吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
85 旦那様からのお願いです
婚約の証書の秘密を明かされた後、アナスタシアは食堂でアーヴェントと昼食を共にしていた。ラストやナイト達も温かく迎えてくれた。食事の前に聞いた話では一連の事実を知っているのはこの屋敷の中ではアーヴェントとアナスタシア、メイ、そしてゾルン達七人の使用人たちだけという話だ。先程まで一緒だったゾルンの姿は食堂にはなかった。
今までよりも更に和やかな雰囲気の中で食事が進む。特に他の使用人達がざわついているのはアーヴェントとアナスタシアの仲が以前よりも一層深まったように見えたからだろう。
「やはりアナスタシアと一緒の食事は一際、料理が美味しく感じるな」
アーヴェントが優しく微笑む。全てのしがらみがなくなった今、その笑顔はアナスタシアの心をときめかせるには十分な威力を持ち合わせていた。顔を赤く染めたアナスタシアは食事の手を止めて俯く。
「私も……こうやってアーヴェント様と、そして皆と一緒に食事が出来ることが幸せです」
その様子をメイ達は見守っていた。
「やっぱりお二人はこうでなくちゃいけませんよねっ」
メイは心を弾ませるように身体を左右に振っていた。それを見てラストがクスっと笑う。
「メイ。こういう時は顔や身振りに出さずに目で楽しむのが一流の侍女ですよ」
「にゃるほどっ」
ポン、とメイは手を合わせる。
(もう……ラストもメイも私に聞こえるように話しているのね)
俯きながらアナスタシアは頬を軽く膨らませる。ラストやメイにはそれはご褒美のようで二人とも満面の笑みを浮かべていた。アーヴェントもそんなアナスタシアを見て満足げな様子だった。
食事が終わるとアーヴェントはアナスタシアに声を掛ける。
「アナスタシア。この後、まだ話があるんだ。悪いが一緒に執務室に来てくれるか?」
「はい。わかりました」
メイもアナスタシアの後ろをついていく。ラストは用があるということで先に食堂を出て行った。執務室に入ると中ではゾルンが三人を待っていた。
「お待ちしておりました、アーヴェント様」
「ゾルン、手配は済んだか?」
「はい。全て滞りなく済んでおります」
その言葉を聞いたアーヴェントは静かに頷く。アナスタシアをテーブルに備えられた椅子に座らせると反対側にアーヴェントが腰掛ける。ゾルンとメイはそれぞれの傍らに立つ。
「アナスタシアにはこれからしばらくの間、別邸で生活してもらおうと思う」
アーヴェントの言葉の意図がアナスタシアには理解出来たようだ。
「叔父様達の件と関係があるのですね」
「ああ、そうだ」
アーヴェントは少し前屈みになりアナスタシアのことを見つめながら説明を始める。
「アルク陛下や俺達の調べによってレイヴンがシェイド王国に暗躍する犯罪集団と接点があることが判明している。その犯罪集団は五年前のラスター公爵達の事故とも深く関わりを持っている」
(お父様達の事故の原因を作ったのが叔父様と……その犯罪集団……)
「恐らく、ハンス・リュミエールとレイヴンの元にはアルク王からの親書が届いている頃だ。それを見たハンス……いやレイヴンはその犯罪集団を使ってこの屋敷を襲わせるつもりだろう」
「にゃ!? お屋敷が襲撃されるってことですかっ?」
ハラハラした様子でメイが身体を震わせる。アナスタシアはそんなメイを落ち着かせるために優しく言葉を掛ける。
「大丈夫よ、メイ。アーヴェント様達にはちゃんと考えがあるのよ。そうですよね?」
「ああ。アナスタシアの言う通りだ」
アーヴェントと共にゾルンも頷いてみせる。
「今日の午後から屋敷の使用人達には暇を出した。数日の間、ゾルン達七人以外の使用人はこの屋敷から居なくなる。それに併せてアナスタシア達には別邸で生活をしていて欲しいというお願いだ。何も難しく考えることも、危険もない。安心して日々を過ごしていてくれ」
お願いの内容は理解したが、心配の表情を浮かべるアナスタシアは青と赤の瞳でアーヴェントを見つめる。
「アーヴェント様達は大丈夫なのですよね……?」
そんなアナスタシアにアーヴェントは微笑んでみせる。
「心配してくれてありがとう、アナスタシア。もちろん、大丈夫だ。俺達を信じてくれ」
自分を真っすぐに見つめる深紅の両の瞳を見て、アナスタシアの心は決まったようだ。
「……わかりました。アーヴェント様の言う通りに致します」
心が通った二人にはそれ以上の言葉は必要なかった。深まった絆がそうさせるのだろう。
「メイもわかりましたっ。お任せください!」
胸を張り、ポンっと右手を添えたメイも元気よく返事をする。メイもアナスタシアの言葉を信じている。つまりはそのアナスタシアがアーヴェント達を信じるというのだから落ち込む必要は何もないという考えに行きついたようだ。
「話はまとまったようですな」
アーヴェントの傍らに立っていたゾルンが丸眼鏡の位置をそっと直す仕草をする。彼も何も心配はない、という表情を浮かべていた。
すると、執務室の扉がノックされラストが一礼して中に入ってくる。どうやら用事は済んだようだ。
「お待たせ致しました、アーヴェント様」
「ああ、ラストもご苦労だな」
「いえいえ、とんでもございませんわ」
そう言いながらラストはアナスタシアとメイの方に目を向ける。二人の表情で大体のことは察しがついたようだ。笑みを浮かべながら静かに頷く。
「お話はもうお済になったようですね」
「ああ。予定通り、アナスタシア達には数日の間別邸で過ごしてもらうことになった」
アーヴェントの言葉を聞いたラストは両手をポンっと合わせると満面の笑みを浮かべる。
「そうでしたか。では早速、別邸にご案内致しますわね。こんなこともあろうかと、別邸にはアナスタシア様が快適にお過ごしいただけるように専用のお部屋をご用意いたしております」
「ありがとう、ラスト」
(みんな私の為に力を貸してくれている。私も私が出来ることをしなくちゃ)
「お褒めに預かり光栄ですわ」
ラストが明るく返事をする。
「話の最後になるが、一つアナスタシア達に話しておくことがある。どうか驚かないで聞いてくれ」
真剣な表情を浮かべるアーヴェントに傍らに立つゾルンが一言告げる。
「アーヴェント様。恐らく驚かないでくれ、というのには少々無理があるかと」
「私もそう思いますわ」
二人の視線と言葉がアーヴェントに刺さる。はは、と彼は苦笑する。その様子をアナスタシアとメイは不思議そうに見つめていた。アーヴェントは一度咳払いをすると仕切り直す。
「これから話すことは、ゾルン達七人の使用人についてだ」
「ゾルンやラストのことについて、ですか?」
アナスタシアは青と赤の両の瞳でアーヴェントの傍らに立つ二人に目を向ける。その視線に気づいたゾルンとラストはそれぞれ優しく微笑む。
「そうだ。今まで黙っていたが……実はゾルン達は……」
アーヴェントはそこでゾルン達に関わる事実をアナスタシア達に告げる。最初アナスタシアやメイも驚いていたが、ひとしきり話を聞いたアナスタシアは笑顔で返事をする。
「みんな今では私の家族ですから。私はゾルン達を信頼しています」
「メイもアナ様と同じ気持ちですっ」
ゾルンやラストもその言葉を聞いて穏やかな表情を浮かべていた。
「そうか。ありがとう」
アーヴェントが静かに感謝の言葉を口にする。そして全ての話が終わった所でラストが明るく声を掛けた。
「それでは、アナスタシア様。別邸に参りましょうか」
「ええ。わかったわ」
アナスタシアは立ち上がるとそっと椅子の横に移動し、こちらに向けられている優しい深紅の瞳を見つめながらカーテシーをしてみせる。まるで美しく咲いた花のようにアーヴェントの瞳には映っていた。
「それではアーヴェント様、どうかお気をつけて」
「ああ。ありがとう。メイもアナスタシアを頼むぞ」
「はい。お任せください、旦那様っ」
アナスタシアはラストについて執務室の扉の前までくると、もう一度礼をして部屋を出て行く。メイも同じくアナスタシアの後ろについて部屋を後にした。
別邸につくとラストは二階に設けたアナスタシア専用の寝室に案内してくれた。本邸の寝室と同じように白を基調にした綺麗な造りだ。料理長であるナイトも本邸からやってきてくれたようで二人に挨拶をしてくれた。
こうしてアナスタシアはメイと共に別邸でいつもと変わらない数日間を過ごすことになるのだった。
今までよりも更に和やかな雰囲気の中で食事が進む。特に他の使用人達がざわついているのはアーヴェントとアナスタシアの仲が以前よりも一層深まったように見えたからだろう。
「やはりアナスタシアと一緒の食事は一際、料理が美味しく感じるな」
アーヴェントが優しく微笑む。全てのしがらみがなくなった今、その笑顔はアナスタシアの心をときめかせるには十分な威力を持ち合わせていた。顔を赤く染めたアナスタシアは食事の手を止めて俯く。
「私も……こうやってアーヴェント様と、そして皆と一緒に食事が出来ることが幸せです」
その様子をメイ達は見守っていた。
「やっぱりお二人はこうでなくちゃいけませんよねっ」
メイは心を弾ませるように身体を左右に振っていた。それを見てラストがクスっと笑う。
「メイ。こういう時は顔や身振りに出さずに目で楽しむのが一流の侍女ですよ」
「にゃるほどっ」
ポン、とメイは手を合わせる。
(もう……ラストもメイも私に聞こえるように話しているのね)
俯きながらアナスタシアは頬を軽く膨らませる。ラストやメイにはそれはご褒美のようで二人とも満面の笑みを浮かべていた。アーヴェントもそんなアナスタシアを見て満足げな様子だった。
食事が終わるとアーヴェントはアナスタシアに声を掛ける。
「アナスタシア。この後、まだ話があるんだ。悪いが一緒に執務室に来てくれるか?」
「はい。わかりました」
メイもアナスタシアの後ろをついていく。ラストは用があるということで先に食堂を出て行った。執務室に入ると中ではゾルンが三人を待っていた。
「お待ちしておりました、アーヴェント様」
「ゾルン、手配は済んだか?」
「はい。全て滞りなく済んでおります」
その言葉を聞いたアーヴェントは静かに頷く。アナスタシアをテーブルに備えられた椅子に座らせると反対側にアーヴェントが腰掛ける。ゾルンとメイはそれぞれの傍らに立つ。
「アナスタシアにはこれからしばらくの間、別邸で生活してもらおうと思う」
アーヴェントの言葉の意図がアナスタシアには理解出来たようだ。
「叔父様達の件と関係があるのですね」
「ああ、そうだ」
アーヴェントは少し前屈みになりアナスタシアのことを見つめながら説明を始める。
「アルク陛下や俺達の調べによってレイヴンがシェイド王国に暗躍する犯罪集団と接点があることが判明している。その犯罪集団は五年前のラスター公爵達の事故とも深く関わりを持っている」
(お父様達の事故の原因を作ったのが叔父様と……その犯罪集団……)
「恐らく、ハンス・リュミエールとレイヴンの元にはアルク王からの親書が届いている頃だ。それを見たハンス……いやレイヴンはその犯罪集団を使ってこの屋敷を襲わせるつもりだろう」
「にゃ!? お屋敷が襲撃されるってことですかっ?」
ハラハラした様子でメイが身体を震わせる。アナスタシアはそんなメイを落ち着かせるために優しく言葉を掛ける。
「大丈夫よ、メイ。アーヴェント様達にはちゃんと考えがあるのよ。そうですよね?」
「ああ。アナスタシアの言う通りだ」
アーヴェントと共にゾルンも頷いてみせる。
「今日の午後から屋敷の使用人達には暇を出した。数日の間、ゾルン達七人以外の使用人はこの屋敷から居なくなる。それに併せてアナスタシア達には別邸で生活をしていて欲しいというお願いだ。何も難しく考えることも、危険もない。安心して日々を過ごしていてくれ」
お願いの内容は理解したが、心配の表情を浮かべるアナスタシアは青と赤の瞳でアーヴェントを見つめる。
「アーヴェント様達は大丈夫なのですよね……?」
そんなアナスタシアにアーヴェントは微笑んでみせる。
「心配してくれてありがとう、アナスタシア。もちろん、大丈夫だ。俺達を信じてくれ」
自分を真っすぐに見つめる深紅の両の瞳を見て、アナスタシアの心は決まったようだ。
「……わかりました。アーヴェント様の言う通りに致します」
心が通った二人にはそれ以上の言葉は必要なかった。深まった絆がそうさせるのだろう。
「メイもわかりましたっ。お任せください!」
胸を張り、ポンっと右手を添えたメイも元気よく返事をする。メイもアナスタシアの言葉を信じている。つまりはそのアナスタシアがアーヴェント達を信じるというのだから落ち込む必要は何もないという考えに行きついたようだ。
「話はまとまったようですな」
アーヴェントの傍らに立っていたゾルンが丸眼鏡の位置をそっと直す仕草をする。彼も何も心配はない、という表情を浮かべていた。
すると、執務室の扉がノックされラストが一礼して中に入ってくる。どうやら用事は済んだようだ。
「お待たせ致しました、アーヴェント様」
「ああ、ラストもご苦労だな」
「いえいえ、とんでもございませんわ」
そう言いながらラストはアナスタシアとメイの方に目を向ける。二人の表情で大体のことは察しがついたようだ。笑みを浮かべながら静かに頷く。
「お話はもうお済になったようですね」
「ああ。予定通り、アナスタシア達には数日の間別邸で過ごしてもらうことになった」
アーヴェントの言葉を聞いたラストは両手をポンっと合わせると満面の笑みを浮かべる。
「そうでしたか。では早速、別邸にご案内致しますわね。こんなこともあろうかと、別邸にはアナスタシア様が快適にお過ごしいただけるように専用のお部屋をご用意いたしております」
「ありがとう、ラスト」
(みんな私の為に力を貸してくれている。私も私が出来ることをしなくちゃ)
「お褒めに預かり光栄ですわ」
ラストが明るく返事をする。
「話の最後になるが、一つアナスタシア達に話しておくことがある。どうか驚かないで聞いてくれ」
真剣な表情を浮かべるアーヴェントに傍らに立つゾルンが一言告げる。
「アーヴェント様。恐らく驚かないでくれ、というのには少々無理があるかと」
「私もそう思いますわ」
二人の視線と言葉がアーヴェントに刺さる。はは、と彼は苦笑する。その様子をアナスタシアとメイは不思議そうに見つめていた。アーヴェントは一度咳払いをすると仕切り直す。
「これから話すことは、ゾルン達七人の使用人についてだ」
「ゾルンやラストのことについて、ですか?」
アナスタシアは青と赤の両の瞳でアーヴェントの傍らに立つ二人に目を向ける。その視線に気づいたゾルンとラストはそれぞれ優しく微笑む。
「そうだ。今まで黙っていたが……実はゾルン達は……」
アーヴェントはそこでゾルン達に関わる事実をアナスタシア達に告げる。最初アナスタシアやメイも驚いていたが、ひとしきり話を聞いたアナスタシアは笑顔で返事をする。
「みんな今では私の家族ですから。私はゾルン達を信頼しています」
「メイもアナ様と同じ気持ちですっ」
ゾルンやラストもその言葉を聞いて穏やかな表情を浮かべていた。
「そうか。ありがとう」
アーヴェントが静かに感謝の言葉を口にする。そして全ての話が終わった所でラストが明るく声を掛けた。
「それでは、アナスタシア様。別邸に参りましょうか」
「ええ。わかったわ」
アナスタシアは立ち上がるとそっと椅子の横に移動し、こちらに向けられている優しい深紅の瞳を見つめながらカーテシーをしてみせる。まるで美しく咲いた花のようにアーヴェントの瞳には映っていた。
「それではアーヴェント様、どうかお気をつけて」
「ああ。ありがとう。メイもアナスタシアを頼むぞ」
「はい。お任せください、旦那様っ」
アナスタシアはラストについて執務室の扉の前までくると、もう一度礼をして部屋を出て行く。メイも同じくアナスタシアの後ろについて部屋を後にした。
別邸につくとラストは二階に設けたアナスタシア専用の寝室に案内してくれた。本邸の寝室と同じように白を基調にした綺麗な造りだ。料理長であるナイトも本邸からやってきてくれたようで二人に挨拶をしてくれた。
こうしてアナスタシアはメイと共に別邸でいつもと変わらない数日間を過ごすことになるのだった。