吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
63 俺はその笑顔がもっと見たい
アナスタシアとお茶を共にしたアーヴェントは昼食にも彼女を誘った。その時も終始、アナスタシアは満面の笑顔を見せてくれていた。
オースティン家に来た当時はそれまでのミューズ家での扱いで心を痛めていた彼女だったが、使用人達やアーヴェントと共に暮らす中でその心の痛みも少しずつ癒えていき本来の明るさを取り戻しつつある。それがアーヴェントにとって心から喜ばしいことだった。
昼食を終えた後、アナスタシアはメイを連れてグリフの所を訪ねてみるといっていた。アーヴェントの計らいもあって午後はゆっくりとメイと過ごすことをアナスタシアは喜んでいた。
「アナスタシア様の笑顔は以前よりもずっと明るく、素敵になりましたな」
執務室にはアーヴェントとゾルンの姿があった。アナスタシアが席を外している間に話しておくことがあったからだ。
「ラストやフェオル達も同じことを言っていた。俺も同じだ」
「このお屋敷に慣れて頂いたということですかな」
「ああ。後は此処に自分の居場所を見つけてくれる所まで至ってくれさえすればいい。俺はそう思っている」
執務机に向かいながら両手を組み、軽く顎に添える仕草をしながらアーヴェントは呟く。その深紅の両の瞳にはきっとアナスタシアが映っているのだろう。その様子を静かに見つめていたゾルンが口を開く。
「もしそうなったとしたら、アーヴェント様はアナスタシア様に真実をお伝えするおつもりですか?」
ゾルンの言葉にはそれまでにはない重みがあった。アーヴェントはそっと彼の方に視線を向ける。その表情は少し暗い影を落としていた。そんな表情をアーヴェントがとるのはその時が初めてだった。
「出来ることなら、そのことは告げずに……この屋敷での暮らしの中でアナスタシアには本当の意味で俺のことを愛して欲しいと思っている……」
「アーヴェント様……」
「わかっている。これが俺の我がままだってことはな。だから今は俺の我がままに付き合ってもらうぞ、ゾルン」
「かしこまりました」
ゾルンももうそれ以上口にすることはない様子だ。アーヴェントも同様だ。するとゾルンが別の話題、こうして二人で話をすることになった本題へと話を振る。
「メイからは何かお聞きになりましたか?」
「ああ。ここで働きたいと言ってくれた時に二人で少し話をした。どうやらメイも使用人達からひどい扱いを受けていたそうだ」
「メイの働きぶりは他の使用人達からも好評です。種族が違ってもその頑張る姿には好感が持てると皆口を揃えて言っていました」
「そうか」
アナスタシア、そしてメイの受けていた仕打ちに対してアーヴェントは思うところがあるらしく、組んだ両手には力が入っていた。だが、それは大きなため息と共に一旦置いておくことにしたようだ。ゾルンも軽く息を吐くと、言葉を続ける。
「私の方での調べでは現在のミューズ家は財政的に傾きつつあるとのことです」
「ああ。メイも同じようなことを言っていた。使用人達に暇を出すことも多くなり、事業の失敗を常に口にしているとも」
「そのことをアナスタシア様には?」
「ミューズ家の財政のことや当主のことについては、黙っておいて欲しいとお願いをしておいた。メイもアナスタシアの負担になることは言いたくないだろう」
「そうですな」
するとゾルンは用意していた書類をアーヴェントの前に置く。彼はその書類を手にとると目を通す。その資料はリュミエール王国の内情について記されていた。
「魔獣か……」
「はい。今までは穏やかだった出現頻度がここ最近になって増加傾向にあるとのことでした」
「ここ最近……か。シェイド王国の方はどうだ?」
「騎士団からの聞き取りなどを総合すると魔獣の出現頻度は以前よりも減っているとのことでした」
「……そうか。やはりあの話は本当だということか」
「恐らくは……」
アーヴェントは窓の外に目を移す。晴れ渡る空がどこまでも広がっていた。ある言葉がアーヴェントの口から洩れる。
「神の愛娘……か。あちら側はこのことに気付くと思うか?」
「少なくても今起こっている事態の原因については……遅かれ早かれ気づくやもしれませんな」
「気づかぬ程度の痴れ者であれば、苦労はしないか……ゾルン、この話で出たことは他言無用だ。いいな」
アーヴェントの深紅の両の瞳が強く輝きを放つ。
「心得ております」
ゾルンも真剣な表情で頷く。少しずれていた丸眼鏡をそっと直す仕草をしていた。アーヴェントは再び机に向き合うと軽くため息を漏らす。考えていることはもちろんアナスタシアのことだ。
「アナスタシアがこの屋敷で穏やかに過ごしてくれさえすればいいんだ。俺は彼女の心からの笑顔をもっと見ていたい」
「お唄も、ですな」
「ああ、そうだな」
ふっとアーヴェントは柔らかく微笑みながら、執務机の椅子から立ち上がる。
「話はこれくらいにして、アナスタシアの所にいくとするか」
「ふふ。最近の旦那様はアナスタシア様に積極的だと使用人達の間では噂になっておりますよ」
「……少し控えた方がいいだろうか?」
ゾルンは一度咳払いをしてみせる。
「何事も匙加減ということですな」
「恋とは難しいものだな……」
頭の後ろを軽く掻きながらアーヴェントは溜め息を漏らすのだった。
オースティン家に来た当時はそれまでのミューズ家での扱いで心を痛めていた彼女だったが、使用人達やアーヴェントと共に暮らす中でその心の痛みも少しずつ癒えていき本来の明るさを取り戻しつつある。それがアーヴェントにとって心から喜ばしいことだった。
昼食を終えた後、アナスタシアはメイを連れてグリフの所を訪ねてみるといっていた。アーヴェントの計らいもあって午後はゆっくりとメイと過ごすことをアナスタシアは喜んでいた。
「アナスタシア様の笑顔は以前よりもずっと明るく、素敵になりましたな」
執務室にはアーヴェントとゾルンの姿があった。アナスタシアが席を外している間に話しておくことがあったからだ。
「ラストやフェオル達も同じことを言っていた。俺も同じだ」
「このお屋敷に慣れて頂いたということですかな」
「ああ。後は此処に自分の居場所を見つけてくれる所まで至ってくれさえすればいい。俺はそう思っている」
執務机に向かいながら両手を組み、軽く顎に添える仕草をしながらアーヴェントは呟く。その深紅の両の瞳にはきっとアナスタシアが映っているのだろう。その様子を静かに見つめていたゾルンが口を開く。
「もしそうなったとしたら、アーヴェント様はアナスタシア様に真実をお伝えするおつもりですか?」
ゾルンの言葉にはそれまでにはない重みがあった。アーヴェントはそっと彼の方に視線を向ける。その表情は少し暗い影を落としていた。そんな表情をアーヴェントがとるのはその時が初めてだった。
「出来ることなら、そのことは告げずに……この屋敷での暮らしの中でアナスタシアには本当の意味で俺のことを愛して欲しいと思っている……」
「アーヴェント様……」
「わかっている。これが俺の我がままだってことはな。だから今は俺の我がままに付き合ってもらうぞ、ゾルン」
「かしこまりました」
ゾルンももうそれ以上口にすることはない様子だ。アーヴェントも同様だ。するとゾルンが別の話題、こうして二人で話をすることになった本題へと話を振る。
「メイからは何かお聞きになりましたか?」
「ああ。ここで働きたいと言ってくれた時に二人で少し話をした。どうやらメイも使用人達からひどい扱いを受けていたそうだ」
「メイの働きぶりは他の使用人達からも好評です。種族が違ってもその頑張る姿には好感が持てると皆口を揃えて言っていました」
「そうか」
アナスタシア、そしてメイの受けていた仕打ちに対してアーヴェントは思うところがあるらしく、組んだ両手には力が入っていた。だが、それは大きなため息と共に一旦置いておくことにしたようだ。ゾルンも軽く息を吐くと、言葉を続ける。
「私の方での調べでは現在のミューズ家は財政的に傾きつつあるとのことです」
「ああ。メイも同じようなことを言っていた。使用人達に暇を出すことも多くなり、事業の失敗を常に口にしているとも」
「そのことをアナスタシア様には?」
「ミューズ家の財政のことや当主のことについては、黙っておいて欲しいとお願いをしておいた。メイもアナスタシアの負担になることは言いたくないだろう」
「そうですな」
するとゾルンは用意していた書類をアーヴェントの前に置く。彼はその書類を手にとると目を通す。その資料はリュミエール王国の内情について記されていた。
「魔獣か……」
「はい。今までは穏やかだった出現頻度がここ最近になって増加傾向にあるとのことでした」
「ここ最近……か。シェイド王国の方はどうだ?」
「騎士団からの聞き取りなどを総合すると魔獣の出現頻度は以前よりも減っているとのことでした」
「……そうか。やはりあの話は本当だということか」
「恐らくは……」
アーヴェントは窓の外に目を移す。晴れ渡る空がどこまでも広がっていた。ある言葉がアーヴェントの口から洩れる。
「神の愛娘……か。あちら側はこのことに気付くと思うか?」
「少なくても今起こっている事態の原因については……遅かれ早かれ気づくやもしれませんな」
「気づかぬ程度の痴れ者であれば、苦労はしないか……ゾルン、この話で出たことは他言無用だ。いいな」
アーヴェントの深紅の両の瞳が強く輝きを放つ。
「心得ております」
ゾルンも真剣な表情で頷く。少しずれていた丸眼鏡をそっと直す仕草をしていた。アーヴェントは再び机に向き合うと軽くため息を漏らす。考えていることはもちろんアナスタシアのことだ。
「アナスタシアがこの屋敷で穏やかに過ごしてくれさえすればいいんだ。俺は彼女の心からの笑顔をもっと見ていたい」
「お唄も、ですな」
「ああ、そうだな」
ふっとアーヴェントは柔らかく微笑みながら、執務机の椅子から立ち上がる。
「話はこれくらいにして、アナスタシアの所にいくとするか」
「ふふ。最近の旦那様はアナスタシア様に積極的だと使用人達の間では噂になっておりますよ」
「……少し控えた方がいいだろうか?」
ゾルンは一度咳払いをしてみせる。
「何事も匙加減ということですな」
「恋とは難しいものだな……」
頭の後ろを軽く掻きながらアーヴェントは溜め息を漏らすのだった。