『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました

「気分的に食欲無いんで、酒に付き合って下さい」
「……車は?」
「代行頼みます」
「……分かった、いいよ」

一度も視線を向けて来ない。
あえてなのか、分からない。

だけど、今運転している彼は、部下の八神くんでないのは確かだ。
私の知らない顔をした、彼だ。

普段の可愛らしい雰囲気は微塵も感じられない。
どちからと言えば、少し威圧感のある男といった感じ。

彼の誘いを軽くあしらったからなのか。
一人で食事をするのに『先約』があると、嘘を吐いたからなのか。
なんにせよ、機嫌を損ねたのは間違いない。



「結構、お酒強いんだね」
「……」

お酒に付き合って下さいと言った割には、無言で飲む彼。
本当に隣りに座って飲んでいるだけ。
手元に視線を落としたまま、無言なのが怖い。

「ギムレット下さい」

また強いお酒を頼んだ。

破談になって一年経つのに、あの頃の想い出に浸ってるとでも思われたのだろうか?
例えそうだとしても、八神くんには関係ない。
想い出に浸ろうが、思い返そうが。
ただ単に、キャンセルするのが勿体なかっただけ。
それを言い訳のように彼に話すことも、不自然すぎる。

「お待たせ致しました、ギムレットです」

彼の前にカクテルグラスが置かれた。

赤坂のBarのカウンター席。
心地よいメロディーが流れる店内にいる客は、私らを含めて三人。
まだ時間が早いこともあり、ほぼ貸し切りのようなもの。

少し紫がかった青色のカクテル・ブルームーンを口にした、その時。

「まだ、忘れられないんですか?」

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