吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
84 一方リュミエール城では⑤
「レイヴン! どうなっているのだ!? なんだ、このふざけた内容の手紙は!?」
話は少し遡る。場所はハンスがシリウス王、アルトリア王妃達を軟禁した後、新たにリュミエール城内に用意させた執務室だ。その執務机が右手で叩かれ、大きな音が広い部屋に響き渡る。傍らには冷や汗を額に浮かべたレイヴンの姿があった。
「ハンス殿下、落ち着いてください……っ」
「これが落ち着いてられるものか! ここに記されていることは事実なのか!?」
ハンスの左手にはシェイド王国のアルク王からの親書が強く握られていた。そこにはアーヴェントがアナスタシアに説明した通り、婚約の証書に記された事項の内容とその効力が記されていた。更に、先にアルク王に送ったリュミエール王国の代表としてアナスタシアを帰国させるように要求した親書へのはっきりとした否定の文が添えられていた。
「は、はい……ここにオースティン家と交わした婚約の証書の控えがあります。その最後の方にある項目に同じ内容が記されており……アルク陛下の直筆の署名を添えられておりました……まさかこんなものが記されているとは……今まで気付きませんでした」
冷や汗を拭いながら低い物腰でレイヴンが呟く。その姿を見て、更にハンスは激昂する。いや、よく見るとハンスもその額に冷や汗を掻き始めていた。
「どうするのだ!? これではアナスタシアを取り戻すことが出来ないではないか! せっかくラスター公爵への嫌疑によって父上を軟禁しているというのに……肝心の『神の愛娘』がオレの手中に収まらないのでは話にならん!!」
予期せぬ事態を迎えたハンスには焦りが見え始めていた。レイヴンに乗せられ調子にのった彼は気持ちが大きくなり今回の行動に出たが、小心者である本性が出てしまっていた。
せっかくここまで引き込んだハンスが弱気になっていることにレイヴンは焦っていた。これでは娘であるフレデリカを妃にし、王となったハンスを影で操りこの国を支配しようという自らの野望に支障が及ぶことになるからだ。
「……殿下、落ち着いてください。まだ手はあります」
先程まで冷や汗を掻いていたレイヴンの顔つきが変わる。以前よりも更に邪悪な表情を浮かべ、口元も吊り上がっていた。それにハンスは気圧される。
「ど、どうすればいいのだ……? どうすれば『神の愛娘』を俺の手中に収めることが出来るというのだ……?」
気が小さくなったハンスを見てレイヴンはニヤリと笑みを浮かべる。
「婚約の証書も、シェイド王の親書も今となってはどうでも良いことです」
「ど……どういうことだ?」
ハンスは思わず生唾を呑み込む。
「要するにアナスタシアが自らこのリュミエール王国に、我がミューズ家に帰りたいと願い出ればいいのです。そこにシェイド王の意思は関係ありません。アナスタシアが自分から生まれ育った国に……ミューズ家に帰りたいと口にすれば良いのですからな」
邪悪な表情を浮かべながら、邪悪な言葉をレイヴンは口にする。その目には大きな野心が浮かびあがっていた。
「アナスタシア自ら……? どういう意味だ、レイヴン」
ハンスの言葉を聞いて再びレイヴンはニヤリと笑ってみせる。
「アナスタシアの帰る場所を失くしてしまえばいいのです」
「帰る場所を……失くす? オースティン家には召喚状を送ったが、もう意味はないだろう?」
邪悪な表情のまま、レイヴンは顔を左右に振り言葉が続く。
「そのオースティン家の者達を亡き者にすればいいのです……そうすればアナスタシアは我がミューズ家に帰ってくるしかなくなります。アナスタシアをシェイド王国にとどめさせているのはオースティン家……そして婚約者であるアーヴェント・オースティン公爵なのですからな」
「!?」
彼の言葉を聞いたハンスは目が飛び出す程に驚いていた。レイヴンの口からそこまでおぞましい言葉が発せられるとは思っていなかったのだろう。
「れ、レイヴン……お前は何を言って……」
「殿下、貴方はこれからこのリュミエール王国の新たな王となるお人なのです。その貴方が弱腰でどうするのですか?! これは貴方の未来のために必要なことなのですぞ」
「だ、だが……」
ハンスは本性である小心者ぶりを見せ、オドオドと目を泳がせる。まさかそこまでのことをしようとは思ってもみなかったのだろう。だが、レイヴンの甘言は続く。
「何を躊躇しているのですか、殿下。王たる者、時にはその手を鮮血に染めることも辞さない覚悟でなければ国は収められませんぞ!」
「!」
「殿下は何も心配しなくても良いのです。この私がついております」
「れ、レイヴン……」
レイヴンの言葉にハンスは扇動されつつあった。彼自身も玉座を望んでいたからだ。となれば、すがることが出来るのは目の前で邪悪な表情を浮かべる男以外にはいないと思ったのだろう。その哀れな姿を見たレイヴンはハンスが自分に篭絡したことを確信する。
「なあに……オースティン家には不幸な事故にあってもらうだけです。シェイド王国の賊がたまたま屋敷を襲い、オースティン公爵を含めた屋敷の者達を皆殺しにしてしまった……殿下はひとり残され悲しみにくれるアナスタシアに寛大な手を差し伸べるのです。そして生まれ育った我がミューズ家にあの娘を返して頂ければ良いのです」
不敵な笑みをレイヴンは浮かべる。
「そんなことが……可能なのか?」
「もちろんでございます。シェイド王国には私の見知ったその道に精通した者達がおりますゆえ……」
「レイヴン……まさかお前……ラスター公爵を……」
ハンスが何かに気付き、言葉を口にしようとする。だがレイヴンは口元に右手の人差し指を添えてそれを遮る。
「殿下は何も心配しなくていいのです。こんなこともあろうかと既にその者達にオースティン家を監視させております。私にお任せ頂ければ、玉座はおのずと貴方様の物ですぞ」
レイヴンの自信に満ちたその邪悪な目に魅せられたハンスの口元が引きつる。そしてそれは次第に邪悪な笑みへと変わっていく。完全に邪な心に染まっていた。
「ふ、ふふふ……それで俺は王になれるのだな」
「その通りでございます、殿下……いえ陛下」
「よし……俺は必ずアナスタシアを……いや、『神の愛娘』をこの手中に収めこの国の新たな王になってやるぞ! レイヴン、お前はこの国の宰相にしてやろう!」
「ありがたきお言葉、感謝致します」
この後、邪悪な笑い声が広い執務室に響き渡る。二人は邪悪な企みを決行するのだった。それを予期するかのように空には暗雲がたちこめ、執務室を大きな影が包み込んでいた。
話は少し遡る。場所はハンスがシリウス王、アルトリア王妃達を軟禁した後、新たにリュミエール城内に用意させた執務室だ。その執務机が右手で叩かれ、大きな音が広い部屋に響き渡る。傍らには冷や汗を額に浮かべたレイヴンの姿があった。
「ハンス殿下、落ち着いてください……っ」
「これが落ち着いてられるものか! ここに記されていることは事実なのか!?」
ハンスの左手にはシェイド王国のアルク王からの親書が強く握られていた。そこにはアーヴェントがアナスタシアに説明した通り、婚約の証書に記された事項の内容とその効力が記されていた。更に、先にアルク王に送ったリュミエール王国の代表としてアナスタシアを帰国させるように要求した親書へのはっきりとした否定の文が添えられていた。
「は、はい……ここにオースティン家と交わした婚約の証書の控えがあります。その最後の方にある項目に同じ内容が記されており……アルク陛下の直筆の署名を添えられておりました……まさかこんなものが記されているとは……今まで気付きませんでした」
冷や汗を拭いながら低い物腰でレイヴンが呟く。その姿を見て、更にハンスは激昂する。いや、よく見るとハンスもその額に冷や汗を掻き始めていた。
「どうするのだ!? これではアナスタシアを取り戻すことが出来ないではないか! せっかくラスター公爵への嫌疑によって父上を軟禁しているというのに……肝心の『神の愛娘』がオレの手中に収まらないのでは話にならん!!」
予期せぬ事態を迎えたハンスには焦りが見え始めていた。レイヴンに乗せられ調子にのった彼は気持ちが大きくなり今回の行動に出たが、小心者である本性が出てしまっていた。
せっかくここまで引き込んだハンスが弱気になっていることにレイヴンは焦っていた。これでは娘であるフレデリカを妃にし、王となったハンスを影で操りこの国を支配しようという自らの野望に支障が及ぶことになるからだ。
「……殿下、落ち着いてください。まだ手はあります」
先程まで冷や汗を掻いていたレイヴンの顔つきが変わる。以前よりも更に邪悪な表情を浮かべ、口元も吊り上がっていた。それにハンスは気圧される。
「ど、どうすればいいのだ……? どうすれば『神の愛娘』を俺の手中に収めることが出来るというのだ……?」
気が小さくなったハンスを見てレイヴンはニヤリと笑みを浮かべる。
「婚約の証書も、シェイド王の親書も今となってはどうでも良いことです」
「ど……どういうことだ?」
ハンスは思わず生唾を呑み込む。
「要するにアナスタシアが自らこのリュミエール王国に、我がミューズ家に帰りたいと願い出ればいいのです。そこにシェイド王の意思は関係ありません。アナスタシアが自分から生まれ育った国に……ミューズ家に帰りたいと口にすれば良いのですからな」
邪悪な表情を浮かべながら、邪悪な言葉をレイヴンは口にする。その目には大きな野心が浮かびあがっていた。
「アナスタシア自ら……? どういう意味だ、レイヴン」
ハンスの言葉を聞いて再びレイヴンはニヤリと笑ってみせる。
「アナスタシアの帰る場所を失くしてしまえばいいのです」
「帰る場所を……失くす? オースティン家には召喚状を送ったが、もう意味はないだろう?」
邪悪な表情のまま、レイヴンは顔を左右に振り言葉が続く。
「そのオースティン家の者達を亡き者にすればいいのです……そうすればアナスタシアは我がミューズ家に帰ってくるしかなくなります。アナスタシアをシェイド王国にとどめさせているのはオースティン家……そして婚約者であるアーヴェント・オースティン公爵なのですからな」
「!?」
彼の言葉を聞いたハンスは目が飛び出す程に驚いていた。レイヴンの口からそこまでおぞましい言葉が発せられるとは思っていなかったのだろう。
「れ、レイヴン……お前は何を言って……」
「殿下、貴方はこれからこのリュミエール王国の新たな王となるお人なのです。その貴方が弱腰でどうするのですか?! これは貴方の未来のために必要なことなのですぞ」
「だ、だが……」
ハンスは本性である小心者ぶりを見せ、オドオドと目を泳がせる。まさかそこまでのことをしようとは思ってもみなかったのだろう。だが、レイヴンの甘言は続く。
「何を躊躇しているのですか、殿下。王たる者、時にはその手を鮮血に染めることも辞さない覚悟でなければ国は収められませんぞ!」
「!」
「殿下は何も心配しなくても良いのです。この私がついております」
「れ、レイヴン……」
レイヴンの言葉にハンスは扇動されつつあった。彼自身も玉座を望んでいたからだ。となれば、すがることが出来るのは目の前で邪悪な表情を浮かべる男以外にはいないと思ったのだろう。その哀れな姿を見たレイヴンはハンスが自分に篭絡したことを確信する。
「なあに……オースティン家には不幸な事故にあってもらうだけです。シェイド王国の賊がたまたま屋敷を襲い、オースティン公爵を含めた屋敷の者達を皆殺しにしてしまった……殿下はひとり残され悲しみにくれるアナスタシアに寛大な手を差し伸べるのです。そして生まれ育った我がミューズ家にあの娘を返して頂ければ良いのです」
不敵な笑みをレイヴンは浮かべる。
「そんなことが……可能なのか?」
「もちろんでございます。シェイド王国には私の見知ったその道に精通した者達がおりますゆえ……」
「レイヴン……まさかお前……ラスター公爵を……」
ハンスが何かに気付き、言葉を口にしようとする。だがレイヴンは口元に右手の人差し指を添えてそれを遮る。
「殿下は何も心配しなくていいのです。こんなこともあろうかと既にその者達にオースティン家を監視させております。私にお任せ頂ければ、玉座はおのずと貴方様の物ですぞ」
レイヴンの自信に満ちたその邪悪な目に魅せられたハンスの口元が引きつる。そしてそれは次第に邪悪な笑みへと変わっていく。完全に邪な心に染まっていた。
「ふ、ふふふ……それで俺は王になれるのだな」
「その通りでございます、殿下……いえ陛下」
「よし……俺は必ずアナスタシアを……いや、『神の愛娘』をこの手中に収めこの国の新たな王になってやるぞ! レイヴン、お前はこの国の宰相にしてやろう!」
「ありがたきお言葉、感謝致します」
この後、邪悪な笑い声が広い執務室に響き渡る。二人は邪悪な企みを決行するのだった。それを予期するかのように空には暗雲がたちこめ、執務室を大きな影が包み込んでいた。