『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました
「気分的に食欲無いんで、酒に付き合って下さい」
「……車は?」
「代行頼みます」
「……分かった、いいよ」
一度も視線を向けて来ない。
あえてなのか、分からない。
だけど、今運転している彼は、部下の八神くんでないのは確かだ。
私の知らない顔をした、彼だ。
普段の可愛らしい雰囲気は微塵も感じられない。
どちからと言えば、少し威圧感のある男といった感じ。
彼の誘いを軽くあしらったからなのか。
一人で食事をするのに『先約』があると、嘘を吐いたからなのか。
なんにせよ、機嫌を損ねたのは間違いない。
*
「結構、お酒強いんだね」
「……」
お酒に付き合って下さいと言った割には、無言で飲む彼。
本当に隣りに座って飲んでいるだけ。
手元に視線を落としたまま、無言なのが怖い。
「ギムレット下さい」
また強いお酒を頼んだ。
破談になって一年経つのに、あの頃の想い出に浸ってるとでも思われたのだろうか?
例えそうだとしても、八神くんには関係ない。
想い出に浸ろうが、思い返そうが。
ただ単に、キャンセルするのが勿体なかっただけ。
それを言い訳のように彼に話すことも、不自然すぎる。
「お待たせ致しました、ギムレットです」
彼の前にカクテルグラスが置かれた。
赤坂のBarのカウンター席。
心地よいメロディーが流れる店内にいる客は、私らを含めて三人。
まだ時間が早いこともあり、ほぼ貸し切りのようなもの。
少し紫がかった青色のカクテル・ブルームーンを口にした、その時。
「まだ、忘れられないんですか?」