『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました
郊外の高台にあるレストランということもあって、電車とタクシーを乗り継いで来たから、帰りのタクシーを呼ばなくていいというのが理由だ。
そう、それだけ。
別に、八神くんとドライブがしたいわけじゃない。
「入社二年目にしては、いい車に乗ってるじゃない」
「親のお下がりです」
「……そうなんだ」
新車価格にして軽く五百万円は超える高級車。
新車では無さそうだけど、お下がりにしてはレベルが高すぎる。
走行時の振動もそれほどなく、乗り心地はかなりいい。
高台にあるレストランを後にし、急坂を下り始めた。
「何か、音楽でもかけます?」
「お任せする」
「じゃあ、無しで」
「……」
エンジン音が響く車内。
ラジオでいいからつけてくれたらいいのに。
無言の圧力に気が狂いそう。
「八神くん、さっきの質問だけど」
「……」
「どうして、あの店に私がいるって分かったの?」
「……ずっと、先輩見て来ましたから」
「え?」
対向車のヘッドライトに照らされた彼の顔は、私の知っている彼ではない。
「一年前、先輩のデスクにあった卓上カレンダーに『一周年 Arc-en-ciel 十八時』って記されてて、先輩、幸せそうな顔で何度もその文字、指でなぞってましたから」
「っ……」
私、職場でそんな姿を部下に見せてたの?
すっかり記憶から消し去ったあの頃の記憶。
結婚を目前に控え、浮かれていたんだ。
そんな些細なことを一年経った今も覚えていただなんて。
一旦自宅に帰って、車で来てくれたのだろう。
スーツ姿のままだ。
「ご飯、まだでしょ。奢るからどこか寄って?」