吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
52 パーティーに向けての準備をします
「それじゃあ、行ってくる」
「いってきます」
王都にきて二日目。朝食を終えたアーヴェントとアナスタシアは外出する支度を済ませ、別邸の玄関先で仲良く二人並んでラストと話をしていた所だった。
「お二人ともお気をつけていってらっしゃいませ」
両手を前で合わせ、ラストが言葉と共に一礼してみせる。他の使用人達も同じように見送りの言葉を口にしていた。更にラストが微笑みながらアーヴェントに声を掛ける。
「アーヴェント様、アナスタシア様を宜しくお願い致しますね」
「わかっている」
昨夜見せた凛々しい表情を再びアーヴェントが浮かべながらアナスタシアの右手を握る。ときめきでアナスタシアの胸はいっぱいになっていた。
(アーヴェント様と二人きりで王都の街をデート……とても楽しみ)
別邸を後にした二人は王都の中心街に向かう。少しずつ人の往来も多くなってきた。すると行き交う魔族の人たちがアーヴェントとアナスタシアのことをちらちらと見るようになってきた。両の深紅の目を持つ者はアーヴェント以外いない。特に人口が多い王都では例の『吸血鬼』の噂も定着しており、王都にくる度に物珍しさと畏怖の対象として見られているのだとアーヴェントからアナスタシアは事前に聞かされていた。
更に王命によって人間族の令嬢と婚約したことも噂になっていると以前ケネスも言っていたことからアナスタシアにもそんな視線が集まるとアーヴェントは覚悟していたのだ。だが、当のアーヴェントは首を傾げていた。
「アーヴェント様、どうかなさいましたか?」
「いや……いつもは誰も俺と目を合わせようとしないのに……今日はやけに見てくるな、と思ってな。それに何だか以前来た時と雰囲気が違う気がするんだ」
「……人間族の私がいるからでしょうか……?」
「それにしてもいつもの嫌な視線を感じないな」
そんな会話をしている内に二人は中心街へとたどり着いた。行きかう人達は皆、二人のことをまじまじと見てくる。アナスタシアも過去にミューズ家では侮蔑のまなざしで見られていた経験があるが、そんな感じは全くしなかった。逆に、何というのだろうか。言葉にするのなら畏敬の念が込められているように感じたのだ。
(何だか周りの人達からとても気持ちのいい視線を感じる……どうしてかしら)
「よくわからないが、今までと同様にこちらは堂々としていればいい。アナスタシアも俺から離れることがないようにな」
「はい。わかりました。アーヴェント様」
再び握られた手に力が軽く込められる。自分の手を引いてくれるアーヴェントの横顔はとても頼もしくアナスタシアの青と赤の両の目には映っていた。またアナスタシアの胸がときめくのだった。
「ケネスとの約束にはまだだいぶ時間がある。それまでに今度出席する祝賀パーティー用の準備をしようと思うのだが、構わないだろうか?」
「はい」
微笑みながらアナスタシアがアーヴェントに返事をする。自然とアーヴェントも笑みが零れていた。視線を浴びながら大通りを歩いていくとアーヴェントは一件の店の前で止まる。どうやら目的の場所についたようだ。
「この店は王都に来た時、よく世話になっている服屋なんだ。採寸と仕立ての腕も良い。それに王家の者達の服飾にも携わっているんだ」
(それじゃあ、ライナー様やリズベット様のお洋服もこのお店が仕立てているのね)
アーヴェントは慣れた様子で店の扉を開けて先にアナスタシアを中に通してくれた。中に入ると年配の女性が二人に気付き、声を掛けて来てくれた。
「これはこれは、オースティン公爵様。ご無沙汰しております」
「ああ、久しぶりだな」
「この度はご婚約おめでとうございます。いつお店にいらっしゃるか私共も今か今かと待ち遠しく思っておりました」
年配の女性の後ろに控えている数人の女性店員たちも深く一礼をしてみせる。ここでも外で感じている視線と同じものを感じていた。
「何だかいつもより仰々しくないか?」
この店の者達は以前からアーヴェントの置かれている状況や流れている噂なども理解しており、好意的に接してくれているのだが今日はいつもよりも歓迎のムードが漂っていた。
「あら? お耳には入っていないのですか? 今、王都ではオースティン公爵様と奥様のことで大変賑わっておいでなのですよ」
年配の女性は頬に手を軽くあてながらにこにこした表情で語る。アーヴェントとアナスタシアはお互い目を丸くするのだった。
「どういうことか、説明してもらえるか?」
アーヴェントが女性から事情を聞くと、先日王都の中心に店を出したフリーデン子爵の事業の成功の秘訣を他の者達が聞いたそうだ。そこでオースティン公爵様から融資を受けたという話になった。
ここまで聞いた者達は噂の公爵の話か、と冷たい反応を見せたのだがその後の言葉で態度が一変したのだという。それは婚約者であるアナスタシアに優しいお言葉を掛けてもらい、それが融資の決め手になったということだった。そして宝石の鉱脈も見つかり、成功を収められたのだと。
「なるほど……ケネスがそんなことを」
顎のあたりに手をあてながらアーヴェントが呟く。女性は言葉を続ける。
「オースティン公爵様は広い心の持ち主で、その奥様はとても良い目をお持ちだという話が王都では一番の噂になっているのですよ。そして昨日、お二人が王都の別邸へお出でになったということで更に話題に熱がこもっているということなのです」
(だから皆、優しい視線を私達に向けていたのね……でもそんな風に褒められると照れてしまうわ……それに何よりもアーヴェント様を中傷する噂も払拭されたというのが一番嬉しい)
「奥様もお噂に違わず、とてもお美しいですわね。青と赤の両の瞳もお噂には聞いておりましたがとても素敵ですわね。その瞳には真実が映るという噂まであるくらいですからね」
「そんな噂まであるなんて……」
(自分の瞳のことを、そんな風に言って貰えるなんて……)
アナスタシアはその話を聞いて少し瞳を潤ませていた。アーヴェントがそっと彼女の右肩に優しく手をのせてくれた。アーヴェントもその話を聞いて嬉しそうな表情を浮かべていたのだ。アナスタシアもその手に自分の左手を軽く乗せてみせる。
「それで本題に移るのだが、今度開かれる祝賀パーティーにアナスタシアと一緒に参加する予定なんだ。それで彼女に似合う最高のドレスを用意したいと思っているのだが、お願い出来るだろうか?」
年配の女性と後ろに控えている店員達は揃って深い一礼をしてみせる。
「それはとても光栄なお話です。さっそく奥様の採寸をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
アーヴェントがアナスタシアの方を優しく見つめる。アナスタシアは静かに頷く。
「宜しくお願いします」
アーヴェントはケネスに頼んでいるネックレスやイヤリング、指輪の話も加えて説明する。そのイメージにあったドレスを作らせてもらうと、店員達は気合いが入った様子で答えていた。採寸の時も常にアナスタシアには優しい言葉が掛けられていて、本人もそれを見ているアーヴェントも良い気持ちで時間を過ごすことが出来た。
祝賀パーティーに間に合うようにドレスは仕上がるという話で、二人はとても楽しみにしていた。その後はアナスタシアに合う靴もアーヴェントが贔屓にしている別のお店で見繕った。そこでも二人はとても歓迎されていた。
こうして祝賀パーティーの準備は着々と進むのだった。
「いってきます」
王都にきて二日目。朝食を終えたアーヴェントとアナスタシアは外出する支度を済ませ、別邸の玄関先で仲良く二人並んでラストと話をしていた所だった。
「お二人ともお気をつけていってらっしゃいませ」
両手を前で合わせ、ラストが言葉と共に一礼してみせる。他の使用人達も同じように見送りの言葉を口にしていた。更にラストが微笑みながらアーヴェントに声を掛ける。
「アーヴェント様、アナスタシア様を宜しくお願い致しますね」
「わかっている」
昨夜見せた凛々しい表情を再びアーヴェントが浮かべながらアナスタシアの右手を握る。ときめきでアナスタシアの胸はいっぱいになっていた。
(アーヴェント様と二人きりで王都の街をデート……とても楽しみ)
別邸を後にした二人は王都の中心街に向かう。少しずつ人の往来も多くなってきた。すると行き交う魔族の人たちがアーヴェントとアナスタシアのことをちらちらと見るようになってきた。両の深紅の目を持つ者はアーヴェント以外いない。特に人口が多い王都では例の『吸血鬼』の噂も定着しており、王都にくる度に物珍しさと畏怖の対象として見られているのだとアーヴェントからアナスタシアは事前に聞かされていた。
更に王命によって人間族の令嬢と婚約したことも噂になっていると以前ケネスも言っていたことからアナスタシアにもそんな視線が集まるとアーヴェントは覚悟していたのだ。だが、当のアーヴェントは首を傾げていた。
「アーヴェント様、どうかなさいましたか?」
「いや……いつもは誰も俺と目を合わせようとしないのに……今日はやけに見てくるな、と思ってな。それに何だか以前来た時と雰囲気が違う気がするんだ」
「……人間族の私がいるからでしょうか……?」
「それにしてもいつもの嫌な視線を感じないな」
そんな会話をしている内に二人は中心街へとたどり着いた。行きかう人達は皆、二人のことをまじまじと見てくる。アナスタシアも過去にミューズ家では侮蔑のまなざしで見られていた経験があるが、そんな感じは全くしなかった。逆に、何というのだろうか。言葉にするのなら畏敬の念が込められているように感じたのだ。
(何だか周りの人達からとても気持ちのいい視線を感じる……どうしてかしら)
「よくわからないが、今までと同様にこちらは堂々としていればいい。アナスタシアも俺から離れることがないようにな」
「はい。わかりました。アーヴェント様」
再び握られた手に力が軽く込められる。自分の手を引いてくれるアーヴェントの横顔はとても頼もしくアナスタシアの青と赤の両の目には映っていた。またアナスタシアの胸がときめくのだった。
「ケネスとの約束にはまだだいぶ時間がある。それまでに今度出席する祝賀パーティー用の準備をしようと思うのだが、構わないだろうか?」
「はい」
微笑みながらアナスタシアがアーヴェントに返事をする。自然とアーヴェントも笑みが零れていた。視線を浴びながら大通りを歩いていくとアーヴェントは一件の店の前で止まる。どうやら目的の場所についたようだ。
「この店は王都に来た時、よく世話になっている服屋なんだ。採寸と仕立ての腕も良い。それに王家の者達の服飾にも携わっているんだ」
(それじゃあ、ライナー様やリズベット様のお洋服もこのお店が仕立てているのね)
アーヴェントは慣れた様子で店の扉を開けて先にアナスタシアを中に通してくれた。中に入ると年配の女性が二人に気付き、声を掛けて来てくれた。
「これはこれは、オースティン公爵様。ご無沙汰しております」
「ああ、久しぶりだな」
「この度はご婚約おめでとうございます。いつお店にいらっしゃるか私共も今か今かと待ち遠しく思っておりました」
年配の女性の後ろに控えている数人の女性店員たちも深く一礼をしてみせる。ここでも外で感じている視線と同じものを感じていた。
「何だかいつもより仰々しくないか?」
この店の者達は以前からアーヴェントの置かれている状況や流れている噂なども理解しており、好意的に接してくれているのだが今日はいつもよりも歓迎のムードが漂っていた。
「あら? お耳には入っていないのですか? 今、王都ではオースティン公爵様と奥様のことで大変賑わっておいでなのですよ」
年配の女性は頬に手を軽くあてながらにこにこした表情で語る。アーヴェントとアナスタシアはお互い目を丸くするのだった。
「どういうことか、説明してもらえるか?」
アーヴェントが女性から事情を聞くと、先日王都の中心に店を出したフリーデン子爵の事業の成功の秘訣を他の者達が聞いたそうだ。そこでオースティン公爵様から融資を受けたという話になった。
ここまで聞いた者達は噂の公爵の話か、と冷たい反応を見せたのだがその後の言葉で態度が一変したのだという。それは婚約者であるアナスタシアに優しいお言葉を掛けてもらい、それが融資の決め手になったということだった。そして宝石の鉱脈も見つかり、成功を収められたのだと。
「なるほど……ケネスがそんなことを」
顎のあたりに手をあてながらアーヴェントが呟く。女性は言葉を続ける。
「オースティン公爵様は広い心の持ち主で、その奥様はとても良い目をお持ちだという話が王都では一番の噂になっているのですよ。そして昨日、お二人が王都の別邸へお出でになったということで更に話題に熱がこもっているということなのです」
(だから皆、優しい視線を私達に向けていたのね……でもそんな風に褒められると照れてしまうわ……それに何よりもアーヴェント様を中傷する噂も払拭されたというのが一番嬉しい)
「奥様もお噂に違わず、とてもお美しいですわね。青と赤の両の瞳もお噂には聞いておりましたがとても素敵ですわね。その瞳には真実が映るという噂まであるくらいですからね」
「そんな噂まであるなんて……」
(自分の瞳のことを、そんな風に言って貰えるなんて……)
アナスタシアはその話を聞いて少し瞳を潤ませていた。アーヴェントがそっと彼女の右肩に優しく手をのせてくれた。アーヴェントもその話を聞いて嬉しそうな表情を浮かべていたのだ。アナスタシアもその手に自分の左手を軽く乗せてみせる。
「それで本題に移るのだが、今度開かれる祝賀パーティーにアナスタシアと一緒に参加する予定なんだ。それで彼女に似合う最高のドレスを用意したいと思っているのだが、お願い出来るだろうか?」
年配の女性と後ろに控えている店員達は揃って深い一礼をしてみせる。
「それはとても光栄なお話です。さっそく奥様の採寸をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
アーヴェントがアナスタシアの方を優しく見つめる。アナスタシアは静かに頷く。
「宜しくお願いします」
アーヴェントはケネスに頼んでいるネックレスやイヤリング、指輪の話も加えて説明する。そのイメージにあったドレスを作らせてもらうと、店員達は気合いが入った様子で答えていた。採寸の時も常にアナスタシアには優しい言葉が掛けられていて、本人もそれを見ているアーヴェントも良い気持ちで時間を過ごすことが出来た。
祝賀パーティーに間に合うようにドレスは仕上がるという話で、二人はとても楽しみにしていた。その後はアナスタシアに合う靴もアーヴェントが贔屓にしている別のお店で見繕った。そこでも二人はとても歓迎されていた。
こうして祝賀パーティーの準備は着々と進むのだった。