吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~
95 襲撃から一夜明けました
(アーヴェント様……っ!)
「にゃ。アナ様、そんなに急がれたら転んでしまいますよぉ!」
アナスタシアが階段を一階に向かって勢いよく降りていく。後を追うメイが心配する声をあげる程だ。アーヴェントから賊の襲撃があった旨の連絡を受けたメイがアナスタシアに説明した所、彼女は血相を変えて別邸に用意されていた自らの寝室から飛び出してきたのだ。
「はぁ……はぁっ」
別邸から本邸までの道をアナスタシアは駆けていく。息も荒くなっていたが、急ぐ足は止まることはない。一刻も早く、愛している者の無事な顔を見たかったのだ。角を曲がり、本邸の玄関先に目を向けるとそこにはアーヴェントの姿があったのだ。丁度リチャードと話をしていた所のようだ。
「アーヴェント様っ……!」
アナスタシアの張り上げた声にアーヴェント達が気づく。
「アナスタシア、そんなに急いでどうしたんだ?」
(……っ!)
彼女は駆ける足を止めることなく、そのままアーヴェントの胸に飛び込んだのだ。彼もそんなアナスタシアを優しく抱き寄せる。アーヴェントの身体を掴むその手は震えていた。見上げる青と赤の両の瞳には一縷の涙が流れていた。
「メイからお屋敷への襲撃の話を聞きました。ご無事で……本当に良かったです」
アーヴェントは深紅の両の瞳でアナスタシアを優しく見つめながら、流れた涙をハンカチでそっと拭いてあげた。彼女の想いが伝わってきていた。
「ありがとう。アナスタシア。俺もお前を護れたこと、誇りに思っているよ」
「ゾルン達は……?」
「持ち場に戻ってそれぞれ後片付けをしてもらっているよ。皆、元気だ」
(良かった……アーヴェント様もゾルン達も無事で……)
アナスタシアはほっと息を撫でおろす。すると安心したせいか、ここまで駆けてきた疲れがどっと現れて身体の力が抜ける。それに気づいたアーヴェントは抱きしめる手に力を込めて支えてくれた。
「大丈夫か、アナスタシア」
「アーヴェント様……ありがとうございます」
二人が見つめ合う。それをリチャードとメイも笑顔で見守っていた。
「朝からお熱いね、二人とも」
「そうですね。メイも良いものが見れて幸せです」
そう見守る二人が声を掛けると、アナスタシアは今の状況をやっと理解する。愛しているアーヴェントの胸に抱かれている事実に顔が瞬く間に赤く染まっていく。
(いやだ、私ったら……はしたない真似をしてしまったわ。いきなりアーヴェント様に抱き着くなんて。それよりもこんなに近くに抱き寄せられて見つめられているなんて……照れてしまうわ)
元々は自分から抱きついたアナスタシアだったが、それは無我夢中だったからだ。段々と冷静さを取り戻すと逆に恥ずかしさが胸にこみ上げてきたのだ。そんなアナスタシアを察したアーヴェントは笑みを浮かべながら優しく頭を撫でてくれた。
「心配して駆けつけてくれたんだな。その気持ちが俺は嬉しいよ」
「アーヴェント様……」
頭を撫でられた彼女は瞳を閉じて、アーヴェントの胸に寄り添うのだった。
「何だか以前より仲が深まった気がするね」
見守っていたリチャードが笑顔で言葉を口にする。するとメイが胸を張りながら答える。
「それはそうですよ。お二人はもう相思相愛な仲なのですっ!」
「なるほど。しがらみは全てなくなったってことだね」
状況を理解したリチャードとメイがにやにやと笑う。
(もう……リチャードもメイも意地悪ね)
恥ずかしさで顔を赤く染めたアナスタシアはしばらくアーヴェントの胸から離れることが出来なかった。アーヴェントは何処か満足げな様子だった。
「アーヴェント様、そろそろアナスタシア様をお離しになってはいかがですかな。ずっと放したくないお気持ちはわかりますが……何分、人前ですので」
開いたままの玄関からゾルンが出てくる。うっ、と痛いところを突かれたアーヴェントが苦笑いを浮かべる。ゆっくりとアナスタシアを放す。彼女はゾルンに声を掛けた。
「ゾルンも無事でよかったわ」
「ありがとうございます。アナスタシア様」
ゾルンは穏やかな表情で深い礼をしてみせた。
「どうやら、本当に全て説明したようだね」
ゾルンとアナスタシアのやりとりを見て、リチャードは察してくれたようだ。その様子からリチャードもゾルン達の秘密は知っていたようだ。
「ええ。先日、アーヴェント様からゾルン達のことを聞いたの」
「メイはびっくりしちゃいましたけどね」
それは以前、アーヴェントから話された内容だった。
◇◆◇
「実はゾルン達は一度、吸血鬼へと『堕ちた』俺の元に集まってくきた精霊がその正体なんだ」
「にゃ?!」
「精霊……」
メイは驚いていたが、アナスタシアにはその事実が自然と受け入れられた。彼女は昔からおとぎ話や伝承の本を読んでいた。そこにはこの世界に存在するという『精霊』のことものっていたからだ。
その場にはゾルンやラストも同席していた。アナスタシアは青と赤の両の瞳で二人をみつめる。二人もアナスタシアに深い礼をしてみせた。
「アーヴェント様、詳しく説明して頂けますか?」
「ああ」
ゾルン達は人間と魔族が持つという『七つの大罪』の集合体なのだと説明を受けた。元々の姿は決まっておらず、吸血鬼へと『堕ちた』アーヴェントの高い魔力に引かれてやってきたのだという。
「このことは、アーヴェント様のお父上であるナハト様達もご存知だったのですか?」
「ああ。今は亡き、父上もその事実は知っていた。俺が背負っていた一族の呪いが解けた後、屋敷に今の姿になったゾルン達がやってきて説明を受けたからな。もちろん母上も承知の上だ。父上は自分が亡くなった後のことを、ゾルン達に託した。ゾルン達もそれを承知してくれたというわけさ」
アーヴェントもゾルン達の方を深紅の両の瞳で見つめながら話してくれた。ゾルンは丸眼鏡の位置を白い手袋をはめた両手で直した後、口を開いた。
「私ども、精霊達はアーヴェント様の持つ高い魔力にそれぞれ引かれてやってきました。この方が自分達の主であると本能的に感じたのです。そしてアーヴェント様に『神の愛娘』の加護がついている事実を知らせたのは当時一番先にこの屋敷へとやってきた私なのです」
(ゾルン達はアーヴェント様が私と出会っていたことにその時から気づいていたのね)
「そうだったのね」
「その時、俺も初めて出会った少女……つまりアナスタシア。お前が『神の愛娘』であり、俺の呪いを解いてくれた存在だと聞かされたんだ」
その事実を聞いたアナスタシアは全ての合点がいったようで深く頷く。
(その時からずっとアーヴェント様は私のことをお探しになってくれていたのね……そして私達は運命の再会を果たした……)
こみ上げる感情を胸に手を当てたアナスタシアは感じていた。
「今まで黙っていてすまなかったな、アナスタシア」
再びゾルンやラスト達が深く礼をする。アナスタシアは静かに首を左右に振ってみせた。
「お話を聞けて良かったです。それに私はゾルンやラスト、それに他の皆にはよくしてもらっています。今では皆が、私の家族ですから。私はゾルン達を信頼しています。その正体が魔族や人間でなくても構いません」
「そうか」
アーヴェントも穏やかな表情を浮かべる。ゾルンが一歩前に出て深く頭を下げる。
「受け入れてくださったこと、感謝いたします。アナスタシア様。七人の使用人を代表して感謝の言葉を贈らせて頂きます。そして私共はこれから先、ずっと貴方様にお仕えすることを誓いましょう」
「ありがとう。私も皆と一緒にいられて幸せよ」
「さすがアナスタシア様ですわ。器が大きくていらっしゃいますねっ」
ラストもいつもの笑顔を見せてくれていた。こうしてアナスタシアは七人の使用人の真実を知ることになったのだった。
◇◆◇
話は元に戻り、本邸の一室で話し合いが行われていた。メイやゾルンも同席している。捕まえた賊はリチャードが連れてきた騎士団によって連行されたとのことだった。数日後には暇を出した屋敷の使用人達も戻ってくるそうだ。だが、その前にやることがあった。
「アーヴェント達のおかげでレイヴンと関係が深い犯罪集団を捕まえることが出来た。これを証拠にして彼らを追い詰めることが可能になったね」
「そうだな……まだ足りないものはあるがな」
リチャードの言葉を聞いて頷くアーヴェントだが、その顔は険しかった。
(足りないものとは一体何なのかしら……)
「アーヴェント様。まだ何か足りないものがあるのですか?」
気になったアナスタシアが尋ねる。
「五年前、亡くなったお前の父親であるラスター公爵が当時集めていたレイヴンの息がかかった両国の関係者達のリストだ。それだけは何処を探しても見つからなかったんだ」
「本当はそれがあれば、この二つの国に蔓延る闇を一掃出来るんだけど……犯罪集団が持ち去って処分したって可能性もあるからね。それは仕方ないことだと割り切り、レイヴン達を裁いた後にゆっくりと見つけていけばいいさ」
リチャードも少し残念そうに見えたが、今は事態を変化させるきっかけを得たことだけでも喜んでいた。アーヴェントもその言葉に頷いてみせる。
(当時お父様が集めていた証拠……それがきっかけでお父様達は亡くなってしまった。でも私もそれが何処にあるのかは知らない。きっとお父様達は私に害が及ばないように黙っていてくれたのね……)
アナスタシアは亡き両親の想いを感じていた。すると部屋にラストが入室してきた。
「アーヴェント様、お話の途中に失礼いたしますわ」
「ラスト、どうかしたのか?」
ラストは一度頷くとアナスタシアの方を見つめる。
「実はグリフがアナスタシア様に別邸の自分の部屋に来て欲しいとのことでした」
(グリフが私を呼んでいる? 何か用があるのかしら……?)
特に身に覚えがないアナスタシアも不思議そうな表情を浮かべていた。アーヴェントはふむ、と口元に右手を添えていた。
「グリフが何も意味がなく、呼び出すことはないからな。アナスタシア、行ってみるといい。メイ、グリフの部屋の前までアナスタシアに着いていってくれ」
「わかりました! お任せくださいませっ」
ぽんっとメイは胸のあたりに右手を添える。アナスタシアは立ち上がると一礼してみせる。
「それではグリフの所に行ってきますね」
「ああ、俺はリチャードと今後の話を続けているよ」
青と赤の瞳と深紅の瞳が見つめ合う。それだけでお互いの気持ちは伝わっていた。
アナスタシアはメイに連れられて別邸にあるグリフの部屋を訪ねることになった。そこで彼女はある真実を知ることになるのだった。
「にゃ。アナ様、そんなに急がれたら転んでしまいますよぉ!」
アナスタシアが階段を一階に向かって勢いよく降りていく。後を追うメイが心配する声をあげる程だ。アーヴェントから賊の襲撃があった旨の連絡を受けたメイがアナスタシアに説明した所、彼女は血相を変えて別邸に用意されていた自らの寝室から飛び出してきたのだ。
「はぁ……はぁっ」
別邸から本邸までの道をアナスタシアは駆けていく。息も荒くなっていたが、急ぐ足は止まることはない。一刻も早く、愛している者の無事な顔を見たかったのだ。角を曲がり、本邸の玄関先に目を向けるとそこにはアーヴェントの姿があったのだ。丁度リチャードと話をしていた所のようだ。
「アーヴェント様っ……!」
アナスタシアの張り上げた声にアーヴェント達が気づく。
「アナスタシア、そんなに急いでどうしたんだ?」
(……っ!)
彼女は駆ける足を止めることなく、そのままアーヴェントの胸に飛び込んだのだ。彼もそんなアナスタシアを優しく抱き寄せる。アーヴェントの身体を掴むその手は震えていた。見上げる青と赤の両の瞳には一縷の涙が流れていた。
「メイからお屋敷への襲撃の話を聞きました。ご無事で……本当に良かったです」
アーヴェントは深紅の両の瞳でアナスタシアを優しく見つめながら、流れた涙をハンカチでそっと拭いてあげた。彼女の想いが伝わってきていた。
「ありがとう。アナスタシア。俺もお前を護れたこと、誇りに思っているよ」
「ゾルン達は……?」
「持ち場に戻ってそれぞれ後片付けをしてもらっているよ。皆、元気だ」
(良かった……アーヴェント様もゾルン達も無事で……)
アナスタシアはほっと息を撫でおろす。すると安心したせいか、ここまで駆けてきた疲れがどっと現れて身体の力が抜ける。それに気づいたアーヴェントは抱きしめる手に力を込めて支えてくれた。
「大丈夫か、アナスタシア」
「アーヴェント様……ありがとうございます」
二人が見つめ合う。それをリチャードとメイも笑顔で見守っていた。
「朝からお熱いね、二人とも」
「そうですね。メイも良いものが見れて幸せです」
そう見守る二人が声を掛けると、アナスタシアは今の状況をやっと理解する。愛しているアーヴェントの胸に抱かれている事実に顔が瞬く間に赤く染まっていく。
(いやだ、私ったら……はしたない真似をしてしまったわ。いきなりアーヴェント様に抱き着くなんて。それよりもこんなに近くに抱き寄せられて見つめられているなんて……照れてしまうわ)
元々は自分から抱きついたアナスタシアだったが、それは無我夢中だったからだ。段々と冷静さを取り戻すと逆に恥ずかしさが胸にこみ上げてきたのだ。そんなアナスタシアを察したアーヴェントは笑みを浮かべながら優しく頭を撫でてくれた。
「心配して駆けつけてくれたんだな。その気持ちが俺は嬉しいよ」
「アーヴェント様……」
頭を撫でられた彼女は瞳を閉じて、アーヴェントの胸に寄り添うのだった。
「何だか以前より仲が深まった気がするね」
見守っていたリチャードが笑顔で言葉を口にする。するとメイが胸を張りながら答える。
「それはそうですよ。お二人はもう相思相愛な仲なのですっ!」
「なるほど。しがらみは全てなくなったってことだね」
状況を理解したリチャードとメイがにやにやと笑う。
(もう……リチャードもメイも意地悪ね)
恥ずかしさで顔を赤く染めたアナスタシアはしばらくアーヴェントの胸から離れることが出来なかった。アーヴェントは何処か満足げな様子だった。
「アーヴェント様、そろそろアナスタシア様をお離しになってはいかがですかな。ずっと放したくないお気持ちはわかりますが……何分、人前ですので」
開いたままの玄関からゾルンが出てくる。うっ、と痛いところを突かれたアーヴェントが苦笑いを浮かべる。ゆっくりとアナスタシアを放す。彼女はゾルンに声を掛けた。
「ゾルンも無事でよかったわ」
「ありがとうございます。アナスタシア様」
ゾルンは穏やかな表情で深い礼をしてみせた。
「どうやら、本当に全て説明したようだね」
ゾルンとアナスタシアのやりとりを見て、リチャードは察してくれたようだ。その様子からリチャードもゾルン達の秘密は知っていたようだ。
「ええ。先日、アーヴェント様からゾルン達のことを聞いたの」
「メイはびっくりしちゃいましたけどね」
それは以前、アーヴェントから話された内容だった。
◇◆◇
「実はゾルン達は一度、吸血鬼へと『堕ちた』俺の元に集まってくきた精霊がその正体なんだ」
「にゃ?!」
「精霊……」
メイは驚いていたが、アナスタシアにはその事実が自然と受け入れられた。彼女は昔からおとぎ話や伝承の本を読んでいた。そこにはこの世界に存在するという『精霊』のことものっていたからだ。
その場にはゾルンやラストも同席していた。アナスタシアは青と赤の両の瞳で二人をみつめる。二人もアナスタシアに深い礼をしてみせた。
「アーヴェント様、詳しく説明して頂けますか?」
「ああ」
ゾルン達は人間と魔族が持つという『七つの大罪』の集合体なのだと説明を受けた。元々の姿は決まっておらず、吸血鬼へと『堕ちた』アーヴェントの高い魔力に引かれてやってきたのだという。
「このことは、アーヴェント様のお父上であるナハト様達もご存知だったのですか?」
「ああ。今は亡き、父上もその事実は知っていた。俺が背負っていた一族の呪いが解けた後、屋敷に今の姿になったゾルン達がやってきて説明を受けたからな。もちろん母上も承知の上だ。父上は自分が亡くなった後のことを、ゾルン達に託した。ゾルン達もそれを承知してくれたというわけさ」
アーヴェントもゾルン達の方を深紅の両の瞳で見つめながら話してくれた。ゾルンは丸眼鏡の位置を白い手袋をはめた両手で直した後、口を開いた。
「私ども、精霊達はアーヴェント様の持つ高い魔力にそれぞれ引かれてやってきました。この方が自分達の主であると本能的に感じたのです。そしてアーヴェント様に『神の愛娘』の加護がついている事実を知らせたのは当時一番先にこの屋敷へとやってきた私なのです」
(ゾルン達はアーヴェント様が私と出会っていたことにその時から気づいていたのね)
「そうだったのね」
「その時、俺も初めて出会った少女……つまりアナスタシア。お前が『神の愛娘』であり、俺の呪いを解いてくれた存在だと聞かされたんだ」
その事実を聞いたアナスタシアは全ての合点がいったようで深く頷く。
(その時からずっとアーヴェント様は私のことをお探しになってくれていたのね……そして私達は運命の再会を果たした……)
こみ上げる感情を胸に手を当てたアナスタシアは感じていた。
「今まで黙っていてすまなかったな、アナスタシア」
再びゾルンやラスト達が深く礼をする。アナスタシアは静かに首を左右に振ってみせた。
「お話を聞けて良かったです。それに私はゾルンやラスト、それに他の皆にはよくしてもらっています。今では皆が、私の家族ですから。私はゾルン達を信頼しています。その正体が魔族や人間でなくても構いません」
「そうか」
アーヴェントも穏やかな表情を浮かべる。ゾルンが一歩前に出て深く頭を下げる。
「受け入れてくださったこと、感謝いたします。アナスタシア様。七人の使用人を代表して感謝の言葉を贈らせて頂きます。そして私共はこれから先、ずっと貴方様にお仕えすることを誓いましょう」
「ありがとう。私も皆と一緒にいられて幸せよ」
「さすがアナスタシア様ですわ。器が大きくていらっしゃいますねっ」
ラストもいつもの笑顔を見せてくれていた。こうしてアナスタシアは七人の使用人の真実を知ることになったのだった。
◇◆◇
話は元に戻り、本邸の一室で話し合いが行われていた。メイやゾルンも同席している。捕まえた賊はリチャードが連れてきた騎士団によって連行されたとのことだった。数日後には暇を出した屋敷の使用人達も戻ってくるそうだ。だが、その前にやることがあった。
「アーヴェント達のおかげでレイヴンと関係が深い犯罪集団を捕まえることが出来た。これを証拠にして彼らを追い詰めることが可能になったね」
「そうだな……まだ足りないものはあるがな」
リチャードの言葉を聞いて頷くアーヴェントだが、その顔は険しかった。
(足りないものとは一体何なのかしら……)
「アーヴェント様。まだ何か足りないものがあるのですか?」
気になったアナスタシアが尋ねる。
「五年前、亡くなったお前の父親であるラスター公爵が当時集めていたレイヴンの息がかかった両国の関係者達のリストだ。それだけは何処を探しても見つからなかったんだ」
「本当はそれがあれば、この二つの国に蔓延る闇を一掃出来るんだけど……犯罪集団が持ち去って処分したって可能性もあるからね。それは仕方ないことだと割り切り、レイヴン達を裁いた後にゆっくりと見つけていけばいいさ」
リチャードも少し残念そうに見えたが、今は事態を変化させるきっかけを得たことだけでも喜んでいた。アーヴェントもその言葉に頷いてみせる。
(当時お父様が集めていた証拠……それがきっかけでお父様達は亡くなってしまった。でも私もそれが何処にあるのかは知らない。きっとお父様達は私に害が及ばないように黙っていてくれたのね……)
アナスタシアは亡き両親の想いを感じていた。すると部屋にラストが入室してきた。
「アーヴェント様、お話の途中に失礼いたしますわ」
「ラスト、どうかしたのか?」
ラストは一度頷くとアナスタシアの方を見つめる。
「実はグリフがアナスタシア様に別邸の自分の部屋に来て欲しいとのことでした」
(グリフが私を呼んでいる? 何か用があるのかしら……?)
特に身に覚えがないアナスタシアも不思議そうな表情を浮かべていた。アーヴェントはふむ、と口元に右手を添えていた。
「グリフが何も意味がなく、呼び出すことはないからな。アナスタシア、行ってみるといい。メイ、グリフの部屋の前までアナスタシアに着いていってくれ」
「わかりました! お任せくださいませっ」
ぽんっとメイは胸のあたりに右手を添える。アナスタシアは立ち上がると一礼してみせる。
「それではグリフの所に行ってきますね」
「ああ、俺はリチャードと今後の話を続けているよ」
青と赤の瞳と深紅の瞳が見つめ合う。それだけでお互いの気持ちは伝わっていた。
アナスタシアはメイに連れられて別邸にあるグリフの部屋を訪ねることになった。そこで彼女はある真実を知ることになるのだった。