吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
7 こんなに早く着いた理由がわかりません
「はい。既にオースティン家の領地内です」
驚いた表情を浮かべながら窓の外の景色を見ていたアナスタシアに対してゾルンが言葉を掛ける。アナスタシアは疑問に思っていたことを口にする。
「でも、つい先ほどリュミエール王国の国境を越えたばかりだったはずですよね……。ゾルン様の説明を聞いた限りでは少なくとも二日はかかると思っていました……」
「これは失礼致しました。確かに道のりの長さなどはお伝えしていましたが、魔法を使うことまでは説明していませんでしたね」
「魔法……ですか」
はい、とゾルンが返事をする。――魔法。この世界に存在するマナを使って火や水、風などを使役する力の名称だ。素質を持って生まれ、魔法が使える者達は国家単位で重宝される。国の防衛と魔獣や害獣の駆除などが主な役割になっている。アナスタシアの家系は魔法を使える者はいないが、彼女自身は色々な文献などを読んでおり魔法に対してはある程度知識は持っている方だった。
(色々な文献で魔法の種類や効果などの知識は持っていたけれど、距離を一瞬で縮めたり離れた場所に移動する魔法には心当たりがない……ゾルン様が使ったのかしら……何にせよ魔族の国には私の知らない魔法がまだまだあるのね)
「魔法は先ほど、アナスタシア様が疲れてお眠りになった時に使いました。使い手は御者も務めております執事のフェオルです」
「フェオル様が?」
「この系統の魔法は彼の得意分野ですので。そんなこともあって、御者を頼む時にも頼りにしております」
(まだあんなに幼いのにそんな魔法が使えるなんて、すごい……)
「フェオル様、ありがとうございます」
「フェオル、アナスタシア様から光栄な言葉を貰いましたよ」
小窓に向かって少し大きな声量でお礼の言葉を口にする。ゾルンも同じように小窓に向かって話しかけていた。だが、反応が返ってこない。ゾルンは無言で小窓をそっと開ける。
「すぅ~……」
「フェオル」
「はい。寝てません。おほめにあずかりこうえいですぅ」
カラン、と小窓が外側から閉められる。このやり取りは既に数回見ているが、何度見ても楽し気だ。自然とアナスタシアの表情が柔らかくなっていた。ゾルンが笑みを浮かべて言葉を掛けてくれた。
「緊張もほぐれたようで何よりです。馬車に乗られた時よりも表情が豊かになりましたね」
「あ、ありがとうございます」
屋敷にいた頃はメイと話をする時以外、こんな柔らかい表情を浮かべることなどありえなかった。叔父夫婦やフレデリカからは罵られ、馬鹿にされ、卑下される毎日だった。最初は涙を流したりしたものだが、反応すればするほどひどいことをされることがわかってからは気持ちを押し殺して最低限の言葉で対応していたのだ。
(メイと話している以外でこんな気持ちになったのは本当に久しぶり……ゾルン様もフェオル様も本当に優しい方達なんだわ)
そうしている内に馬車の速度がゆっくりと落ちてきていることに気付いたアナスタシアが窓の外に目を向ける。そこには広い敷地に囲まれた屋敷が見えてきていた。
(とっても大きなお屋敷……ミューズ家よりも大きい。まるでお城みたい……)
「あちらに見えるのがアナスタシア様にこれから暮らして頂く、オースティン家の邸宅になります」
屋敷の門の前まで馬車が近づくと、ゆっくりと門が開く。馬車はそのまま敷地内へと入っていく。門から屋敷まではとても手入れがされた灌木が続いていた。目線をそのまま、屋敷の正面に移すと遠くで見た時よりも立派な建物が佇んでいた。
「到着しましたぁ」
フェオルの声が小窓から聞こえてくる。同時に馬車が完全に止まり、ゾルンが先に降りる。馬車の扉を完全に開き、アナスタシアが降りやすいように心配りも添えられていた。
「アナスタシア様、どうぞお降りください」
「ゾルン様、お気遣いありがとうございます」
「どうぞゾルンとお呼びください。フェオルも同様です」
「わかりました」
軽く一礼した後、差し出されたゾルンの白い手袋越しの右手を優しく握りながら馬車のタラップを踏み、地面に足をつける。
アナスタシアが顔を上げると、そこには屋敷の者達の出迎えが待っていた。皆、執事服やメイド服を着こなした者達だ。玄関まで続く低い階段の両脇に、まるで道を作るように列を成していた。アナスタシアの顔を見ると、しっかりと揃った声で皆が歓迎の言葉を口にする。
「では、アナスタシア様。主人がお待ちしておりますので、ご案内致します」
「はい。宜しく……お願いします」
アナスタシアは緊張した面持ちで使用人たちの作った道をゆっくりと進み、開いている玄関の扉を越えて屋敷の中に足を踏み入れる。建物の中はとても綺麗で、壁や柱などに施された装飾も見事な物だった。正面にある二階への階段を登り、しばらく歩くとゾルンが大きな扉の前で立ち止まる。どうやらここがこの屋敷の主人の部屋のようだ。扉に近づき、用件を口にする。
「ご主人様、アナスタシア・ミューズ公爵令嬢様をお連れ致しました」
「ああ、入ってくれ」
(……とてもはっきりしていて、力強い声……)
その言葉を聞いたゾルンが礼をした後、扉をゆっくりと開ける。アナスタシアも一礼して中に入るとそこには高い背を持ち、紫が綺麗なショートヘアを携えた男性が立っていた。こちらを見る両の瞳はどちらも深紅と呼ぶにふさわしい色をしていた。
驚いた表情を浮かべながら窓の外の景色を見ていたアナスタシアに対してゾルンが言葉を掛ける。アナスタシアは疑問に思っていたことを口にする。
「でも、つい先ほどリュミエール王国の国境を越えたばかりだったはずですよね……。ゾルン様の説明を聞いた限りでは少なくとも二日はかかると思っていました……」
「これは失礼致しました。確かに道のりの長さなどはお伝えしていましたが、魔法を使うことまでは説明していませんでしたね」
「魔法……ですか」
はい、とゾルンが返事をする。――魔法。この世界に存在するマナを使って火や水、風などを使役する力の名称だ。素質を持って生まれ、魔法が使える者達は国家単位で重宝される。国の防衛と魔獣や害獣の駆除などが主な役割になっている。アナスタシアの家系は魔法を使える者はいないが、彼女自身は色々な文献などを読んでおり魔法に対してはある程度知識は持っている方だった。
(色々な文献で魔法の種類や効果などの知識は持っていたけれど、距離を一瞬で縮めたり離れた場所に移動する魔法には心当たりがない……ゾルン様が使ったのかしら……何にせよ魔族の国には私の知らない魔法がまだまだあるのね)
「魔法は先ほど、アナスタシア様が疲れてお眠りになった時に使いました。使い手は御者も務めております執事のフェオルです」
「フェオル様が?」
「この系統の魔法は彼の得意分野ですので。そんなこともあって、御者を頼む時にも頼りにしております」
(まだあんなに幼いのにそんな魔法が使えるなんて、すごい……)
「フェオル様、ありがとうございます」
「フェオル、アナスタシア様から光栄な言葉を貰いましたよ」
小窓に向かって少し大きな声量でお礼の言葉を口にする。ゾルンも同じように小窓に向かって話しかけていた。だが、反応が返ってこない。ゾルンは無言で小窓をそっと開ける。
「すぅ~……」
「フェオル」
「はい。寝てません。おほめにあずかりこうえいですぅ」
カラン、と小窓が外側から閉められる。このやり取りは既に数回見ているが、何度見ても楽し気だ。自然とアナスタシアの表情が柔らかくなっていた。ゾルンが笑みを浮かべて言葉を掛けてくれた。
「緊張もほぐれたようで何よりです。馬車に乗られた時よりも表情が豊かになりましたね」
「あ、ありがとうございます」
屋敷にいた頃はメイと話をする時以外、こんな柔らかい表情を浮かべることなどありえなかった。叔父夫婦やフレデリカからは罵られ、馬鹿にされ、卑下される毎日だった。最初は涙を流したりしたものだが、反応すればするほどひどいことをされることがわかってからは気持ちを押し殺して最低限の言葉で対応していたのだ。
(メイと話している以外でこんな気持ちになったのは本当に久しぶり……ゾルン様もフェオル様も本当に優しい方達なんだわ)
そうしている内に馬車の速度がゆっくりと落ちてきていることに気付いたアナスタシアが窓の外に目を向ける。そこには広い敷地に囲まれた屋敷が見えてきていた。
(とっても大きなお屋敷……ミューズ家よりも大きい。まるでお城みたい……)
「あちらに見えるのがアナスタシア様にこれから暮らして頂く、オースティン家の邸宅になります」
屋敷の門の前まで馬車が近づくと、ゆっくりと門が開く。馬車はそのまま敷地内へと入っていく。門から屋敷まではとても手入れがされた灌木が続いていた。目線をそのまま、屋敷の正面に移すと遠くで見た時よりも立派な建物が佇んでいた。
「到着しましたぁ」
フェオルの声が小窓から聞こえてくる。同時に馬車が完全に止まり、ゾルンが先に降りる。馬車の扉を完全に開き、アナスタシアが降りやすいように心配りも添えられていた。
「アナスタシア様、どうぞお降りください」
「ゾルン様、お気遣いありがとうございます」
「どうぞゾルンとお呼びください。フェオルも同様です」
「わかりました」
軽く一礼した後、差し出されたゾルンの白い手袋越しの右手を優しく握りながら馬車のタラップを踏み、地面に足をつける。
アナスタシアが顔を上げると、そこには屋敷の者達の出迎えが待っていた。皆、執事服やメイド服を着こなした者達だ。玄関まで続く低い階段の両脇に、まるで道を作るように列を成していた。アナスタシアの顔を見ると、しっかりと揃った声で皆が歓迎の言葉を口にする。
「では、アナスタシア様。主人がお待ちしておりますので、ご案内致します」
「はい。宜しく……お願いします」
アナスタシアは緊張した面持ちで使用人たちの作った道をゆっくりと進み、開いている玄関の扉を越えて屋敷の中に足を踏み入れる。建物の中はとても綺麗で、壁や柱などに施された装飾も見事な物だった。正面にある二階への階段を登り、しばらく歩くとゾルンが大きな扉の前で立ち止まる。どうやらここがこの屋敷の主人の部屋のようだ。扉に近づき、用件を口にする。
「ご主人様、アナスタシア・ミューズ公爵令嬢様をお連れ致しました」
「ああ、入ってくれ」
(……とてもはっきりしていて、力強い声……)
その言葉を聞いたゾルンが礼をした後、扉をゆっくりと開ける。アナスタシアも一礼して中に入るとそこには高い背を持ち、紫が綺麗なショートヘアを携えた男性が立っていた。こちらを見る両の瞳はどちらも深紅と呼ぶにふさわしい色をしていた。