『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました
結婚式の招待状はもちろん配布済みで、新居に少しずつ荷物を運び始めていたのに。
突如訪れた婚約者との別れは、私に大きな傷痕を残した。
大手企業のイケメンエリート社員を射止めたとあって、あの日を迎えるまでは、同僚たちから羨望の眼差しを向けられていた。
けれど、挙式を一週間後に控え、破談を伝えた途端。
『リコール女』と陰口を叩かれるようになった。
璃子という名前なのが、こんなにも恨めしいなんて。
新しい恋人でもできれば、陰口なんて簡単に上書きできるのに。
おねだりするみたいに顔を覗き込まれ、返答に困る。
駅の改札口前で、仕方なく顔に笑顔を張り付ける。
「まだ時間も早いし、会社には直帰扱いになってるんだから、たまにはゆっくりデートでもしたら?」
「……」
真っすぐ見つめて来る瞳が、あまりにも澄んでいて。
“二十四歳”という若さでなければ、食事の申し出を受け入れただろう。
けれど、三十路を目の前にした私には、この綺麗すぎる瞳を直視できない。
「ごめんね、約束の時間に遅れちゃうから」
他の部下もいたら問題ないのに。
夜ではなく、昼のランチだったら二人でもアリなのに。
切なそうに見つめる彼の腕を“ごめんね”とトントンと軽く叩いた、その時。
「俺は先輩と二人で食事がしたいんです」
がしっと手首を掴まれた。
ついさっきまで子犬のような可愛らしさを覗かせていたのに、私の腕を掴んだ彼の瞳は男の目をしている。
「今日は本当に先約があるの。……今度改めて時間をつくるから」
「……分かりました」
「じゃあ、お疲れ様。お先にね」
掴まれていた腕が解かれ、慌ててその場を立ち去った。
何、動揺してるんだろう。
五つも年下の子の言葉に。
コートの上から胸元をぎゅっと押さえた。