初恋タイムトラベル
「相変わらず大きいお家だねぇ」
大きな門の前に立ち、しみじみと思う。駐車場には、高級車が3台も止まっている。
「そうかぁ?」
昔は特に意識したことはなかったけれど、大人になって世間を知った今だから分かる。彼は相当恵まれた家庭で育っている。
「ますます豪邸になってない?」
「あー、最近リフォームして増築した」
「儲かってますねぇ……」
「去年も一昨年も台風多かったからな」
ケイタのうちは、地元では有名な工務店だ。台風がこの辺りを通過すると、建て具だの屋根だのの修理の仕事が、ひっきりなしに舞い込んでくるらしい。
「親父のやつ、台風が発生するたびに「稼ぎ時◯号」とか言うんだよなぁ」
「不謹慎すぎ」
笑い話に出来るのも、大した被害じゃなかったからなんだろうけど。
「会社、ケイタが継ぐの?」
「まぁ、一応」
ケイタが社長って似合わない!と揶揄うように言うと、小突かれる。
「わ! ポチ!」
2階の出窓のところで寝っ転がっているポチを見つけ、指さした。彼はこちらを見て退屈そうに欠伸をしている。
「ポチ元気にしてる?」
「まあまあ」
ポチは犬みたいな名前だけど、れっきとした猫だ。私が小5の時に拾ってきて、ケイタが引き取ってくれた白猫。
「アイツ、最近寝てばっかだよ」
「そっかー」
「もう歳だからな」
ポチは丸々と太った体をだらんとさせて、伸びきっている。その姿はまるでレンジで加熱しすぎたお餅みたいだ。
「美香、ちょっとここで待ってて」
「え? ポチとおじちゃんとおばちゃんにも挨拶したいんだけど」
「長くなるからダメ」
「えー」
残念に思いながら、門のところで待たせてもらう。庭を覗いてみると、昔あった小さな池や、花壇や、木のブランコが無くなっている。その代わりに、確かに家が増築されていた。
よくこのお庭で遊ばせてもらってたから、やっぱりちょっと残念な気持ちになる。
「ほれ、これ着れば?」
しばらくして、ケイタが上着を持って出てきた。私の肩にカーディガンが無造作にかけられる。ふわり、と懐かしい匂いがした。
寒そうにしてたの、気付いてくれたんだ。
「ありがと」
着てみると当然オーバーサイズで、「大っきいね」と言いながら長い袖をまくった。なんだか柔らかくて質の良さそうな肌触りだ。どうせ、どこぞのブランドのものなんだろう。
「それと、いいもんがあんだよ」
ケイタが有名な百貨店の紙袋を見せつける。
「なになにー?」
「それはお楽しみ。とりあえずタコ公園行こうぜ! 久々に行きたいだろ?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべている幼馴染に、私は1つの提案をした。
「ねぇ、自転車2人乗りしようよ!」
単なる思いつきだった。自転車が目に入って、急に乗りたくなったのだ。
「よーし! 任せろ!」
ケイタはニヤリと笑った。
嫌だよ、と断られるかもしれないと思っていたけど、意外にもノリ気だ。
「チャリとか久しぶりだわ。転けたらごめん」
駐輪場から持ってきてくれたのはいわゆるママチャリで、比較的新しそうだった。荷物を前カゴに入れて、喜んでその荷台に飛び乗った。
「安全運転でよろしく!」
「おー」
ケイタがペダルを踏み込むと、自転車はよろよろと走り出した。ある程度スピードが出てくれば、スイスイと進む。
「わぁー!楽しい~」
「しっかり掴まっとけよー」
風を切って進んでいく感覚に興奮しながら、私達は思い出の公園へと向かった。