吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
30 旦那様が不在の時にお屋敷に来客です
「今日は外周りのお仕事なんですね」
「ああ、そうなんだ」
並べられた朝食につけていた手を一旦止めながらアナスタシアが口を開く。アーヴェントから今日の仕事の予定について話があったのだ。仕事のほとんどは先日案内してもらった別邸で行うが、領地内の視察なども兼ねて外出することも珍しいことではなくなっていた。ちなみにこの日はゾルンも一緒に出掛けるという。
朝食を済ませたアナスタシアは出かけるアーヴェントを見送るために玄関ホールまで一緒に付き添う。荷物を持ったゾルンが合流し、玄関の扉が開かれる。笑顔でアナスタシアはアーヴェントにいつもの言葉を掛ける。綺麗なカーテシーも添えられていた。
「アーヴェント様、お気を付けていってらっしゃいませ」
「ありがとう、アナスタシア。行ってくるよ」
笑顔でアーヴェントが応える。ゾルンも一礼して先を歩いていく。扉が閉まるまで見送るとラストが口を開いた。
「アナスタシア様のお見送りがあると、アーヴェント様のご機嫌も良いですね」
「喜んで頂けているのなら私も嬉しいわ。それに私も出来る限りお見送りはしたいから」
そうですね、とラストが微笑む。それを見てアナスタシアもまた微笑む。初めてやってきた当初から比べるとアナスタシアは屋敷の生活に慣れてき始めていた。
「それではアナスタシア様、これからの予定はいかがなさいますか?」
「そうね……それじゃあ午前中は私の部屋で話し合い相手になってもらえるかしら。午後は図書館でシェイド王国の歴史を学びたいと思っていたの」
「かしこまりましたっ」
今までは自分の考えを伝えることを遠慮したりしていたが最近のアナスタシアはしっかりと自分の考えをラストや使用人達に伝えられるようになっていた。それに加えて何かを頼むときはラストや他の使用人に対しても感謝の念を忘れずに言葉にしていた。それがとても心地よく、頼まれた側も気分がいいものだった。使用人達の間でもアナスタシアのお世話を率先してしたい、という声も出てきているほどだ。そんなこともあって、最近の屋敷には活気が満ちていた。
「今日のお茶もとてもいい匂いね」
「アルガン自慢の新作ですわ」
屋敷で使っているお茶は庭師のアルガンが趣味で庭の花やハーブなどを調合して作っているとアナスタシアは本人から聞いていた。お風呂場で使う香油なども同様だ。
「そうなのね。味もとっても美味しい」
穏やかに微笑むアナスタシアを見てラストは笑みを浮かべていた。それだけこの屋敷での生活に慣れてくれているのを喜んでいるのだろう。
「そういえば、先日別邸に行った時にグリフとお話したそうですね」
「ええ。たまたま話す機会があったの」
ラストは静かに頷く。そして改めて口を開いた。
「ご主人様も言っていたと思いますが、グリフは屋敷の者の中でも特段癖が強いんですよね。だから使用人達の間でもかなり敬遠されているというか、近づきがたい存在なんです」
「そうだったのね。でも頭の回転が速くて、お話してくれた内容もとても興味深いものだったわ」
「そこまでグリフが喋ったという時点で、アナスタシア様のことを気にいったことがわかりますね。普段の彼は無口で有名ですから」
(私にはそんな感じには見えなかったのよね……とても気さくに話しかけてくれていたからかしら……それとも機嫌がたまたま良かっただけだったとか……)
グリフの話題でお茶の席は盛り上がっていた。そんな時、寝室の扉がノックされる。
「出てまいりますね」
「ありがとう、ラスト」
ラストがアナスタシアの対面の椅子から立ち上がるとノックされた扉を軽く開ける。どうやら使用人の一人が連絡に来たようだ。ラストは少し考えた後、返事をする。
「……わかりました。それなら私が直接行って判断します」
連絡に来た使用人は一礼して扉を閉じる。ラストは扉の近くからアナスタシアの方に歩いてくると口を開いた。
「アナスタシア様、楽しいお茶の途中で心苦しいのですが別邸の方でちょっとした問題が起きたそうなので様子を見に行ってまいりますね」
申し訳なさそうな表情を浮かべるラストにアナスタシアは笑顔で言葉を返す。
「気にしないで、ラスト。メイド長の仕事もしながら私の相手をしてもらっているのだもの。どうぞ、行ってあげて」
「ありがとうございますっ」
一礼してラストが寝室を後にする。残されたアナスタシアはふと考え事をしていた。
(ラストが帰ってくるまで、裁縫の続きをしておこうかしら……それとも本の続きを読んでいようかしら)
「……あら?」
そんなことを考えていたアナスタシアの耳に騒ぎ声のような音が聞こえてくる。椅子から立ち上がり、寝室の扉の近くまで歩いていくとその音はより大きく聞こえてきた。誰かが口論しているようだ。
(何かあったのかしら……)
ラストはまだ帰ってくる様子はない。扉の外の様子が気になったアナスタシアはそっと扉を開けて廊下へと出る。どうやら一階の玄関ホールから聞こえて来ているようだ。
(玄関ホールの方から聞こえてくる……様子を見にいってみようかしら)
アナスタシアは寝室から玄関ホールへ繋がる廊下を歩いていく。ホールに近づくにつれて声を荒げているのは男性だということがわかる。玄関ホールに続く階段の近くまで来たアナスタシアは今いる二階から声がする方に目を向ける。すると玄関が開いており、貴族風の男性が声を荒げている姿が見えた。男女合わせて数人の使用人が対応にあたっていた。
「使用人風情では話にならん。主人を呼んでもらおうか!! こちらはわざわざ足を運んでいるんだぞ!!」
恫喝にもとれるその様子を見て、アナスタシアはかつてのミューズ家でのことを思い出す。
―ふざけているのか!?
―どうしてこんなことも出来ないの!?
―本当にアナスタシアは駄目ね!
(心の奥がぞわっとする……あの類の声は人を萎縮させる声だというのが私にはわかる……)
そんな言葉をぶつけられて使用人達はとても困っているように見えた。あまりの相手の剣幕に泣き出している女性の使用人の姿もあった。アーヴェントは不在だということも伝えたようだが相手は聞く耳を持っていない様子だ。いつも笑顔で自分の周りの世話をしてくれている使用人達の困った様子を見てアナスタシアが放っておけるわけがなかった。速足で二階から一階へ向かって階段を下りていく。
「どうかなさいましたか……?」
玄関まで続く絨毯の上を歩きながらアナスタシアが貴族風の男性に声を掛ける。相手もアナスタシアに気付いたようだ。眉間にしわを寄せながら、覗き込むようにこちらを見ていた。
(……!)
相手の仕草に刹那、アナスタシアが反応する。だが、足を止めることなく男性の前までやってきた。左右に別れた使用人達はアナスタシアのことを心配そうに見つめている。
「この屋敷に奥方はいなかったはずだが……?」
「お初にお目にかかります。屋敷の主人であるアーヴェントの婚約者のアナスタシアと申します。もしよろしければ私が代わりにご用件を伺っても宜しいでしょうか」
ほう、と呟くと相手は興味深くアナスタシアのことを覗き込んだ後、口を開いた。
「その姿……人間族の令嬢か……フン。まあ、いいだろう。使用人よりは話が出来そうだしな。私の名はバイツ・ドギー。男爵の位を持つ貴族である!」
「ああ、そうなんだ」
並べられた朝食につけていた手を一旦止めながらアナスタシアが口を開く。アーヴェントから今日の仕事の予定について話があったのだ。仕事のほとんどは先日案内してもらった別邸で行うが、領地内の視察なども兼ねて外出することも珍しいことではなくなっていた。ちなみにこの日はゾルンも一緒に出掛けるという。
朝食を済ませたアナスタシアは出かけるアーヴェントを見送るために玄関ホールまで一緒に付き添う。荷物を持ったゾルンが合流し、玄関の扉が開かれる。笑顔でアナスタシアはアーヴェントにいつもの言葉を掛ける。綺麗なカーテシーも添えられていた。
「アーヴェント様、お気を付けていってらっしゃいませ」
「ありがとう、アナスタシア。行ってくるよ」
笑顔でアーヴェントが応える。ゾルンも一礼して先を歩いていく。扉が閉まるまで見送るとラストが口を開いた。
「アナスタシア様のお見送りがあると、アーヴェント様のご機嫌も良いですね」
「喜んで頂けているのなら私も嬉しいわ。それに私も出来る限りお見送りはしたいから」
そうですね、とラストが微笑む。それを見てアナスタシアもまた微笑む。初めてやってきた当初から比べるとアナスタシアは屋敷の生活に慣れてき始めていた。
「それではアナスタシア様、これからの予定はいかがなさいますか?」
「そうね……それじゃあ午前中は私の部屋で話し合い相手になってもらえるかしら。午後は図書館でシェイド王国の歴史を学びたいと思っていたの」
「かしこまりましたっ」
今までは自分の考えを伝えることを遠慮したりしていたが最近のアナスタシアはしっかりと自分の考えをラストや使用人達に伝えられるようになっていた。それに加えて何かを頼むときはラストや他の使用人に対しても感謝の念を忘れずに言葉にしていた。それがとても心地よく、頼まれた側も気分がいいものだった。使用人達の間でもアナスタシアのお世話を率先してしたい、という声も出てきているほどだ。そんなこともあって、最近の屋敷には活気が満ちていた。
「今日のお茶もとてもいい匂いね」
「アルガン自慢の新作ですわ」
屋敷で使っているお茶は庭師のアルガンが趣味で庭の花やハーブなどを調合して作っているとアナスタシアは本人から聞いていた。お風呂場で使う香油なども同様だ。
「そうなのね。味もとっても美味しい」
穏やかに微笑むアナスタシアを見てラストは笑みを浮かべていた。それだけこの屋敷での生活に慣れてくれているのを喜んでいるのだろう。
「そういえば、先日別邸に行った時にグリフとお話したそうですね」
「ええ。たまたま話す機会があったの」
ラストは静かに頷く。そして改めて口を開いた。
「ご主人様も言っていたと思いますが、グリフは屋敷の者の中でも特段癖が強いんですよね。だから使用人達の間でもかなり敬遠されているというか、近づきがたい存在なんです」
「そうだったのね。でも頭の回転が速くて、お話してくれた内容もとても興味深いものだったわ」
「そこまでグリフが喋ったという時点で、アナスタシア様のことを気にいったことがわかりますね。普段の彼は無口で有名ですから」
(私にはそんな感じには見えなかったのよね……とても気さくに話しかけてくれていたからかしら……それとも機嫌がたまたま良かっただけだったとか……)
グリフの話題でお茶の席は盛り上がっていた。そんな時、寝室の扉がノックされる。
「出てまいりますね」
「ありがとう、ラスト」
ラストがアナスタシアの対面の椅子から立ち上がるとノックされた扉を軽く開ける。どうやら使用人の一人が連絡に来たようだ。ラストは少し考えた後、返事をする。
「……わかりました。それなら私が直接行って判断します」
連絡に来た使用人は一礼して扉を閉じる。ラストは扉の近くからアナスタシアの方に歩いてくると口を開いた。
「アナスタシア様、楽しいお茶の途中で心苦しいのですが別邸の方でちょっとした問題が起きたそうなので様子を見に行ってまいりますね」
申し訳なさそうな表情を浮かべるラストにアナスタシアは笑顔で言葉を返す。
「気にしないで、ラスト。メイド長の仕事もしながら私の相手をしてもらっているのだもの。どうぞ、行ってあげて」
「ありがとうございますっ」
一礼してラストが寝室を後にする。残されたアナスタシアはふと考え事をしていた。
(ラストが帰ってくるまで、裁縫の続きをしておこうかしら……それとも本の続きを読んでいようかしら)
「……あら?」
そんなことを考えていたアナスタシアの耳に騒ぎ声のような音が聞こえてくる。椅子から立ち上がり、寝室の扉の近くまで歩いていくとその音はより大きく聞こえてきた。誰かが口論しているようだ。
(何かあったのかしら……)
ラストはまだ帰ってくる様子はない。扉の外の様子が気になったアナスタシアはそっと扉を開けて廊下へと出る。どうやら一階の玄関ホールから聞こえて来ているようだ。
(玄関ホールの方から聞こえてくる……様子を見にいってみようかしら)
アナスタシアは寝室から玄関ホールへ繋がる廊下を歩いていく。ホールに近づくにつれて声を荒げているのは男性だということがわかる。玄関ホールに続く階段の近くまで来たアナスタシアは今いる二階から声がする方に目を向ける。すると玄関が開いており、貴族風の男性が声を荒げている姿が見えた。男女合わせて数人の使用人が対応にあたっていた。
「使用人風情では話にならん。主人を呼んでもらおうか!! こちらはわざわざ足を運んでいるんだぞ!!」
恫喝にもとれるその様子を見て、アナスタシアはかつてのミューズ家でのことを思い出す。
―ふざけているのか!?
―どうしてこんなことも出来ないの!?
―本当にアナスタシアは駄目ね!
(心の奥がぞわっとする……あの類の声は人を萎縮させる声だというのが私にはわかる……)
そんな言葉をぶつけられて使用人達はとても困っているように見えた。あまりの相手の剣幕に泣き出している女性の使用人の姿もあった。アーヴェントは不在だということも伝えたようだが相手は聞く耳を持っていない様子だ。いつも笑顔で自分の周りの世話をしてくれている使用人達の困った様子を見てアナスタシアが放っておけるわけがなかった。速足で二階から一階へ向かって階段を下りていく。
「どうかなさいましたか……?」
玄関まで続く絨毯の上を歩きながらアナスタシアが貴族風の男性に声を掛ける。相手もアナスタシアに気付いたようだ。眉間にしわを寄せながら、覗き込むようにこちらを見ていた。
(……!)
相手の仕草に刹那、アナスタシアが反応する。だが、足を止めることなく男性の前までやってきた。左右に別れた使用人達はアナスタシアのことを心配そうに見つめている。
「この屋敷に奥方はいなかったはずだが……?」
「お初にお目にかかります。屋敷の主人であるアーヴェントの婚約者のアナスタシアと申します。もしよろしければ私が代わりにご用件を伺っても宜しいでしょうか」
ほう、と呟くと相手は興味深くアナスタシアのことを覗き込んだ後、口を開いた。
「その姿……人間族の令嬢か……フン。まあ、いいだろう。使用人よりは話が出来そうだしな。私の名はバイツ・ドギー。男爵の位を持つ貴族である!」