吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
60 にゃ。私、オースティン家のメイドになります!
はしゃいだ疲れから先に眠りに落ちたアナスタシアの寝顔をメイは安堵した様子で見つめていた。その後、静かにベッドから起き上がると部屋着からドレスに着替えてアナスタシアの寝室を後にする。寝室の扉をゆっくりと閉めて廊下に出ると見回りをしていたラストと会った。
「あら、クーデリア様。どうかされましたか?」
ラストがメイド長だということは、以前王都の別邸で勢いよく連れていかれた時に聞いていたメイは何かを思い立ったような表情を浮かべていた。
「あの、ラスト様。私、お願いがあるんです」
「なんでもお申しつけください。私に出来ることならお手伝い致しますわ」
彼女の真剣な表情を見たラストは微笑みながら返事をする。胸の辺りに右手を添えながらメイはお願いの内容を打ち明けた。
「今から公爵様にお目通り願いたいのです……っ」
「そうでしたか。アーヴェント様はちょうど執務室でまだ雑務をしている途中です。ご案内しますわ」
アナスタシアを起こさない程度の小さな声と明るい表情でラストはメイをアーヴェントのいる執務室へと案内する。先にラストが執務室の扉を軽くノックすると中からアーヴェントの返事があったことで扉をあけて中に入っていく。
「ラストか。何か用だったか?」
「実はクーデリア様がアーヴェント様にお話があるそうなので、お連れ致しました」
「クーデリア嬢が? そうか、では中に入ってもらってくれ」
ラストは後ろに控えていたメイに目で合図を送る。彼女もラストに続いて一礼した後、執務室の中に足を踏み入れた。ちょうど執事長のゾルンも雑務の手伝いをしていたようでテーブルに座っていた。メイの真剣な面持ちを見たゾルンは察してくれたようでそっと立ち上がると、アーヴェントに話しかける。
「それではアーヴェント様、私とラストは席を外させて頂きます」
「ああ、そうしてくれ」
ラストもゾルンの言葉の意図を察したようで部屋を後にしようとする。その時、メイが口を開いた。
「いえ。ゾルン様とラスト様にも話を聞いていて欲しいです」
「ゾルン」
「かしこまりました」
メイの言葉を受けて、了承したゾルンは静かにアーヴェントの隣に立つ。ラストは背中を押してくれるようにメイの隣に立ってくれた。執務机に座っていたアーヴェントが両手を軽く机の上で組みながら尋ねる。
「クーデリア嬢、それで話とは一体何かな?」
両の深紅の瞳がメイを見つめていた。だが怖さは感じない。最初別邸で見た時は少し驚いたが、その横で嬉しそうにしていたアナスタシアの様子を見ればアーヴェントがどんな人物なのかは容易に想像できた。この方はアナスタシア様のことを常にお考えになってくださるお方。信用に値する人物なのだと。
「公爵様、お願いがございます」
「俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
胸にそっと添えていた右手に力を入れるとメイは言葉を口にする。はっきりと、澄んだ声が執務室に響く。
「私をオースティン家の使用人にして頂きたいのですっ!」
その言葉を聞いたアーヴェントは刹那、目を丸くさせる。傍らに立つゾルンはほう、といつもの様子で顎の辺りに手を当てていた。ラストは何となく察していたようでニコニコと笑ってその様子を見守っていた。アーヴェントが口を開く。
「いや、そんなことをしなくてもいい。クーデリア嬢はアナスタシアの信頼するご令嬢だ。当然、我がオースティン家でも賓客として扱うとたった今クーデリア子爵家への手紙にも書いた所だ」
アーヴェントからの光栄ともいえる言葉を聞いたメイだったが、表情は変わることなくまっすぐにこちらを見つめていた。胸元に添えた右手をぎゅっと握りしめながら口を開いた。
「いえ……是非とも使用人としてアナ様のお傍にいたいのです。それが今は亡き先代ミューズ家の当主であるラスター様と奥様であるルフレ様から私が仰せつかった役割なのですっ」
メイは真剣な瞳を潤ませながら話を続ける。アーヴェントやゾルン、ラストもその言葉を真剣に聞いていた。
「今までミューズ家でアナ様がどんな暮らしをされていたのかは、公爵様はご存じかと思います。特にこの五年間、お嬢様は現当主のレイヴン様達や使用人達からひどい仕打ちを受けていました」
切実にメイはこの五年間におけるアナスタシアのつらい境遇を口にする。
「でも私には何も出来ませんでした。お力になれたこととすれば、屋敷の目を盗んで食事の残り物を運んだり、石鹸などをくすねてきてお渡しすることくらいなものです」
当時のことを口にするメイの目には涙が浮かんでいた。余程、胸がしめつけられる想いだったのがわかる表情だった。
「そうか……」
「だからアナ様が幸せに暮らしているこのお屋敷で私もアナ様のお傍で身の回りのお手伝いをしたいのですっ。それが私の幸せであり、願いでもあるからですっ!」
涙を浮かべる両目をぎゅっと瞑りながらメイが思いのたけを語る。ドレスの先をぎゅっと両手で握りしめる手にも力が込められていた。それを見たアーヴェントは組んだ両手を口元に添えながら目を刹那、閉じる。そしてゾルンに声を掛けた。
「ゾルンはどう思う?」
「私はクーデリア様のご意思を尊重したいと思います。とても立派な志だとお見受け致しました」
「ラストは?」
「私は大賛成です。こんなに可愛らしいお嬢様とご一緒にアナスタシア様の身の回りのお手伝いが出来ると思うと興ふ……とても嬉しく思いますわっ」
「そうか」
二人の意見を聞いたアーヴェントが再びメイに視線を戻し、閉じていた両の深紅の瞳を開く。姿勢をしっかりと正し、アーヴェントが口を開いた。
「それではオースティン家当主からクーデリア嬢にお願いしよう」
「お願い、ですか?」
「ああ。これからはアナスタシアの侍女として、このオースティン家で彼女を支えて欲しい」
その言葉を聞いたメイはパァッと明るい笑顔を見せる。頬を伝っていた涙をゴシゴシとドレスの袖で拭き取った後、大きく口を開き返事をする。
「ありがとうございます、アーヴェント様! このメイ、全身全霊を捧げる想いでアナ様の侍女をさせて頂きます!!」
「ああ、宜しく頼むよメイ。クーデリア子爵家へもその旨を伝えておこう」
「はい! これから宜しくお願いしますっ!!」
こうしてメイはオースティン家の使用人、アナスタシアの侍女として仕えることが決まった。翌日、メイド服に着替えアナスタシアの寝室に向かうメイの表情はとてもにこやかだった。
「あら、クーデリア様。どうかされましたか?」
ラストがメイド長だということは、以前王都の別邸で勢いよく連れていかれた時に聞いていたメイは何かを思い立ったような表情を浮かべていた。
「あの、ラスト様。私、お願いがあるんです」
「なんでもお申しつけください。私に出来ることならお手伝い致しますわ」
彼女の真剣な表情を見たラストは微笑みながら返事をする。胸の辺りに右手を添えながらメイはお願いの内容を打ち明けた。
「今から公爵様にお目通り願いたいのです……っ」
「そうでしたか。アーヴェント様はちょうど執務室でまだ雑務をしている途中です。ご案内しますわ」
アナスタシアを起こさない程度の小さな声と明るい表情でラストはメイをアーヴェントのいる執務室へと案内する。先にラストが執務室の扉を軽くノックすると中からアーヴェントの返事があったことで扉をあけて中に入っていく。
「ラストか。何か用だったか?」
「実はクーデリア様がアーヴェント様にお話があるそうなので、お連れ致しました」
「クーデリア嬢が? そうか、では中に入ってもらってくれ」
ラストは後ろに控えていたメイに目で合図を送る。彼女もラストに続いて一礼した後、執務室の中に足を踏み入れた。ちょうど執事長のゾルンも雑務の手伝いをしていたようでテーブルに座っていた。メイの真剣な面持ちを見たゾルンは察してくれたようでそっと立ち上がると、アーヴェントに話しかける。
「それではアーヴェント様、私とラストは席を外させて頂きます」
「ああ、そうしてくれ」
ラストもゾルンの言葉の意図を察したようで部屋を後にしようとする。その時、メイが口を開いた。
「いえ。ゾルン様とラスト様にも話を聞いていて欲しいです」
「ゾルン」
「かしこまりました」
メイの言葉を受けて、了承したゾルンは静かにアーヴェントの隣に立つ。ラストは背中を押してくれるようにメイの隣に立ってくれた。執務机に座っていたアーヴェントが両手を軽く机の上で組みながら尋ねる。
「クーデリア嬢、それで話とは一体何かな?」
両の深紅の瞳がメイを見つめていた。だが怖さは感じない。最初別邸で見た時は少し驚いたが、その横で嬉しそうにしていたアナスタシアの様子を見ればアーヴェントがどんな人物なのかは容易に想像できた。この方はアナスタシア様のことを常にお考えになってくださるお方。信用に値する人物なのだと。
「公爵様、お願いがございます」
「俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
胸にそっと添えていた右手に力を入れるとメイは言葉を口にする。はっきりと、澄んだ声が執務室に響く。
「私をオースティン家の使用人にして頂きたいのですっ!」
その言葉を聞いたアーヴェントは刹那、目を丸くさせる。傍らに立つゾルンはほう、といつもの様子で顎の辺りに手を当てていた。ラストは何となく察していたようでニコニコと笑ってその様子を見守っていた。アーヴェントが口を開く。
「いや、そんなことをしなくてもいい。クーデリア嬢はアナスタシアの信頼するご令嬢だ。当然、我がオースティン家でも賓客として扱うとたった今クーデリア子爵家への手紙にも書いた所だ」
アーヴェントからの光栄ともいえる言葉を聞いたメイだったが、表情は変わることなくまっすぐにこちらを見つめていた。胸元に添えた右手をぎゅっと握りしめながら口を開いた。
「いえ……是非とも使用人としてアナ様のお傍にいたいのです。それが今は亡き先代ミューズ家の当主であるラスター様と奥様であるルフレ様から私が仰せつかった役割なのですっ」
メイは真剣な瞳を潤ませながら話を続ける。アーヴェントやゾルン、ラストもその言葉を真剣に聞いていた。
「今までミューズ家でアナ様がどんな暮らしをされていたのかは、公爵様はご存じかと思います。特にこの五年間、お嬢様は現当主のレイヴン様達や使用人達からひどい仕打ちを受けていました」
切実にメイはこの五年間におけるアナスタシアのつらい境遇を口にする。
「でも私には何も出来ませんでした。お力になれたこととすれば、屋敷の目を盗んで食事の残り物を運んだり、石鹸などをくすねてきてお渡しすることくらいなものです」
当時のことを口にするメイの目には涙が浮かんでいた。余程、胸がしめつけられる想いだったのがわかる表情だった。
「そうか……」
「だからアナ様が幸せに暮らしているこのお屋敷で私もアナ様のお傍で身の回りのお手伝いをしたいのですっ。それが私の幸せであり、願いでもあるからですっ!」
涙を浮かべる両目をぎゅっと瞑りながらメイが思いのたけを語る。ドレスの先をぎゅっと両手で握りしめる手にも力が込められていた。それを見たアーヴェントは組んだ両手を口元に添えながら目を刹那、閉じる。そしてゾルンに声を掛けた。
「ゾルンはどう思う?」
「私はクーデリア様のご意思を尊重したいと思います。とても立派な志だとお見受け致しました」
「ラストは?」
「私は大賛成です。こんなに可愛らしいお嬢様とご一緒にアナスタシア様の身の回りのお手伝いが出来ると思うと興ふ……とても嬉しく思いますわっ」
「そうか」
二人の意見を聞いたアーヴェントが再びメイに視線を戻し、閉じていた両の深紅の瞳を開く。姿勢をしっかりと正し、アーヴェントが口を開いた。
「それではオースティン家当主からクーデリア嬢にお願いしよう」
「お願い、ですか?」
「ああ。これからはアナスタシアの侍女として、このオースティン家で彼女を支えて欲しい」
その言葉を聞いたメイはパァッと明るい笑顔を見せる。頬を伝っていた涙をゴシゴシとドレスの袖で拭き取った後、大きく口を開き返事をする。
「ありがとうございます、アーヴェント様! このメイ、全身全霊を捧げる想いでアナ様の侍女をさせて頂きます!!」
「ああ、宜しく頼むよメイ。クーデリア子爵家へもその旨を伝えておこう」
「はい! これから宜しくお願いしますっ!!」
こうしてメイはオースティン家の使用人、アナスタシアの侍女として仕えることが決まった。翌日、メイド服に着替えアナスタシアの寝室に向かうメイの表情はとてもにこやかだった。