初恋タイムトラベル
「ごちそうさまでしたー」

 たらふくお好み焼きを食べて、ビールを3杯飲んで、昔の話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。

「もう行くのかい? 寂しいねぇ。また来てねぇ」
「はぁーい! また来ますー!」

 2人に惜しまれながら店を出ると、もうすっかり空は暗くなっていた。猫の爪みたいな三日月が浮かんでいて、沢山の星が見えた。

「あー、お腹いっぱい!」
「美香、食い過ぎだろ」
「だっていっぱいサービスしてくれたんだもん」
「わんこそば方式で出してくるからな」
「ケイタが止めてくれて助かった」

 はちきれそうなお腹をさすりながら笑っていると、冷たい風が吹いて、キュッと肩が上がった。この時期は、夜になるとぐっと冷える。アップヘアにしたのは間違いだったなぁ。

「美香、時間大丈夫?」
「まだ8時半だし、全然大丈夫だよ」
「んじゃ、ちょっと俺ん家寄っていい?」
「うん、いいよ」

 ケイタの家は、福々亭から少し進んだところにある、この辺りでは一番大きい一軒屋だ。庭がとてつもなく広かったのを覚えている。

 街灯に照らされた馴染みのある道を、酔いを覚ますようにブラブラと進む。どこまでも歩いていけそうなほど、気分が良い。

「こっち、行って良い?」
「……おう」

 途中、昔私が住んでいたところまで少し遠回りすることにした。今も変わらずにあの家があるといいな、そんな淡い期待を抱きながら。

「立派なお家だね……」
「そだな」

 しかし、もうそこには全く別の家が建ってしまっていた。
 新しい家の窓からは明かりが煌々と放たれている。子供の声がキャッキャと聞こえてきて、どうしようもなく切ない気持ちになる。
 この場所にあったはずの大切なものたちが、全然知らないものにすり替わっているのはちょっと受け入れがたい現実だった。
 
 当たり前のように日々の営みを守ってくれていた家。庭でバーベキューをしたり、花壇でお花を育てたり、夏は花火をしたり、雪の日は雪だるまを作ったり……そういう楽しい思い出が、沢山詰まっていた家。そんなものは、もう記憶の遥か彼方にしか残っていない。私の生まれ育った家は、もう無いのだと思い知らされる。

「俺さー……美香が住んでた家が取り壊されるとき……」
「うん?」
「ぶっちゃけちょっと泣いた」

 本当はこっちが泣きたいくらいの気分だったのに、ケイタが神妙な声でそんなことを言うので、思わず吹き出してしまった。

「え、泣いたの?」
「泣くだろ!! よくここの家で遊んだなーとか、庭の南天の実、全部摘んで美香のかーちゃんに怒られたなーとか。ホースで水撒いて虹つくったりとか。そういう思い出ごと、全部壊されるような気がして、感傷的になった」
「っふ、っふふふ、ありがと。代わりに泣いてくれて」
「あとさー」
「何?」
「美香はもうこの家に帰ってこないんだなーって。それが辛かった」
「ケイタ……」
「まぁでも、またこうやって美香と再会出来たわけだから、俺はすげー嬉しい!」

 ケイタはそう言って子供みたいに無邪気に笑う。それだけのことなのに、私の心は少し救われた。

 こうして一つ、一つ辿っていくうちに、どんどん吹っ切れていく。10年間箱にしまい込んでいた故郷への未練。ケイタが今日一緒にいてくれて、本当に良かったと思う。
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