吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
8 この人が私の旦那様なのですね
深紅の両の瞳と、青と赤のオッドアイの両の瞳が見つめ合う。刹那、時間が止まったかのようにアナスタシアには感じられていた。ハッと我に返ったアナスタシアが深く礼をしながら挨拶の言葉を口にする。
「オースティン公爵様。お初にお目にかかります。アナスタシア・ミューズと申します」
「……」
相手は黙ってこちらをじっと見つめていた。短い沈黙の間にアナスタシアは不安に襲われていた。
(何か粗相をしてしまったかしら……)
「アーヴェント様、そんなに凝視されていたらアナスタシア様が萎縮されてしまいますよ」
ゾルンの言葉にアーヴェントはハッとして目線を軽く逸らす。不安にかられていたアナスタシアもその言葉に助けられたようでほっと肩の力が抜ける。
「すまない。気を悪くさせてしまったなら謝罪しよう」
「い、いえ。大丈夫です」
その場を仕切り直すかのようにアーヴェントが軽く咳払いをする。そして穏やかな声色でアナスタシアに言葉を掛けた。
「改めて名乗らせてもらおう。このオースティン家の主でもある、アーヴェント・オースティンだ」
アナスタシアは改めて一礼する。先ほどよりも雰囲気がよくなったのか、両の深紅の目で見られても威圧感を感じなくなっていた。こちらも相手のことを見つめながら色々と思う所があった。
(吸い込まれそうになる両の深紅の瞳……背も高くてすらっとしたお身体……初めてお会いしたけれど、この方が吸血鬼として恐れられているなんて私にはとても思えない……)
「立ち話もなんだな。遠路はるばる来てくれて疲れているだろうし、座って話をしようか」
「はい。ありがとうございます」
テーブルを挟んで二人が椅子に腰かける。アナスタシアの椅子はゾルンがそっと引いてくれた。ふとアナスタシアがアーヴェントの方を見ると、ゾルンのことをじっと見ていた。
「アーヴェント様」
「あ、ああ。ゾルン、何か飲み物を貰えるかな」
「かしこまりました。ではしばらくお二人でご歓談ください」
そう言ってゾルンが席を外す。いきなり二人きりになったことでアナスタシアは俯きそうになるが、相手からすぐに言葉が掛けられる。
「ここまでくる道中で何かこちらに不手際などはなかっただろうか」
「はい。とても快適でした。車内ではゾルンが話し相手になってくれましたし、フェオルもよくしてくれていました」
「そうか。やはり二人に迎えを頼んで正解だったな」
アーヴェントはほっとした表情を浮かべていた。アナスタシアに確認する程、気になっていたことだったのだろう。相手の以外な反応にアナスタシアの心臓がトクンと小さく鳴る。
「お話の途中で失礼いたします。温かいお飲み物です」
良いタイミングを計ってくれたのだろう。ゾルンが二人の横から飲み物が入ったカップをソーサーに乗せてテーブルの上に置いてくれた。湯気がたっており、とてもいい色をしていた。
(とてもいい薔薇の香り……)
先にアーヴェントがカップを持ち上げて口をつける。それを見てからアナスタシアもカップを手に取り口をつけた。乾いた喉に潤いを感じ、温かさが心地よかった。
「とても美味しいです」
ほわっと柔らかい表情を浮かべたアナスタシアにアーヴェントが話しかける。
「気にいってもらえて良かった。庭園で育てている薔薇で作った我が家の逸品なんだ。その道に精通した者の自信作だと振れ込むようにいつも言われているのさ」
「! 庭園に薔薇が咲いているんですね」
かつてのミューズ家の自慢の庭園にも綺麗な薔薇が咲いていたことを思い出したアナスタシアはその話にかなり興味を持ったようだ。相手もそれがわかったようで、優しく笑いかける。
「なら庭園にはまた改めて二人で行こうか」
そのアーヴェントの柔らかい表情に再び、アナスタシアの心臓が小さくトクン、と鳴った。
「は、はい……」
会話が弾んできたちょうどその時、コンコン―と部屋の扉がノックされた。ゾルンが扉の前まで歩いていき、軽く片方の扉を開けてノックをした者の顔を確認する。ふっと笑いを押し殺すような反応をした後、アーヴェントの元に近づく。
「アーヴェント様、ラストが参りました」
「そうか。中に通してくれ」
「かしこまりました」
許可を得ると、ゾルンが扉を開ける。と同時にとても明るく元気な声が部屋に響き渡る。
「もう、初めての顔合わせだというのにご主人様はお話が長すぎますよっ。お相手様は長旅でお疲れなんですからちゃんと気を使っていただかないと」
部屋に入って来たのは先ほど玄関先でみたメイド姿の女性たちよりも露出が高いメイド服を着こなし、黒髪にポニーテールを携えた女性だった。右耳にはピンクの小さなピアスが光っていた。ずいずいとアーヴェントやゾルンの前を通り過ぎると椅子に腰かけていたアナスタシアのすぐ真横に立ち、目線を合わせるために屈んでくれた。背後からアーヴェントが詫びの言葉を口にする。
「それは済まなかったよ、ラスト」
「わかって頂ければ良いですよっ。ではアナスタシア様。お話はこの辺にしてまずは旅の疲れを洗い流しちゃいましょう」
「え、えっと……」
「大丈夫ですよ。ご主人様はいつまでも待ってくださいますから。ささ、ご案内いたします」
(と、とっても勢いのあるメイドさんね……とても待ってなんて言えないわ……)
ラストと呼ばれているメイドの女性の勢いに流されるように、アナスタシアは椅子から立ち上がるとそのまま部屋の外に連れ出されていくのだった。
「オースティン公爵様。お初にお目にかかります。アナスタシア・ミューズと申します」
「……」
相手は黙ってこちらをじっと見つめていた。短い沈黙の間にアナスタシアは不安に襲われていた。
(何か粗相をしてしまったかしら……)
「アーヴェント様、そんなに凝視されていたらアナスタシア様が萎縮されてしまいますよ」
ゾルンの言葉にアーヴェントはハッとして目線を軽く逸らす。不安にかられていたアナスタシアもその言葉に助けられたようでほっと肩の力が抜ける。
「すまない。気を悪くさせてしまったなら謝罪しよう」
「い、いえ。大丈夫です」
その場を仕切り直すかのようにアーヴェントが軽く咳払いをする。そして穏やかな声色でアナスタシアに言葉を掛けた。
「改めて名乗らせてもらおう。このオースティン家の主でもある、アーヴェント・オースティンだ」
アナスタシアは改めて一礼する。先ほどよりも雰囲気がよくなったのか、両の深紅の目で見られても威圧感を感じなくなっていた。こちらも相手のことを見つめながら色々と思う所があった。
(吸い込まれそうになる両の深紅の瞳……背も高くてすらっとしたお身体……初めてお会いしたけれど、この方が吸血鬼として恐れられているなんて私にはとても思えない……)
「立ち話もなんだな。遠路はるばる来てくれて疲れているだろうし、座って話をしようか」
「はい。ありがとうございます」
テーブルを挟んで二人が椅子に腰かける。アナスタシアの椅子はゾルンがそっと引いてくれた。ふとアナスタシアがアーヴェントの方を見ると、ゾルンのことをじっと見ていた。
「アーヴェント様」
「あ、ああ。ゾルン、何か飲み物を貰えるかな」
「かしこまりました。ではしばらくお二人でご歓談ください」
そう言ってゾルンが席を外す。いきなり二人きりになったことでアナスタシアは俯きそうになるが、相手からすぐに言葉が掛けられる。
「ここまでくる道中で何かこちらに不手際などはなかっただろうか」
「はい。とても快適でした。車内ではゾルンが話し相手になってくれましたし、フェオルもよくしてくれていました」
「そうか。やはり二人に迎えを頼んで正解だったな」
アーヴェントはほっとした表情を浮かべていた。アナスタシアに確認する程、気になっていたことだったのだろう。相手の以外な反応にアナスタシアの心臓がトクンと小さく鳴る。
「お話の途中で失礼いたします。温かいお飲み物です」
良いタイミングを計ってくれたのだろう。ゾルンが二人の横から飲み物が入ったカップをソーサーに乗せてテーブルの上に置いてくれた。湯気がたっており、とてもいい色をしていた。
(とてもいい薔薇の香り……)
先にアーヴェントがカップを持ち上げて口をつける。それを見てからアナスタシアもカップを手に取り口をつけた。乾いた喉に潤いを感じ、温かさが心地よかった。
「とても美味しいです」
ほわっと柔らかい表情を浮かべたアナスタシアにアーヴェントが話しかける。
「気にいってもらえて良かった。庭園で育てている薔薇で作った我が家の逸品なんだ。その道に精通した者の自信作だと振れ込むようにいつも言われているのさ」
「! 庭園に薔薇が咲いているんですね」
かつてのミューズ家の自慢の庭園にも綺麗な薔薇が咲いていたことを思い出したアナスタシアはその話にかなり興味を持ったようだ。相手もそれがわかったようで、優しく笑いかける。
「なら庭園にはまた改めて二人で行こうか」
そのアーヴェントの柔らかい表情に再び、アナスタシアの心臓が小さくトクン、と鳴った。
「は、はい……」
会話が弾んできたちょうどその時、コンコン―と部屋の扉がノックされた。ゾルンが扉の前まで歩いていき、軽く片方の扉を開けてノックをした者の顔を確認する。ふっと笑いを押し殺すような反応をした後、アーヴェントの元に近づく。
「アーヴェント様、ラストが参りました」
「そうか。中に通してくれ」
「かしこまりました」
許可を得ると、ゾルンが扉を開ける。と同時にとても明るく元気な声が部屋に響き渡る。
「もう、初めての顔合わせだというのにご主人様はお話が長すぎますよっ。お相手様は長旅でお疲れなんですからちゃんと気を使っていただかないと」
部屋に入って来たのは先ほど玄関先でみたメイド姿の女性たちよりも露出が高いメイド服を着こなし、黒髪にポニーテールを携えた女性だった。右耳にはピンクの小さなピアスが光っていた。ずいずいとアーヴェントやゾルンの前を通り過ぎると椅子に腰かけていたアナスタシアのすぐ真横に立ち、目線を合わせるために屈んでくれた。背後からアーヴェントが詫びの言葉を口にする。
「それは済まなかったよ、ラスト」
「わかって頂ければ良いですよっ。ではアナスタシア様。お話はこの辺にしてまずは旅の疲れを洗い流しちゃいましょう」
「え、えっと……」
「大丈夫ですよ。ご主人様はいつまでも待ってくださいますから。ささ、ご案内いたします」
(と、とっても勢いのあるメイドさんね……とても待ってなんて言えないわ……)
ラストと呼ばれているメイドの女性の勢いに流されるように、アナスタシアは椅子から立ち上がるとそのまま部屋の外に連れ出されていくのだった。