『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました

「あの子だって、璃子がいわくつき物件なのは知ってるじゃない。あえてそれを選ぶ理由は何だろ?」
「………」

ズバッとグサッと抉るような言葉に、言葉が出ない。
私を一番よく知る人物だからこそ、客観的に核となる部分を突いて来る。
だからこそ、和沙のこういうところが凄く好き。

お世辞だとか上辺の励ましとか、そういうのが欲しい年齢じゃない。
そりゃあ、労わって欲しい時もあるけれど、それが鬱陶しいと思う年齢になって来た。

「アルコール無しでさ、話してみたら?あの子と…」
「……ん」
「私だって昨日メールで言われるまで忘れてたのに、あのレストランに迎えに行ってまで伝えたかった想いがあるはずだよ」
「………ん」

和沙の言葉がスーッと入って来る。
和沙以外に誰にも話して無かったのに。
私自身、すっかり忘れていたほどなのに。



「八神くん、尾上電子のデータ纏めといて貰いたいんだけど」
「はい、分かりました」
「今週中でいいから」
「はい」

来週商談のある取引先のファイルを手渡す。
昨夜の出来事が気のせいだったんじゃないかと思うくらい、八神くんから感じ取れるものは何もない。
仕事とプライベートを完全に切り離しているのか。
ただ単に、遊びの一種だったのか。

こっちは一晩中考えていたってのに。

「市くん、会議行くよ~?」
「あ、あと一分待って下さいっ!今、Y&I(取引先)にメール送るんで」
「ん~」

チーフ会議がこの後入っていて、年明けから新チームのチーフに就任する市くんを育成するために、数か月前から会議に同席させている。

「お待たせしましたっ、行きましょう」

黙々とパソコンで資料つくりをしている八神くんを一瞥し、踵を返した。

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