吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
77 その手紙には衝撃の内容が綴られていました
朝食を終えたアナスタシアはメイと共に寝室へと戻って来ていた。テーブルの椅子に腰かけて途中だったハンカチの刺繍を見つめていた。完成まではもう少しかかる見立てだ。
(今朝は朝食の席にアーヴェント様の姿がなかった……ラストは急な仕事が入ったからと言っていたけれど……一緒に食事が出来なかったのはやっぱり寂しいものね……)
小さくため息を吐く。最近は誘いが無い時でも食堂に行けばアーヴェントが自分を待ってくれていた。何をするにも二人、それが日常と呼べる所まで来ていたのだ。二人の仲の良さは使用人の間でも一番の話題でもあったのだ。
「アナ様、元気を出してください。お昼にはきっと旦那様とご一緒出来ますよ!」
メイは明るい表情を浮かべながらアナスタシアに言葉を掛ける。それが自分を励ましてくれているのだと彼女は気づいていた。
(メイも私を気遣ってくれているのね……そうよね。たった一度、ご一緒出来なかっただけだもの……昼食を楽しみにしていなくちゃ)
「ありがとう、メイ」
「どういたしまして、ですぅ!」
アナスタシアも明るい表情を浮かべて笑みを浮かべる。その様子をみたメイも安心したようで部屋の片づけを始める。片付けと言っても洗濯が終わって畳んだ衣類を元の引き出しに戻すだけだ。それが終われば、メイもリチャードへのハンカチの刺繍をアナスタシアと一緒にする約束になっていた。
―パサッー
メイが引き出しに畳んだ衣類を持っていく時に何かが床に落ちた。メイは気づいていないようでしまう作業を鼻歌まじりに続けていた。
(あら……? 何かしら?)
アナスタシアは作業の手を止めると立ち上がり、落ちた物を確認するために近づく。
(これは……手紙? それも二通……)
「ねえ、メイ。手紙が落ちていたのだけれど……」
「にゃ? メイは手紙なんてお持ちしていませんよ?」
二人は目を合わせながら首を傾げる。それでも気になったアナスタシアはその手紙を拾い上げて封蝋に目をやる。するとそれは見覚えのあるモノだった。
(これって……ミューズ家の……?)
それは紛れもなくミューズ家が使っている封蝋だった。昔から目にしていたものなので見間違うわけがない。だが、今まで一度も手紙など来たことなどなかった。
(薄々は気づいていたの。きっと今までもミューズ家からは手紙が届いていたんだわ……でもアーヴェント様が私の目に触れないように配慮してくださっていたのだろうって)
あの叔父たちのことだ。内容もどんなものかは想像に容易い。だからあえて、自分に手紙が届いているかとはアナスタシアは口にしないでこれまで過ごしていたのだ。
(でもこの手紙がここにあるということは……私に読んで欲しいということなのかしら?)
一度手紙を開けた後がある。恐らくアーヴェントが中を見て、内容を確認したのだろう。それが自分の手元にあるということは読んでも差し支えないということ、とアナスタシアは考えたのだ。
「にゃ! 本当ですねっ。しかもミューズ家からのお手紙じゃないですか」
「メイもやっぱり心当たりがないの?」
「はい。私が乾いた衣服を畳んでお持ちした時には手紙なんてなかったです。誰にも声もかけられていませんし」
メイは頭を傾げながら小さく猫のように唸って色々考えていた。アナスタシアは手紙の表面を見るとこの二通の手紙が叔父であるレイヴンとフレデリカからのものだということがわかった。
「叔父様と……フレデリカからの手紙……」
メイは何か嫌な予感がしたようで、アナスタシアに声を掛ける。
「アナ様、何か変ですよっ。まず一度旦那様にお話したほうが……」
「でも、衣服の間に誰かが挟んでくれていたのかもしれないわ。それに今までだって手紙が私の元にくることなんてなかったのだから……きっとこれは私に読んで欲しいということなのよ」
そうですかねぇ、と心配な表情をメイが浮かべていた。祝賀パーティーでも自分の言葉をしっかりと伝えていたアナスタシアには少し自信が芽生え始めていた。だから今、レイヴン達の心無い言葉が綴られていたとしても飲み込んで消化できると考えてしまったのだ。
それがその芽生え始めた小さな自信さえ粉々に打ち砕く内容だとはこの時、彼女は知る由もない。
椅子に座りなおし、レイヴンからの手紙を封筒から取り出す。メイも心配になって傍らに立ち様子を見守る。粗雑に折られた手紙にアナスタシアは青と赤の両の瞳を向け、書かれている内容を読み始めた。
(……え?!)
急にアナスタシアが椅子から立ち上がり、手紙を握りしめる。その顔はひどく青ざめていた。
「アナ様、どうしたんですか?!」
ゆっくりとアナスタシアはメイの方を見つめる。その両の瞳にはうっすら涙が浮かんでいたのだ。彼女の口がゆっくりと開かれ、手紙の内容が語られる。
「……今、リュミエール王国では大変な騒ぎになっているらしいの……」
「ど、どんな騒ぎですか? 魔獣が最近多いっていうのは聞いたことがありますけど……」
アナスタシアは首を左右に振って、それを否定する。
「……叔父様の手紙にはこう綴られているわ……外交官だった兄、つまり私のお父様であるラスター公爵とお母様であるルフレ公爵夫人の二人は……外交官であるその身分を悪用し、リュミエール王国とシェイド王国の間で不正な取引をしていた、と」
読み上げるアナスタシアの声は震えていた。
「そ、そんにゃ……?!」
メイが口元に右手を当てながら驚きの表情を浮かべていた。
「……お互いの国の機密事項だけに留まらず……武器などの横流しもしていた証拠となるものも叔父様は手にしているらしいわ……そしてそれはお父様とお母様に深い信頼を置いていたシリウス陛下も知っていた可能性が高いということで、ハンス殿下がシリウス陛下を軟禁したと……手紙には綴られているの……」
「にゃ! にゃんとっ!?」
力が抜けたようにアナスタシアは椅子に腰を降ろす。俯きながら手紙の内容を理解しようとするが、到底出来るわけもない。
(そんな……お父様やお母様は立派に二つの国の為に働いていたはずなのに……どうしてこんなことになってしまったの……? 今、リュミエール王国では何が起こっているの……っ)
ふとアナスタシアは力ない青と赤の両の瞳でもう一通の手紙に目を移す。それはフレデリカからの手紙だった。自然に手が伸びていた。その時、アナスタシアの寝室の扉がノックされた。
「アナ様、誰か来たようですからメイが出ますね。どうか落ち着いて待っていてくださいねっ」
目の前で消沈するアナスタシアも心配だが、訪ねてきた人物に対応しなければとメイは駆け足で扉の近くに歩いていく。
(フレデリカの手紙……何が書かれているのかしら……)
メイの言葉も聞こえていないようで、アナスタシアは青ざめた表情のままフレデリカからの手紙を封筒から取り出していた。
(……!!)
その時メイは扉の前までやって来ていた。
「どなたですか?」
「俺だ、メイ」
メイが扉越しに尋ねると執務室からやってきたアーヴェントの声がした。メイはちょうどよかった、と言わんばかりの表情を浮かべながら扉を開けた。
「どうぞ、旦那様っ」
「アナスタシアはどうしている?」
何も知らないアーヴェントは柔らかい表情でメイに尋ねる。
「えっと……それが……」
そわそわしているメイの態度が気になったアーヴェントはテーブルの椅子に腰を降ろしているアナスタシアに目を向けた。俯きながら何かに目を向けているようだ。
「何か本でも読んでいるのか……? ……!?」
その時アーヴェントの深紅の両の瞳に驚くべき物が映る。それは今しがた、自分が焼き捨てた手紙だったのだ。何故その手紙が元の姿で存在しているのか、何故アナスタシアの元にあるのか、そんなこと今はどうでもよかった。身体が自然に動き、アナスタシアの元にアーヴェントが駆け寄る。
「アナスタシア、それを読むなっ!!!」
今まで聞いたことの無いほど大きなアーヴェントの声が寝室に響き渡る。その表情からは必死さが溢れていた。突然のことにメイも驚いていた。だが、遅かった。アナスタシアは二通目のフレデリカの手紙にも目を通してしまっていたのだ。
「……アーヴェント様……」
俯いていたアナスタシアがゆっくりと顔を上げる。その青と赤の両の瞳には大粒の涙が溢れ、すっと彼女の頬を伝って落ちていく。その光景を見たアーヴェントは彼女が手紙に記してあった全てを理解してしまったのだと確信するのだった。
「アナスタシア……」
(今朝は朝食の席にアーヴェント様の姿がなかった……ラストは急な仕事が入ったからと言っていたけれど……一緒に食事が出来なかったのはやっぱり寂しいものね……)
小さくため息を吐く。最近は誘いが無い時でも食堂に行けばアーヴェントが自分を待ってくれていた。何をするにも二人、それが日常と呼べる所まで来ていたのだ。二人の仲の良さは使用人の間でも一番の話題でもあったのだ。
「アナ様、元気を出してください。お昼にはきっと旦那様とご一緒出来ますよ!」
メイは明るい表情を浮かべながらアナスタシアに言葉を掛ける。それが自分を励ましてくれているのだと彼女は気づいていた。
(メイも私を気遣ってくれているのね……そうよね。たった一度、ご一緒出来なかっただけだもの……昼食を楽しみにしていなくちゃ)
「ありがとう、メイ」
「どういたしまして、ですぅ!」
アナスタシアも明るい表情を浮かべて笑みを浮かべる。その様子をみたメイも安心したようで部屋の片づけを始める。片付けと言っても洗濯が終わって畳んだ衣類を元の引き出しに戻すだけだ。それが終われば、メイもリチャードへのハンカチの刺繍をアナスタシアと一緒にする約束になっていた。
―パサッー
メイが引き出しに畳んだ衣類を持っていく時に何かが床に落ちた。メイは気づいていないようでしまう作業を鼻歌まじりに続けていた。
(あら……? 何かしら?)
アナスタシアは作業の手を止めると立ち上がり、落ちた物を確認するために近づく。
(これは……手紙? それも二通……)
「ねえ、メイ。手紙が落ちていたのだけれど……」
「にゃ? メイは手紙なんてお持ちしていませんよ?」
二人は目を合わせながら首を傾げる。それでも気になったアナスタシアはその手紙を拾い上げて封蝋に目をやる。するとそれは見覚えのあるモノだった。
(これって……ミューズ家の……?)
それは紛れもなくミューズ家が使っている封蝋だった。昔から目にしていたものなので見間違うわけがない。だが、今まで一度も手紙など来たことなどなかった。
(薄々は気づいていたの。きっと今までもミューズ家からは手紙が届いていたんだわ……でもアーヴェント様が私の目に触れないように配慮してくださっていたのだろうって)
あの叔父たちのことだ。内容もどんなものかは想像に容易い。だからあえて、自分に手紙が届いているかとはアナスタシアは口にしないでこれまで過ごしていたのだ。
(でもこの手紙がここにあるということは……私に読んで欲しいということなのかしら?)
一度手紙を開けた後がある。恐らくアーヴェントが中を見て、内容を確認したのだろう。それが自分の手元にあるということは読んでも差し支えないということ、とアナスタシアは考えたのだ。
「にゃ! 本当ですねっ。しかもミューズ家からのお手紙じゃないですか」
「メイもやっぱり心当たりがないの?」
「はい。私が乾いた衣服を畳んでお持ちした時には手紙なんてなかったです。誰にも声もかけられていませんし」
メイは頭を傾げながら小さく猫のように唸って色々考えていた。アナスタシアは手紙の表面を見るとこの二通の手紙が叔父であるレイヴンとフレデリカからのものだということがわかった。
「叔父様と……フレデリカからの手紙……」
メイは何か嫌な予感がしたようで、アナスタシアに声を掛ける。
「アナ様、何か変ですよっ。まず一度旦那様にお話したほうが……」
「でも、衣服の間に誰かが挟んでくれていたのかもしれないわ。それに今までだって手紙が私の元にくることなんてなかったのだから……きっとこれは私に読んで欲しいということなのよ」
そうですかねぇ、と心配な表情をメイが浮かべていた。祝賀パーティーでも自分の言葉をしっかりと伝えていたアナスタシアには少し自信が芽生え始めていた。だから今、レイヴン達の心無い言葉が綴られていたとしても飲み込んで消化できると考えてしまったのだ。
それがその芽生え始めた小さな自信さえ粉々に打ち砕く内容だとはこの時、彼女は知る由もない。
椅子に座りなおし、レイヴンからの手紙を封筒から取り出す。メイも心配になって傍らに立ち様子を見守る。粗雑に折られた手紙にアナスタシアは青と赤の両の瞳を向け、書かれている内容を読み始めた。
(……え?!)
急にアナスタシアが椅子から立ち上がり、手紙を握りしめる。その顔はひどく青ざめていた。
「アナ様、どうしたんですか?!」
ゆっくりとアナスタシアはメイの方を見つめる。その両の瞳にはうっすら涙が浮かんでいたのだ。彼女の口がゆっくりと開かれ、手紙の内容が語られる。
「……今、リュミエール王国では大変な騒ぎになっているらしいの……」
「ど、どんな騒ぎですか? 魔獣が最近多いっていうのは聞いたことがありますけど……」
アナスタシアは首を左右に振って、それを否定する。
「……叔父様の手紙にはこう綴られているわ……外交官だった兄、つまり私のお父様であるラスター公爵とお母様であるルフレ公爵夫人の二人は……外交官であるその身分を悪用し、リュミエール王国とシェイド王国の間で不正な取引をしていた、と」
読み上げるアナスタシアの声は震えていた。
「そ、そんにゃ……?!」
メイが口元に右手を当てながら驚きの表情を浮かべていた。
「……お互いの国の機密事項だけに留まらず……武器などの横流しもしていた証拠となるものも叔父様は手にしているらしいわ……そしてそれはお父様とお母様に深い信頼を置いていたシリウス陛下も知っていた可能性が高いということで、ハンス殿下がシリウス陛下を軟禁したと……手紙には綴られているの……」
「にゃ! にゃんとっ!?」
力が抜けたようにアナスタシアは椅子に腰を降ろす。俯きながら手紙の内容を理解しようとするが、到底出来るわけもない。
(そんな……お父様やお母様は立派に二つの国の為に働いていたはずなのに……どうしてこんなことになってしまったの……? 今、リュミエール王国では何が起こっているの……っ)
ふとアナスタシアは力ない青と赤の両の瞳でもう一通の手紙に目を移す。それはフレデリカからの手紙だった。自然に手が伸びていた。その時、アナスタシアの寝室の扉がノックされた。
「アナ様、誰か来たようですからメイが出ますね。どうか落ち着いて待っていてくださいねっ」
目の前で消沈するアナスタシアも心配だが、訪ねてきた人物に対応しなければとメイは駆け足で扉の近くに歩いていく。
(フレデリカの手紙……何が書かれているのかしら……)
メイの言葉も聞こえていないようで、アナスタシアは青ざめた表情のままフレデリカからの手紙を封筒から取り出していた。
(……!!)
その時メイは扉の前までやって来ていた。
「どなたですか?」
「俺だ、メイ」
メイが扉越しに尋ねると執務室からやってきたアーヴェントの声がした。メイはちょうどよかった、と言わんばかりの表情を浮かべながら扉を開けた。
「どうぞ、旦那様っ」
「アナスタシアはどうしている?」
何も知らないアーヴェントは柔らかい表情でメイに尋ねる。
「えっと……それが……」
そわそわしているメイの態度が気になったアーヴェントはテーブルの椅子に腰を降ろしているアナスタシアに目を向けた。俯きながら何かに目を向けているようだ。
「何か本でも読んでいるのか……? ……!?」
その時アーヴェントの深紅の両の瞳に驚くべき物が映る。それは今しがた、自分が焼き捨てた手紙だったのだ。何故その手紙が元の姿で存在しているのか、何故アナスタシアの元にあるのか、そんなこと今はどうでもよかった。身体が自然に動き、アナスタシアの元にアーヴェントが駆け寄る。
「アナスタシア、それを読むなっ!!!」
今まで聞いたことの無いほど大きなアーヴェントの声が寝室に響き渡る。その表情からは必死さが溢れていた。突然のことにメイも驚いていた。だが、遅かった。アナスタシアは二通目のフレデリカの手紙にも目を通してしまっていたのだ。
「……アーヴェント様……」
俯いていたアナスタシアがゆっくりと顔を上げる。その青と赤の両の瞳には大粒の涙が溢れ、すっと彼女の頬を伝って落ちていく。その光景を見たアーヴェントは彼女が手紙に記してあった全てを理解してしまったのだと確信するのだった。
「アナスタシア……」