『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました


森野商事を出て、会社へと戻るタクシーの車内。
膝の上で、ぎゅっと握りしめた手が震えている。

元カノなんだから、傷の一つや二つ知っていてもおかしくない。
自分だって、今まで何人もの男性と付き合って来た。
だから、八神くんの過去をとやかく言う権利なんてないのは分かってる。

じゃあ、何が気になるんだろう。
年下なのに上から目線で発せられた言葉が気になったの?

いや、そんなこといちいち気にする性格じゃない。
元彼と付き合ってる時なんて、彼の会社の人に散々嫌味を言われた。

ならば、何が引っかかるんだろう?

確かに勝ち誇ったような態度には腹が立つけれど、それが原因じゃない。
あぁ~もう、こんな事で仕事から逃げたくないのに。



会議資料に手間取って、二十時過ぎに退社した。
八神くんは先に退社していて、実家に行って来るとメールがあった。

地下鉄の改札口を抜けた、その時。
ブブブッとコートのポケットに入れてあるスマホが震えた。

『実家からお寿司貰って来たから、食べにおいで』

ここ数日仕事が忙しくてゆっくり会えてないから、ちょっぴり嬉しくなる。
……私、八神くんのことが好きなんだろうか。

会えないといられないというほど、気になるわけじゃない。
職場の部下というのもあって、毎日職場で会えているからかもしれない。

この感情が『好き』なのか、『愛着』なのか分からない。
年下だから、懐かれてる感じが心地いいというだけかもしれない。



「こんばんは」
「おかえり♪」
「っ……」

お風呂上りなのか、濡れた髪をタオルで拭く八神くんが出迎えてくれた。

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