の庭園だ」
アーヴェントが得意げに左手を挙げながらアナスタシアに声を掛けると彼女の前には驚きの光景が広がる。
(え……?!)
庭園の中央には大きな噴水があり、腰かけられるくらいのスペースが作られている。色とりどりの薔薇が咲き誇り、向こうには草木のアーチも見受けられる。その他にも沢山の植物が鮮やかに茂っていた。この素敵な光景にアナスタシアは覚えがあった。所々違う点はあるが、かつてミューズ家にあった庭園にそっくりだと思ったのだ。
「アーヴェント様……」
「どうした?」
「この庭園はどなたがお作りになったのですか?」
「我が家の庭師だが……どうかしたか?」
吹き抜ける風にのって薔薇の花びらが舞う。その光景もまた懐かしい記憶を思い起こさせてくれる。かつて愛し、足しげく通い、唄を口にしていた彼の庭園の姿を。
「似ているんです……かつてあった私の家の庭園に」
「かつて、ということは今はもうないのか?」
「はい。五年前に家の意向……で取り壊されてしまいました」
(叔父様や叔母様は何故かあの庭園を目の敵のように嫌っていた……そしてフレデリカの言い分を聞いて取り壊しあの小屋が建った……)
アナスタシアは両目を閉じながら口を開く。その様子を見たアーヴェントが声を掛ける。
「そうだったのか……。すまない、つらいことを思い出させてしまっただろうか」
「いえ、お気になさらないでください」
「それにしても、偶然というものはあるものなんだな」
「偶然……それでも私は嬉しいです」
アナスタシアも目の前に広がる景色に心奪われながら呟く。
(こんな偶然って本当にあるのね……懐かしい……もう一度こんな素敵な景色を見られるなんて思ってなかった……)
「かつての庭園ではどんなことをしていたんだ?」
「お恥ずかしいですが……唄を嗜んでいました」
「唄、か……」
ほう、とアーヴェントが顎のあたりに右手を添えて呟く。婚約者であるアナスタシアの趣味趣向を知ることが出来ることはやはり嬉しいのだろう。柔らかい表情を浮かべていた。
「昨日も言ったが、アナスタシアさえ良ければいつでも此処に来てもらって構わない。俺もお前の唄を聞いてみたいしな……ああ、強制してるわけではないぞ」
「は、はい……」
(庭園を見てから改めてお許しを頂けると、とても嬉しい……また唄をうたえるかしら、私は……)
思い返してみれば、庭園と同じくらい叔父夫婦やフレデリカはアナスタシアの唄も毛嫌いしていた。その罵りの声によっていつしか口ずさむことさえいけないことだと思ってきた唄。その時、自分を見つめる深紅の両目と赤と青の両目が見つめ合う。トクンと胸の鼓動が聞こえてくる。
「……昔、考えた唄ですけれど……宜しいでしょうか」
目を刹那、丸くさせたアーヴェントが静かに口を開く。
「唄って……くれるのか?」
「……はい」
(不思議……この人のためなら、私は……唄える気がする……)
アナスタシアは両手を胸の辺りに軽く当てながら、静かに頷いた。アーヴェントもまた頷く。彼女は胸に当てた両手をゆっくりと前に開く。
【一片の風が吹く 此処は咲き誇る花の都 陽と月が揺れる水面に映し出され やがて朝と夜が出会う場所 淡く優しい想いよ 風にのって舞う花の如く 何時までも 何処までも 届きたまへ】
二人の間を風が流れていく。庭園に咲く薔薇の花びらがその風にのって空に舞い上がる。その光景の何と愛おしいことか。アーヴェントの両の深紅の瞳には唄を紡ぐ、アナスタシアだけが映っていた。