『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました
病室に現れた八神くんは、見たこともないほどに切ない顔をしている。
私が彼をそうさせたんだ。
ここ数日、悩みに悩んで出した『別れ』という決断を、彼は即座に跳ね退けた。
メンテナンスを怠った自分に非があるのに、そんなことさえ気にも留めないと感情を露わにして。
欠陥人間だと思っていた私を否定してくれて。
恋愛に後ろ向きな私に向き合う勇気を与えてくれて。
傷だらけの心を優しく包み込んでくれて。
ずっと欲しかった言葉を全て与えてくれる人。
五歳も年下なのに、私なんかよりずっと大人で。
ポンコツな私でも、一人の人間として見てくれる。
「好き」
「ッ?!」
「……八神くんが、好きだよ」
「っ……、やっと認めた」
ぎゅっと手が握りしめられる。
こんなにも、心を埋め尽くすほど幸せを感じたことがない。
いつだって心のどこかに不安があって。
もしかしたら……、いつか……、例えば……。
葛藤がいつでも蠢いていて、それが当たり前だと思っていた。
けれど、八神くんと過ごすうちに、その感情ですら些細なものなんだと思えるくらい、ドキドキ感に満ち溢れる幸せの時間が勝っていった。
「すみません、そろそろ面会終了の時間です」
「あ、……はい」
「明後日、退院するから」
「……ん」
握りしめられる手がそっと離された。
ちょっと、寂しいかも。
「どこにキスされたい?」
「え?」
「キスして欲しいところにしてあげるよ?」
「っ……」
何、その殺し文句。
「じゃあ、おでこに」
「仰せのままに」
ゆっくりと近づく綺麗な顔。
彼の口元が静かに近づき、瞼を閉じた、次の瞬間。
唇に柔らかい感触がした。
「ごちそうさま♪」
「っ……」
全然忠実なワンコなんかじゃないっ!!!