吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
92 グリフじゃ。やれやれ困った奴らじゃの
屋敷の奥にある宝物庫に賊の姿があった。人数は二人だ。宝物庫の扉は施錠してあったが、見事に破られていた。おそらく、その点に精通した者達なのだろう。中に侵入した二人の賊は沢山ある棚の引き出しを開ける度に黄色い声を上げていた。
「おい、見ろよ。この宝石、相当な金になるぜ?」
「こっちもだ。さすが公爵家さまさまだな!」
この賊達は他の仲間たちが仕事をしている間に金目の物を奪う担当のようだ。準備していた麻袋に金目の物を次々と入れていく。
「なあ……こんなにあるんだからちょっとくらい、いいよな?」
「オレも同じことを考えてたんだ。いいからもらっちまおうぜ」
気分を良くした二人の賊が笑い声をあげる。麻袋だけではなく、自分達の懐にも入れ始める。そんな時、部屋の奥で何かの音が聞こえた。
ガサッ
「おい、今何か聞こえなかったか?」
「変なこというなよ、ここには立派な錠前で鍵が掛ってたんだぜ? 誰かが隠れるにしたって外側から鍵なんてかけないだろ」
確かに、と賊の一人は納得した様子をみせる。聞き間違えか、隙間風だったのだろう。二人は作業を再開する。すると部屋の奥からこちらに歩いてくる足音が二人の耳にはっきりと聞こえたのだ。
ザッザッ
「おい……!」
「お、オレにも聞こえた……!」
音からして地面に足を擦りながら歩く老人のような歩き方だ。二人の賊は棚から真ん中の通路を覗き込む。そこには腰を曲げた老年の男性の姿があった。右目には片眼鏡をはめ、白髪交じりの黒髪を携えている。
「やれやれ困った奴らじゃの。じゃが、あの錠前を破ってくるとは腕は確かなようじゃな」
顎の辺りに右手を添えながら、老年の男性は呟いた。幽霊ではないことがわかった賊達は通路に姿を見せる。二人ともナイフを取り出して、その男性に向ける。
「じ、じじい! お前一体どこから!?」
「ほっほっほ。ワシはこの屋敷で金庫番を務めているただの爺じゃよ」
老年の男性は軽く笑い声を上げる。恐らくは宝物庫に隠れたが、他の誰かによって鍵をかけられて出られなくなったのだろうと二人の賊は考えたようだ。そうではなければ、おかしい状況なのは確かだ。
「ちょうどいいぜ。おい、じじい! もっと高価なお宝があるなら、出せ!」
「さもないと、お前の命はないぜ!」
二人の賊は違和感を振り払うように声を上げ、じりじりと老年の男性に近づいてくる。男性は二人が手に持っていた麻袋に視線を移す。宝物を片っ端から詰め込んでいるようで、かなり重そうにみえる。
「麻袋いっぱいに宝を手にしたというのに、まだ求めるか……じゃが、ワシはお前達のような存在は嫌いではないのぉ」
「お前の好みを聞いてんじゃねえよ!」
「さっさと案内しろ!」
笑う男性に賊達が近づいていくと、突然抱えていた麻袋が震えだした。
「な、なんだ!?」
「どうしたってんだ!?」
驚いた二人はそれぞれの麻袋を床に放り投げる。絶えず麻袋はごそごそと動いていた。男性が一言呟いた。
「ほっほっほ、活きのいい『欲』じゃの」
男性がそう呟くと麻袋の中から詰め込んだ宝物が次々と飛び出す。床に散らばった宝物たちは宙に浮くと、瞬く間にくっつき始めた。そしてそれは人間の姿を形どり、糸に吊られたようにゆっくりと浮き上がったのだ。
「ひ……っ!?」
「な……なんなんだ、これは!?」
二人の賊はその異様な光景を見て、激しく動揺していた。その二人の賊に宝で出来た人形たちが近づいてくる。
「こ、こっちにくるなっ!」
「ひぃぃ!」
二人はナイフを振り回して威嚇するが、向こうは止まる気配はない。顔の輪郭はあるにはあるが、目があるわけでも表情が見えるわけでもない。ただただ異質な存在が近づいて来ていた。二人の賊の顔は瞬く間に青ざめていく。悲鳴を上げながら、宝物庫の入り口へと駆け出す。
だが、扉は開かない。叩いても体当たりしてもビクともしない。
「な、なんで開かねえんだよ!?」
「お、オレが知るかよ! ち、近づいてくるぅ!!」
扉を背にした二人の賊は宝で出来た異質な人形に追い詰められていた。その後方で老年の男性は高笑いを上げていた。
「ほっほっほ。そいつらはお前さん達の宝に対する『欲』から生まれた存在じゃよ。そいつらからしたら、お前さん達のほうがよほど珍しいのじゃろうて。麻袋につめたい程にのぉ」
「ひ……オレ達を宝物だと思ってるっていうのかよ!?」
「じ、じじい……お、お前一体……!?」
力が抜け、扉に寄りかかるように二人の賊が口元を震わせながら声をあげる。
「ワシはグリフ。『強欲』を司る精霊じゃ。なあに、お前さん達のような欲深い輩を見るのが楽しみなただの爺じゃよ」
その言葉と同時に宝で出来た異質な人形たちは賊達に手を伸ばす。大きな悲鳴が宝物庫に響き渡った。
しばらくの間の後、宝物庫の床には大量の宝物が散らばっていた。賊達は麻袋を頭からかぶり、気を失っていた。グリフは床に落ちていた宝石の一つを拾い上げると呟いた。
「人間も魔族も欲にまみれた存在。欲は素直でいい……唯一ワシが信頼できる感情じゃて。己の内にある欲望に勝てる者などおらんということじゃ。……さて、ワシは部屋に戻って金の勘定でもしようかのぉ」
右目の片眼鏡にグリフは軽く手を添えながら呟いた。すると次の瞬間グリフも、賊達も今まで散らばっていた宝達も忽然と姿を消したのだった。
まるで最初から何も起きていなかったのように静寂だけが宝物庫に漂っていた。
「おい、見ろよ。この宝石、相当な金になるぜ?」
「こっちもだ。さすが公爵家さまさまだな!」
この賊達は他の仲間たちが仕事をしている間に金目の物を奪う担当のようだ。準備していた麻袋に金目の物を次々と入れていく。
「なあ……こんなにあるんだからちょっとくらい、いいよな?」
「オレも同じことを考えてたんだ。いいからもらっちまおうぜ」
気分を良くした二人の賊が笑い声をあげる。麻袋だけではなく、自分達の懐にも入れ始める。そんな時、部屋の奥で何かの音が聞こえた。
ガサッ
「おい、今何か聞こえなかったか?」
「変なこというなよ、ここには立派な錠前で鍵が掛ってたんだぜ? 誰かが隠れるにしたって外側から鍵なんてかけないだろ」
確かに、と賊の一人は納得した様子をみせる。聞き間違えか、隙間風だったのだろう。二人は作業を再開する。すると部屋の奥からこちらに歩いてくる足音が二人の耳にはっきりと聞こえたのだ。
ザッザッ
「おい……!」
「お、オレにも聞こえた……!」
音からして地面に足を擦りながら歩く老人のような歩き方だ。二人の賊は棚から真ん中の通路を覗き込む。そこには腰を曲げた老年の男性の姿があった。右目には片眼鏡をはめ、白髪交じりの黒髪を携えている。
「やれやれ困った奴らじゃの。じゃが、あの錠前を破ってくるとは腕は確かなようじゃな」
顎の辺りに右手を添えながら、老年の男性は呟いた。幽霊ではないことがわかった賊達は通路に姿を見せる。二人ともナイフを取り出して、その男性に向ける。
「じ、じじい! お前一体どこから!?」
「ほっほっほ。ワシはこの屋敷で金庫番を務めているただの爺じゃよ」
老年の男性は軽く笑い声を上げる。恐らくは宝物庫に隠れたが、他の誰かによって鍵をかけられて出られなくなったのだろうと二人の賊は考えたようだ。そうではなければ、おかしい状況なのは確かだ。
「ちょうどいいぜ。おい、じじい! もっと高価なお宝があるなら、出せ!」
「さもないと、お前の命はないぜ!」
二人の賊は違和感を振り払うように声を上げ、じりじりと老年の男性に近づいてくる。男性は二人が手に持っていた麻袋に視線を移す。宝物を片っ端から詰め込んでいるようで、かなり重そうにみえる。
「麻袋いっぱいに宝を手にしたというのに、まだ求めるか……じゃが、ワシはお前達のような存在は嫌いではないのぉ」
「お前の好みを聞いてんじゃねえよ!」
「さっさと案内しろ!」
笑う男性に賊達が近づいていくと、突然抱えていた麻袋が震えだした。
「な、なんだ!?」
「どうしたってんだ!?」
驚いた二人はそれぞれの麻袋を床に放り投げる。絶えず麻袋はごそごそと動いていた。男性が一言呟いた。
「ほっほっほ、活きのいい『欲』じゃの」
男性がそう呟くと麻袋の中から詰め込んだ宝物が次々と飛び出す。床に散らばった宝物たちは宙に浮くと、瞬く間にくっつき始めた。そしてそれは人間の姿を形どり、糸に吊られたようにゆっくりと浮き上がったのだ。
「ひ……っ!?」
「な……なんなんだ、これは!?」
二人の賊はその異様な光景を見て、激しく動揺していた。その二人の賊に宝で出来た人形たちが近づいてくる。
「こ、こっちにくるなっ!」
「ひぃぃ!」
二人はナイフを振り回して威嚇するが、向こうは止まる気配はない。顔の輪郭はあるにはあるが、目があるわけでも表情が見えるわけでもない。ただただ異質な存在が近づいて来ていた。二人の賊の顔は瞬く間に青ざめていく。悲鳴を上げながら、宝物庫の入り口へと駆け出す。
だが、扉は開かない。叩いても体当たりしてもビクともしない。
「な、なんで開かねえんだよ!?」
「お、オレが知るかよ! ち、近づいてくるぅ!!」
扉を背にした二人の賊は宝で出来た異質な人形に追い詰められていた。その後方で老年の男性は高笑いを上げていた。
「ほっほっほ。そいつらはお前さん達の宝に対する『欲』から生まれた存在じゃよ。そいつらからしたら、お前さん達のほうがよほど珍しいのじゃろうて。麻袋につめたい程にのぉ」
「ひ……オレ達を宝物だと思ってるっていうのかよ!?」
「じ、じじい……お、お前一体……!?」
力が抜け、扉に寄りかかるように二人の賊が口元を震わせながら声をあげる。
「ワシはグリフ。『強欲』を司る精霊じゃ。なあに、お前さん達のような欲深い輩を見るのが楽しみなただの爺じゃよ」
その言葉と同時に宝で出来た異質な人形たちは賊達に手を伸ばす。大きな悲鳴が宝物庫に響き渡った。
しばらくの間の後、宝物庫の床には大量の宝物が散らばっていた。賊達は麻袋を頭からかぶり、気を失っていた。グリフは床に落ちていた宝石の一つを拾い上げると呟いた。
「人間も魔族も欲にまみれた存在。欲は素直でいい……唯一ワシが信頼できる感情じゃて。己の内にある欲望に勝てる者などおらんということじゃ。……さて、ワシは部屋に戻って金の勘定でもしようかのぉ」
右目の片眼鏡にグリフは軽く手を添えながら呟いた。すると次の瞬間グリフも、賊達も今まで散らばっていた宝達も忽然と姿を消したのだった。
まるで最初から何も起きていなかったのように静寂だけが宝物庫に漂っていた。