吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~

51 旦那様と王都に赴きます

 三台の馬車が王都への道を進んでいく。どれもオースティン家のものだ。一番前の御者はフェオルが務め、アーヴェントとアナスタシアが同乗していた。二台目以降は信頼できる使用人が務めている。ちなみに二台目にはラスト、ナイト、グラトンが乗り合わせている。三台目の馬車は荷物用のものだ。

「王城に招待されて以来だな」

「そうですね。アーヴェント様、体調はいかがですか?」

 以前、王都から帰って来る時に過労で熱を出しているアーヴェントを心配してアナスタシアが尋ねる。その気持ちは嬉しいのだが、アーヴェントにとってはバツの悪い出来事だったため少し困ったような表情を浮かべながらこたえる。

「大丈夫だ。心配してくれてありがとう、アナスタシア」

 どういたしまして、とアナスタシアは笑顔を浮かべていた。以前の無理な仕事のスケジュールについて注意されたアーヴェントは今回ゾルンの協力を得て、無理のないように仕事をこなしてきたのだ。残った仕事は彼に引き継いでもらった。

(顔色も良いみたいで良かった。ゾルンに何かお土産を買っていかないとね)

「フェオルやラスト、ナイト、グラトンまでついてきてくれるなんて嬉しいです」

「慣れた使用人達の方がアナスタシアも気軽に頼み事などが出来るだろうとラストが提案してくれてな」

 アナスタシアはグラトンがついて来てくれたのが一番驚きだった。そのことを本人に聞いた時にグラトンが言った言葉が忘れられない。

―オレは一応用心棒ってことでついていくんすよ。屋敷はゾルンがいるから問題ないっす。 ……ここだけの話、ゾルンが一番怖いっすからね―

 ゾルンはとても紳士的で怖いというイメージがなかった。ちなみにこのことをフェオルに聞いてみた所、フェオルは肩を震わせていた。

「お屋敷の警備は大丈夫なのですか?」

 一応気になったのでアーヴェントにも尋ねてみることにした。アーヴェントは気さくに笑いながら答えてくれた。

「屋敷の仕事の全般は執事長であるゾルンがいてくれるし、商談関係の書類整理はグリフがしてくれるということだ。あとはアルガンがいるから問題ない」

(アルガンは庭師よね? まるで警備の面でも頼れる、と言っているように感じる)

 そんなことを考えていると小窓が開き、車内にフェオルの声が響く。

「アーヴェント様、アナスタシア様、王都に入りました」

「このまま別邸に向かってくれ、フェオル」

「かしこま……すぴぃ」

「フェオル」

「かしこまりましたぁ」

 いつもの掛け合いを見てアナスタシアがふふ、と笑みを浮かべていた。アーヴェントも慣れているようで同じように笑って見せる。馬車は進路を変えて、邸宅が並ぶ区画へとやってきた。しばらく進んでいくと馬車が止まる。

「別邸に到着致しましたぁ」

 アーヴェントのエスコートでアナスタシアは馬車を降りる。目の前には本邸ほど大きくはないが、雰囲気はそのままの立派なお屋敷がそびえ立っていた。馬車の音を聞いて邸宅の中から使用人達が姿を現す。王都にあるこの別邸にもアーヴェントを慕う使用人達が駐在しており、先に届いた手紙を受けて準備をしてくれていたのだ。

「みんな、ご苦労」

「皆さん、ありがとう」

 アナスタシアとは初対面の使用人達だが、とても明るく出迎えてくれた。二台目の馬車から降りてきたラストに指示を仰ぎ、てきぱきと三台目の馬車から皆の荷物を別邸の中に運びこんでくれた。

 フェオルは馬車を車庫に入れる為に残りの二台の馬車に指示をしていた。ナイトはにこやかに別邸の厨房の確認に向かった。グラトンは腹が減ったといいながらナイトの後を追っていく。ラストは指示を出し終わったようで、アーヴェントとアナスタシアについてくれた。

「みんな、とても慣れているのね」

「別邸には来たことがありますからね。久しぶりの王都ですし、内心は浮かれているんですわ」

 アナスタシアの言葉を受けて口に手を添えながらラストが微笑む。

「それじゃ、アナスタシア。俺達も中に入ろうか」

「はい。アーヴェント様」

 別邸の中の雰囲気も本邸と遜色なく、緊張することはなかった。とても居心地がよく感じられた。アナスタシア用の寝室も既に用意がされており、とても落ち着いた空間が広がっていた。天蓋のついたベッドも本邸と遜色ないもので彼女も安心してこの数日間を過ごせそうだ。

 ラストに別邸の中をある程度案内してもらったアナスタシアはアーヴェントが待つ食堂に足を運ぶ。食堂では既にお茶の準備がされており、アーヴェントも席についていた。ラストに椅子を引かれ、アナスタシアも席につく。

「別邸は過ごしやすそうか?」

「はい。とても落ち着きます。我が家に帰ってきたような安心感があります」

「はは。気にいってくれたみたいで嬉しいよ」

 お茶のお供はナイトお手製のフルーツケーキだった。それを口に運びながら今後の予定についてアーヴェントと話をすることになった。

「今日は移動で疲れているだろうから、街の散策は明日からにしよう」

「わかりました」

「それで……なんだが」

 そこでアーヴェントの表情が少し暗くなる。何か言いだしにくいことがあるのだろう。気を利かせてアナスタシアから声を掛ける。

「アーヴェント様、何かご心配なことでもおありですか?」

 アナスタシアが自分に気を利かせてくれたことでアーヴェントも話を切り出しやすくなったようで重かった口が軽く開く。

「俺への噂でアナスタシアに迷惑がかかるかもしれない。先に詫びておこうと思ってな」

 アーヴェントの噂とはその両の深紅の瞳から『吸血鬼』として恐れられていることだと以前、アナスタシアは嫁ぐ前に叔父であるレイヴン達から聞かされていた。この王都でもそんな噂が流れているということは察しがついた。アナスタシアは微笑むとアーヴェントの手を優しく握りながら言葉を口にする。

「お詫びの言葉は不要です、アーヴェント様。噂は独り歩きするものです。それに私こそ、人間族なのですからご一緒する時にアーヴェント様にご迷惑をおかけしてしまうかもしれません」

 アーヴェントは刹那、目を丸くしていたがその後しっかりとアナスタシアの手を握り返しながら口を開く。

「ありがとう、アナスタシア。俺との婚約の噂も既に王都では有名だろう。物珍しい視線を向ける者もいるだろう……。だが、お前のことは必ず俺が守る。だから、街を歩く時は俺の傍を決して離れるな。いいな?」

 アーヴェントの両の深紅の瞳が強い光を放っていた。優しく、とても頼りになる光だ。更に凛々しい表情で見つめられたアナスタシアは照れで顔を赤めながら俯いた。

「はい……わかりました。宜しくお願い致します」
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