吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
40 馬車の中で旦那様とお話します
「もうお帰りの時間だなんて時間が経つのが早すぎですわ。もしよければお城に泊っても構いませんのよ?」
悲しそうな顔でリズベットが呟く。リチャードも加わった五人でのお茶会とその後の昼食を終えると陽も傾き始めていた。次の日も商談があるということで、アーヴェントとアナスタシアはそこで帰ることになっていたのだ。
「こら、リズ。我がままを言ってアーヴェントやアナスタシアを困らせては駄目だろ?」
「そうだね。ライナーの言う通りだよ。今度また遊びに行けばいいよ」
リズベットを挟むように両脇にライナーとリチャードが並んで立つ。小さい子を宥めるようにリズベットに声を掛けていた。説得されたリズベットはとりあえず納得し、アナスタシアの両手を握りしめながら口を開いた。
「今度はまたわたくし達の方から遊びに行きますわっ。待っていてくださる?」
アナスタシアはそっとリズベットの手を握り返しながら言葉を口にする。その表情は嬉しさと楽しみな気持ちで溢れていた。
「ええ、リズベット様。いつでもお待ちしております。私もまだまだ話し足りないと思っているのは一緒ですから」
うんうん、と嬉しそうにリズベットが頷いていた。
「アーヴェントもあまり仕事熱心になり過ぎるなよ? 過労で倒れてしまうぞ」
「……」
アナスタシアの隣に並んで立っていたアーヴェントがどこかぼーっとしていることにアナスタシアは気づいて声を掛ける。
「アーヴェント様?」
「あ、ああ。なんでもない。ライナーの言う通り、仕事はほどほどを心がけるよ」
「だといいけどな。その様子じゃ今も仕事のことを考えてたんじゃないか?」
「別にそういうわけじゃないが……」
アーヴェントは視線を逸らしながら言い淀む。ライナーは笑いながら言葉を口にする。
「その言い方は図星だな。昔からの仲なんだから隠せるわけないだろ」
「ライナーには敵わないな」
どっと笑いが起こる。そこにフェオルが操る馬車が城の入り口に到着する。更に後ろにはもう一台の馬車がやってきた。御者はオースティン家の使用人の一人だった。
「ご主人様、おまたせいたしましたぁ」
「ありがとう、フェオル。時間ぴったりだな」
「おほめにあずかり光栄です」
いつも寝ているようで寝ていないと申告するフェオルだが、迎えの準備や時間などはしっかりとしているのだとラストにアナスタシアは聞いていた。この日も帰る時刻ぴったりに馬車を準備してくれた。
(フェオルの仕事ぶりはわかったけれど……どうして帰りの馬車がもう一台あるのかしら?)
不思議に思っていたアナスタシアにそっとラストが耳打ちをする。
「帰りの際は二台で帰るように手配をしておきました。私は二台目の馬車に乗るのでお帰りの際はどうぞ、アーヴェント様と二人きりでお過ごしくださいませ」
「えっ、ラスト……?」
その言葉を聞いたアナスタシアの心臓が高鳴ったのは言うまでもない。ラストは口元に手をあてながら楽し気に微笑むとアーヴェントとアナスタシアの傍に付く。
(もう……ラストったら……)
高鳴る心臓の動きを抑えるためにアナスタシアがそっと俯く。その間にアーヴェントがライナーに最後の挨拶をしていた。
「……それでは、ライナーまたな」
「ああ、気を付けて帰ってくれ」
「では……アナスタシア、行こうか」
「はい。アーヴェント様」
(あら……?)
ふっとアーヴェントがアナスタシアの方を見て言葉を口にする。刹那、アーヴェントの視点が定まっていないようにアナスタシアの目には映っていた。だが、すぐに元に戻ったことでこの時点ではそこまで気にしなかった。
二人はフェオルの馬車に乗り込む。後ろについていたラストはそのまま後ろの馬車に乗り込む。車窓からライナー達が見送る姿が見えた。アナスタシアは笑顔で手を振る。アーヴェントも軽く礼をしてみせる。指示を受けるためにフェオルが車内への連絡用の小窓を開けた。
「……フェオル、出発してくれ」
「かしこまりましたぁ。出発しまぁす」
掛け声と共に小窓が閉まる。二台の馬車は動き出し、オースティン領に向けての帰路についた。先ほどまでいた王城が次第に遠くなっていく。しばらくすると、王都も遠くへと離れていく。ここからは数時間の道のりを帰る。到着は夜も更けた頃だろう。
(先ほどまでいた王都があんなに遠くに見える……何だか少し寂しく感じる)
傾いてきた陽が王都をほのかに赤く染め始めていた。車窓から外を見ていたアナスタシアにアーヴェントが声を掛ける。
「アナスタシア、今日は楽しめたか?」
車窓に添えていた手を膝の上に戻しながらアナスタシアはアーヴェントの方をしっかりと向きながら返事をする。
「はい。とても楽しく過ごせました。今日はお連れになって頂いてありがとうございます」
「……礼には及ばない。アナスタシアにはこれから色々な場所に足を運んでもらいたいと俺は思っているからな」
(私のことをちゃんと考えてくれているのね……その優しさがしっかりと伝わってくる)
「それでもちゃんとお礼は言いたいです」
笑顔でアナスタシアが微笑む。アーヴェントもその両の深紅の瞳と柔らかい表情でアナスタシアを見ていた。その間も二人を乗せた馬車は順調にオースティン領への道を進んでいた。その車内である話題が上がっていた。
「終戦記念祝賀パーティー……ですか?」
「ああ……アナスタシア達が中庭に言っている間に話をされたんだ」
終戦記念祝賀パーティーとは年に一度、リュミエール王国とシェイド王国との長きに渡り続いた戦争が終結したことを記念して開かれている祝賀パーティーである。一年ごとに開催国が代わり、今年はシェイド王国で行われる。ライナーはそのパーティーにアーヴェントとアナスタシアを招待したいとのことだった。
「今までは断っていたんだが、今年はアナスタシアもいるということで誘いを受けた。開催はまだ少し先になるが、アナスタシアが望むなら出席してもいいかと俺も思っている」
「パーティーの存在は知っています。昔、お父様達も参加していましたから……」
(外交官だったお父様と付き添いのお母さまが参加していたパーティー……ということは……叔父様達も参加されるということよね……)
アナスタシアが考え事をしながら俯く。アーヴェントも察したようで補足で話をしてくれた。
「ライナー達から聞いたが、前年度のリュミエール王国で行われた祝賀パーティーではハンス王太子は体調不良で欠席、外交官であるレイヴン・ミューズ公爵や夫人達も多忙を理由に欠席しているとのことだ。ここ数年はそんなことが続いており、パーティーにはミューズ公爵の外交官としての部下が代理で参加しているよう……だな」
(……そう言われてみれば、叔父様やフレデリカがパーティーに参加している様子は私がミューズ家にいる時もなかった気がする……)
アナスタシアは安堵した表情で胸を撫でおろしていた。それよりもアナスタシアはその説明をしてくれたアーヴェントが軽く額に手を当てながら言葉を言い淀んだほうが気になっていた。明らかに先ほどよりも顔色が悪いように見える。
「アーヴェント様……顔色がよくありません。お身体は大丈夫ですか……?」
ちらっとアーヴェントの両の深紅の目がアナスタシアの方を向く。その後、優しく微笑もうとしたアーヴェントだが刹那、眉間にしわを寄せる。額には汗を掻き始めていた。
「ああ……大丈夫だ。少し頭痛がするだけで、あとは……大したことはない。心配してくれてありが……とう……」
心配させないように振舞おうとしたアーヴェントの身体からふっと力が抜け、アナスタシアの方に倒れこむ。
「アーヴェント様……?」
倒れ込んできたアーヴェントの身体をアナスタシアは両手で優しく支える。するとアーヴェントの身体が高い熱を持っていることがわかった。
「すごい熱……アーヴェント様、大丈夫ですかっ?」
アナスタシアの胸に抱かれる形でアーヴェントは荒く息を漏らしていた。額に浮かぶ汗も先ほどよりも多い。その汗をハンカチでアナスタシアは拭きとる。だが、汗は止まる様子はない。呼吸も荒くなっていく一方だ。
(アーヴェント様は大したことはないと仰っていたけれど……これは……っ)
アナスタシアはしっかりとアーヴェントの両肩を握りしめ、自分の方にそっと抱き寄せる。そして連絡用の小窓を開くと声を張り上げた。
「フェオル、お願い。一旦馬車を止めてっ。アーヴェント様がっ……!」
悲しそうな顔でリズベットが呟く。リチャードも加わった五人でのお茶会とその後の昼食を終えると陽も傾き始めていた。次の日も商談があるということで、アーヴェントとアナスタシアはそこで帰ることになっていたのだ。
「こら、リズ。我がままを言ってアーヴェントやアナスタシアを困らせては駄目だろ?」
「そうだね。ライナーの言う通りだよ。今度また遊びに行けばいいよ」
リズベットを挟むように両脇にライナーとリチャードが並んで立つ。小さい子を宥めるようにリズベットに声を掛けていた。説得されたリズベットはとりあえず納得し、アナスタシアの両手を握りしめながら口を開いた。
「今度はまたわたくし達の方から遊びに行きますわっ。待っていてくださる?」
アナスタシアはそっとリズベットの手を握り返しながら言葉を口にする。その表情は嬉しさと楽しみな気持ちで溢れていた。
「ええ、リズベット様。いつでもお待ちしております。私もまだまだ話し足りないと思っているのは一緒ですから」
うんうん、と嬉しそうにリズベットが頷いていた。
「アーヴェントもあまり仕事熱心になり過ぎるなよ? 過労で倒れてしまうぞ」
「……」
アナスタシアの隣に並んで立っていたアーヴェントがどこかぼーっとしていることにアナスタシアは気づいて声を掛ける。
「アーヴェント様?」
「あ、ああ。なんでもない。ライナーの言う通り、仕事はほどほどを心がけるよ」
「だといいけどな。その様子じゃ今も仕事のことを考えてたんじゃないか?」
「別にそういうわけじゃないが……」
アーヴェントは視線を逸らしながら言い淀む。ライナーは笑いながら言葉を口にする。
「その言い方は図星だな。昔からの仲なんだから隠せるわけないだろ」
「ライナーには敵わないな」
どっと笑いが起こる。そこにフェオルが操る馬車が城の入り口に到着する。更に後ろにはもう一台の馬車がやってきた。御者はオースティン家の使用人の一人だった。
「ご主人様、おまたせいたしましたぁ」
「ありがとう、フェオル。時間ぴったりだな」
「おほめにあずかり光栄です」
いつも寝ているようで寝ていないと申告するフェオルだが、迎えの準備や時間などはしっかりとしているのだとラストにアナスタシアは聞いていた。この日も帰る時刻ぴったりに馬車を準備してくれた。
(フェオルの仕事ぶりはわかったけれど……どうして帰りの馬車がもう一台あるのかしら?)
不思議に思っていたアナスタシアにそっとラストが耳打ちをする。
「帰りの際は二台で帰るように手配をしておきました。私は二台目の馬車に乗るのでお帰りの際はどうぞ、アーヴェント様と二人きりでお過ごしくださいませ」
「えっ、ラスト……?」
その言葉を聞いたアナスタシアの心臓が高鳴ったのは言うまでもない。ラストは口元に手をあてながら楽し気に微笑むとアーヴェントとアナスタシアの傍に付く。
(もう……ラストったら……)
高鳴る心臓の動きを抑えるためにアナスタシアがそっと俯く。その間にアーヴェントがライナーに最後の挨拶をしていた。
「……それでは、ライナーまたな」
「ああ、気を付けて帰ってくれ」
「では……アナスタシア、行こうか」
「はい。アーヴェント様」
(あら……?)
ふっとアーヴェントがアナスタシアの方を見て言葉を口にする。刹那、アーヴェントの視点が定まっていないようにアナスタシアの目には映っていた。だが、すぐに元に戻ったことでこの時点ではそこまで気にしなかった。
二人はフェオルの馬車に乗り込む。後ろについていたラストはそのまま後ろの馬車に乗り込む。車窓からライナー達が見送る姿が見えた。アナスタシアは笑顔で手を振る。アーヴェントも軽く礼をしてみせる。指示を受けるためにフェオルが車内への連絡用の小窓を開けた。
「……フェオル、出発してくれ」
「かしこまりましたぁ。出発しまぁす」
掛け声と共に小窓が閉まる。二台の馬車は動き出し、オースティン領に向けての帰路についた。先ほどまでいた王城が次第に遠くなっていく。しばらくすると、王都も遠くへと離れていく。ここからは数時間の道のりを帰る。到着は夜も更けた頃だろう。
(先ほどまでいた王都があんなに遠くに見える……何だか少し寂しく感じる)
傾いてきた陽が王都をほのかに赤く染め始めていた。車窓から外を見ていたアナスタシアにアーヴェントが声を掛ける。
「アナスタシア、今日は楽しめたか?」
車窓に添えていた手を膝の上に戻しながらアナスタシアはアーヴェントの方をしっかりと向きながら返事をする。
「はい。とても楽しく過ごせました。今日はお連れになって頂いてありがとうございます」
「……礼には及ばない。アナスタシアにはこれから色々な場所に足を運んでもらいたいと俺は思っているからな」
(私のことをちゃんと考えてくれているのね……その優しさがしっかりと伝わってくる)
「それでもちゃんとお礼は言いたいです」
笑顔でアナスタシアが微笑む。アーヴェントもその両の深紅の瞳と柔らかい表情でアナスタシアを見ていた。その間も二人を乗せた馬車は順調にオースティン領への道を進んでいた。その車内である話題が上がっていた。
「終戦記念祝賀パーティー……ですか?」
「ああ……アナスタシア達が中庭に言っている間に話をされたんだ」
終戦記念祝賀パーティーとは年に一度、リュミエール王国とシェイド王国との長きに渡り続いた戦争が終結したことを記念して開かれている祝賀パーティーである。一年ごとに開催国が代わり、今年はシェイド王国で行われる。ライナーはそのパーティーにアーヴェントとアナスタシアを招待したいとのことだった。
「今までは断っていたんだが、今年はアナスタシアもいるということで誘いを受けた。開催はまだ少し先になるが、アナスタシアが望むなら出席してもいいかと俺も思っている」
「パーティーの存在は知っています。昔、お父様達も参加していましたから……」
(外交官だったお父様と付き添いのお母さまが参加していたパーティー……ということは……叔父様達も参加されるということよね……)
アナスタシアが考え事をしながら俯く。アーヴェントも察したようで補足で話をしてくれた。
「ライナー達から聞いたが、前年度のリュミエール王国で行われた祝賀パーティーではハンス王太子は体調不良で欠席、外交官であるレイヴン・ミューズ公爵や夫人達も多忙を理由に欠席しているとのことだ。ここ数年はそんなことが続いており、パーティーにはミューズ公爵の外交官としての部下が代理で参加しているよう……だな」
(……そう言われてみれば、叔父様やフレデリカがパーティーに参加している様子は私がミューズ家にいる時もなかった気がする……)
アナスタシアは安堵した表情で胸を撫でおろしていた。それよりもアナスタシアはその説明をしてくれたアーヴェントが軽く額に手を当てながら言葉を言い淀んだほうが気になっていた。明らかに先ほどよりも顔色が悪いように見える。
「アーヴェント様……顔色がよくありません。お身体は大丈夫ですか……?」
ちらっとアーヴェントの両の深紅の目がアナスタシアの方を向く。その後、優しく微笑もうとしたアーヴェントだが刹那、眉間にしわを寄せる。額には汗を掻き始めていた。
「ああ……大丈夫だ。少し頭痛がするだけで、あとは……大したことはない。心配してくれてありが……とう……」
心配させないように振舞おうとしたアーヴェントの身体からふっと力が抜け、アナスタシアの方に倒れこむ。
「アーヴェント様……?」
倒れ込んできたアーヴェントの身体をアナスタシアは両手で優しく支える。するとアーヴェントの身体が高い熱を持っていることがわかった。
「すごい熱……アーヴェント様、大丈夫ですかっ?」
アナスタシアの胸に抱かれる形でアーヴェントは荒く息を漏らしていた。額に浮かぶ汗も先ほどよりも多い。その汗をハンカチでアナスタシアは拭きとる。だが、汗は止まる様子はない。呼吸も荒くなっていく一方だ。
(アーヴェント様は大したことはないと仰っていたけれど……これは……っ)
アナスタシアはしっかりとアーヴェントの両肩を握りしめ、自分の方にそっと抱き寄せる。そして連絡用の小窓を開くと声を張り上げた。
「フェオル、お願い。一旦馬車を止めてっ。アーヴェント様がっ……!」