吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
93 ゾルンと申します。お戯れが過ぎましたね
屋敷の二階にある当主の執務室に賊の副長の姿があった。そして今まさに部屋の中にいた使用人の男性とにらみ合っていた。短い白髪、恰幅のいい身体つき、綺麗に着こなした執事服。そして両手にはめた白い手袋。賊を前にしても落ち着いた態度からして、使用人の中でも格上ということに副長は気づいていた。
「オレが部屋に入って来ても動じない所やその態度からして、アンタ使用人の中でも格が高いだろ?」
使用人の男性はほう、という仕草を見せたあと頷く。
「貴方の仰る通り、この屋敷では執事長を任されております。失礼ですが、こんな夜分遅くの訪問は予定にはないはずなのですが」
副長は執事長だという男性の言葉を聞いて、鼻で笑ってみせる。
「ハッ。よくもまあそんな落ち着いて嘘がつけるもんだな。どうやったかは知らないが、屋敷には人気がない。事前に予測してなきゃ、こんな真似は出来ないってこった」
「なるほど。貴方もそちら側では格が高いお方だとお見受け致しました。恐らくは……頭の右腕、と言ったところでしょうか」
賊の副長は顔に右手の掌を当てながら高笑いを上げる。
「こりゃ、参ったね。そこまでお見通しとは……執事長で一生を終えるには惜しい人材かもな」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
男性は深く礼をしてみせる。再び副長は鼻で笑う。
「ここは一つ、取引といこうじゃないか。執事長さんよぉ?」
「お話は聞かせて頂きましょうか」
「簡単な話さ。オレ達はこの家に嫁いできたご令嬢様を探してる。アンタ、どうせ居場所も知ってるんだろ? オレは頭と違って出来ることなら穏便に事を終わらせたいと思ってるんだ」
ふむ、と男性は顎のあたりに右手を添えて提案をしている相手の方を見つめていた。
「そのご令嬢だけ頂ければ、他の奴には手を出さないと此処で約束するよ。依頼人もまさかご令嬢の命までは取るきはないはずさ。いい折衷案だろ?」
「なるほど。貴方の提案が本当だとすると、誰も傷つくことはないということですね」
男性は副長の提示した条件を理解したようで頷いてみせる。
「ああ、そうさ。誰も傷つくことはない、一番いい方法だと思うぜ?」
そう言葉を口にした後、副長は何やらぶつぶつと呟き始める。その時、男性の方が白い手袋をはめた右手を口元に当てながらクスっと笑う。
「先程、貴方は私のことを嘘つきだと仰いましたね。ですが……その言葉、そのままお返ししてもよろしいでしょうか」
目を細めながら男性は相手に言葉を掛ける。すると副長が高笑いを上げる。
「はっはっは! そこまでお見通しだったのかい、執事長さんよぉ! だが、嘘はお互い様だろ!? それにもうオレの準備は終わった。こんな茶番もここまでだ!」
副長の足元に魔法陣が展開される。先程の呟きは魔法の詠唱だったようだ。両手を大きく開きながら高笑いを上げる副長は魔法を放った。
「……!」
「凍りつけ!!」
副長を中心に凄まじい冷気が部屋の中に吹き荒れる。瞬くまに当たりの物は氷ついていく。もちろん至近距離で魔法を放たれた男性も全身を氷で包まれてしまった。副長は本性をあらわにする。
「ひゃっはっは!! 誰も傷つけないなんて嘘に決まってるだろうが?! オレ達はその道のプロだぜ? 元々、頭からも言われてるんだ。標的の令嬢以外は何をしてもかまわないってなぁ!? ってもう氷づけになってるから答えることも出来ないけどな。ひゃっはっは!」
副長はお腹を抱えながら高笑いを上げ、氷づけになった男性を数回蹴る。その時、部屋の中に声が響いた。
『なるほど……氷魔法の使い手でしたか。これはおみそれ致しました』
「!? なんだ、この声は……!?」
辺りを見渡すが自分と氷漬けになった男性以外、氷ついた部屋には誰の姿もない。そればかりかその声は自分の頭の中に直接語り掛けてきていた。耳を閉じても声が聞こえるのだ。
『詠唱、そして魔法の展開の速さも中々のものでしたね。さすが組織の右腕と呼ばれるだけはありますな』
「な……なんだこれは!? 頭の中にあの執事長の声が響く……だが、アイツはオレの目の前で氷漬けに……ひ!?」
副長はあることに気付く。目の前で氷漬けになっているはずの男性が瞬きをしたのだ。すると男性の周りの氷が煙を出しながらゆっくりと溶けていく。溶けているにも関わらず水滴の一つも床には落ちていない。それどころか、男性には濡れた後もなければ霜一つ残ってはいなかったのだ。
「なるほどなるほど……氷漬けになる経験など、今までありませんでしたからな。これは良い経験になりました」
副長は顔から血の気が引いていく。目の前で明らかに異様なことが起きているからだ。凍らせたはずの相手の声が聞こえ、その相手は氷漬けになりながら瞬きをし、その氷でさえ煙のように目の前で消え失せたのだから。
「な……何が起こってる……? 魔法の詠唱も発動にも問題はなかったはず……な、なんでこんなことが……」
男性は氷漬けになった際にずれた丸眼鏡を白い手袋をはめた両手で元の位置に戻しながら、呟いた。
「強いて申し上げれば……相性が悪かった、ということですかな」
「あ……相性……っ?」
引きつった顔を浮かべた副長の声は裏返っていた。男性の異様さに気圧されていたのだ。
「さて、では答え合わせを致しましょうか」
そう言いながら男性は両手にはめた白い手袋をゆっくりと外す。すると副長が声をあげる。
「ひっ……?」
真っ白な手袋を外すと、魔族でも人間でもない異様な形をした手が姿を現したのだ。そして男性は右手を副長の方に差し出し、その掌をゆっくりと開く。すると一瞬で紅蓮の炎が吹き上がり、部屋中の氷を溶かしていく。
「え、詠唱もなしに炎の魔法だと!?」
炎にまかれた副長は口を押さえながらも、ひどく混乱している様子だ。
「魔法ではございません。私が炎を出したまでのことでございます」
「な、何を可笑しなことを言ってるんだ……魔法も使わずに炎を出すなんて……そんなこと出来るわけがないだろ!」
「申し訳ありませんが、私にはそれが出来てしまうのですよ」
その言葉を聞いて黒いローブの隙まから副長は大量の汗を流していた。炎の熱さで、ではない。凍り付くような背筋の冷たさからだ。さらに異様なことに、炎につつまれているはずの机の上の書類などは一切燃えていないのだ。棚なども原型を留めている。
「な、何がどうなっているんだ……?!」
周りを大きな動作で副長が見回す。その時、目の前の男性がゆっくりと口を開いた。
「炎の色は何色だとお考えですか?」
自らの足元にも炎が広がっているにも関わらず、男性は顔色一つ変えることなく副長の目をみつめてきた。副長は声を震わせながら答える。
「あ……赤に決まってるだろっ」
「残念、不正解ですね」
男性はそう告げると今度は左手の掌を前方でゆっくりと開く。すると先程まで赤色だった炎が青色へと変わっていく。
「青色の炎!?」
「高温になった炎はこうして青色になるのですよ」
淡々とした様子で男性が言葉を口にする。それと同時に青い炎は副長を包み込む。それまで温度を感じていなかったはずだが、全身を焼かれる熱さと痛みが襲って来たのだ。
「あ、熱い!! ぎゃああああ!!」
青い炎に包まれた副長は床に倒れ込み、火中に飛び込んできた羽虫のようにもだえ苦しむ。すると次の瞬間、部屋中に広がった青い炎は一瞬で消え失せる。副長は既に気を失っていた。男性は白い手袋を再び両手につけると、静かに口を開く。
「ご安心ください。全てはただの幻覚です。私が本当に力を出してしまうと、このお屋敷ごと燃え尽きてしまいますので」
男性はまるで冗談を言うかのように笑顔でその言葉を告げる。
「そういえばまだ名乗っておりませんでしたね。私はゾルンと申します。『憤怒』を司る精霊です。今回の件はお戯れが過ぎましたね」
ゾルンは溜め息を軽く吐く。
「と言っても、もう聞こえてはおりませんかな。刹那ですが地獄の業火を味わって頂いたのですからね」
ふふ、と顎の辺りに白い手袋をはめた右手を添えながらゾルンは笑ってみせる。そして執事服の袖のあたりの埃を払う仕草をした後に一言呟いた。
「さて、他の者達の所も済んだ様子ですな。ご主人様、後はお任せいたします」
「オレが部屋に入って来ても動じない所やその態度からして、アンタ使用人の中でも格が高いだろ?」
使用人の男性はほう、という仕草を見せたあと頷く。
「貴方の仰る通り、この屋敷では執事長を任されております。失礼ですが、こんな夜分遅くの訪問は予定にはないはずなのですが」
副長は執事長だという男性の言葉を聞いて、鼻で笑ってみせる。
「ハッ。よくもまあそんな落ち着いて嘘がつけるもんだな。どうやったかは知らないが、屋敷には人気がない。事前に予測してなきゃ、こんな真似は出来ないってこった」
「なるほど。貴方もそちら側では格が高いお方だとお見受け致しました。恐らくは……頭の右腕、と言ったところでしょうか」
賊の副長は顔に右手の掌を当てながら高笑いを上げる。
「こりゃ、参ったね。そこまでお見通しとは……執事長で一生を終えるには惜しい人材かもな」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
男性は深く礼をしてみせる。再び副長は鼻で笑う。
「ここは一つ、取引といこうじゃないか。執事長さんよぉ?」
「お話は聞かせて頂きましょうか」
「簡単な話さ。オレ達はこの家に嫁いできたご令嬢様を探してる。アンタ、どうせ居場所も知ってるんだろ? オレは頭と違って出来ることなら穏便に事を終わらせたいと思ってるんだ」
ふむ、と男性は顎のあたりに右手を添えて提案をしている相手の方を見つめていた。
「そのご令嬢だけ頂ければ、他の奴には手を出さないと此処で約束するよ。依頼人もまさかご令嬢の命までは取るきはないはずさ。いい折衷案だろ?」
「なるほど。貴方の提案が本当だとすると、誰も傷つくことはないということですね」
男性は副長の提示した条件を理解したようで頷いてみせる。
「ああ、そうさ。誰も傷つくことはない、一番いい方法だと思うぜ?」
そう言葉を口にした後、副長は何やらぶつぶつと呟き始める。その時、男性の方が白い手袋をはめた右手を口元に当てながらクスっと笑う。
「先程、貴方は私のことを嘘つきだと仰いましたね。ですが……その言葉、そのままお返ししてもよろしいでしょうか」
目を細めながら男性は相手に言葉を掛ける。すると副長が高笑いを上げる。
「はっはっは! そこまでお見通しだったのかい、執事長さんよぉ! だが、嘘はお互い様だろ!? それにもうオレの準備は終わった。こんな茶番もここまでだ!」
副長の足元に魔法陣が展開される。先程の呟きは魔法の詠唱だったようだ。両手を大きく開きながら高笑いを上げる副長は魔法を放った。
「……!」
「凍りつけ!!」
副長を中心に凄まじい冷気が部屋の中に吹き荒れる。瞬くまに当たりの物は氷ついていく。もちろん至近距離で魔法を放たれた男性も全身を氷で包まれてしまった。副長は本性をあらわにする。
「ひゃっはっは!! 誰も傷つけないなんて嘘に決まってるだろうが?! オレ達はその道のプロだぜ? 元々、頭からも言われてるんだ。標的の令嬢以外は何をしてもかまわないってなぁ!? ってもう氷づけになってるから答えることも出来ないけどな。ひゃっはっは!」
副長はお腹を抱えながら高笑いを上げ、氷づけになった男性を数回蹴る。その時、部屋の中に声が響いた。
『なるほど……氷魔法の使い手でしたか。これはおみそれ致しました』
「!? なんだ、この声は……!?」
辺りを見渡すが自分と氷漬けになった男性以外、氷ついた部屋には誰の姿もない。そればかりかその声は自分の頭の中に直接語り掛けてきていた。耳を閉じても声が聞こえるのだ。
『詠唱、そして魔法の展開の速さも中々のものでしたね。さすが組織の右腕と呼ばれるだけはありますな』
「な……なんだこれは!? 頭の中にあの執事長の声が響く……だが、アイツはオレの目の前で氷漬けに……ひ!?」
副長はあることに気付く。目の前で氷漬けになっているはずの男性が瞬きをしたのだ。すると男性の周りの氷が煙を出しながらゆっくりと溶けていく。溶けているにも関わらず水滴の一つも床には落ちていない。それどころか、男性には濡れた後もなければ霜一つ残ってはいなかったのだ。
「なるほどなるほど……氷漬けになる経験など、今までありませんでしたからな。これは良い経験になりました」
副長は顔から血の気が引いていく。目の前で明らかに異様なことが起きているからだ。凍らせたはずの相手の声が聞こえ、その相手は氷漬けになりながら瞬きをし、その氷でさえ煙のように目の前で消え失せたのだから。
「な……何が起こってる……? 魔法の詠唱も発動にも問題はなかったはず……な、なんでこんなことが……」
男性は氷漬けになった際にずれた丸眼鏡を白い手袋をはめた両手で元の位置に戻しながら、呟いた。
「強いて申し上げれば……相性が悪かった、ということですかな」
「あ……相性……っ?」
引きつった顔を浮かべた副長の声は裏返っていた。男性の異様さに気圧されていたのだ。
「さて、では答え合わせを致しましょうか」
そう言いながら男性は両手にはめた白い手袋をゆっくりと外す。すると副長が声をあげる。
「ひっ……?」
真っ白な手袋を外すと、魔族でも人間でもない異様な形をした手が姿を現したのだ。そして男性は右手を副長の方に差し出し、その掌をゆっくりと開く。すると一瞬で紅蓮の炎が吹き上がり、部屋中の氷を溶かしていく。
「え、詠唱もなしに炎の魔法だと!?」
炎にまかれた副長は口を押さえながらも、ひどく混乱している様子だ。
「魔法ではございません。私が炎を出したまでのことでございます」
「な、何を可笑しなことを言ってるんだ……魔法も使わずに炎を出すなんて……そんなこと出来るわけがないだろ!」
「申し訳ありませんが、私にはそれが出来てしまうのですよ」
その言葉を聞いて黒いローブの隙まから副長は大量の汗を流していた。炎の熱さで、ではない。凍り付くような背筋の冷たさからだ。さらに異様なことに、炎につつまれているはずの机の上の書類などは一切燃えていないのだ。棚なども原型を留めている。
「な、何がどうなっているんだ……?!」
周りを大きな動作で副長が見回す。その時、目の前の男性がゆっくりと口を開いた。
「炎の色は何色だとお考えですか?」
自らの足元にも炎が広がっているにも関わらず、男性は顔色一つ変えることなく副長の目をみつめてきた。副長は声を震わせながら答える。
「あ……赤に決まってるだろっ」
「残念、不正解ですね」
男性はそう告げると今度は左手の掌を前方でゆっくりと開く。すると先程まで赤色だった炎が青色へと変わっていく。
「青色の炎!?」
「高温になった炎はこうして青色になるのですよ」
淡々とした様子で男性が言葉を口にする。それと同時に青い炎は副長を包み込む。それまで温度を感じていなかったはずだが、全身を焼かれる熱さと痛みが襲って来たのだ。
「あ、熱い!! ぎゃああああ!!」
青い炎に包まれた副長は床に倒れ込み、火中に飛び込んできた羽虫のようにもだえ苦しむ。すると次の瞬間、部屋中に広がった青い炎は一瞬で消え失せる。副長は既に気を失っていた。男性は白い手袋を再び両手につけると、静かに口を開く。
「ご安心ください。全てはただの幻覚です。私が本当に力を出してしまうと、このお屋敷ごと燃え尽きてしまいますので」
男性はまるで冗談を言うかのように笑顔でその言葉を告げる。
「そういえばまだ名乗っておりませんでしたね。私はゾルンと申します。『憤怒』を司る精霊です。今回の件はお戯れが過ぎましたね」
ゾルンは溜め息を軽く吐く。
「と言っても、もう聞こえてはおりませんかな。刹那ですが地獄の業火を味わって頂いたのですからね」
ふふ、と顎の辺りに白い手袋をはめた右手を添えながらゾルンは笑ってみせる。そして執事服の袖のあたりの埃を払う仕草をした後に一言呟いた。
「さて、他の者達の所も済んだ様子ですな。ご主人様、後はお任せいたします」