七瀬先生、ここから先は違法です

◯教室(朝)

 悶々と自問自答しながら1人で歩いて、夏鈴は見慣れた教室にたどり着く。


 同じ制服を着た生徒たちがガヤガヤと騒がしい。雑音が入り乱れる中、夏鈴は静かに自分の席に座る。


夏鈴(私が人見知りなせいで、まだ馴染めないなあ)


 控えめな性格で人見知りな夏鈴は、3年になったクラス替えで友達を作り損ねて、特に仲良くできる友達はいなかった。


 みんなからの認識は『水原さん』。下の名前で呼ばれたり、あだ名で呼ばれたりすることはなかった。

 クラスメイトとの間に壁は感じてしまうけど、いじめられている訳ではないし、今のままでも十分だと感じている。



寧々「夏鈴、おはよう」


 クラスに一人だけ、夏鈴のことを下の名前で呼ぶ子がいた。彼女は笹森 寧々(ささもり ねね)

 席替えで前の席になった彼女は、みんなから少し距離を置かれている夏鈴にも、気軽に話掛けてくれた。気付いた頃には下の名前で呼ばれていて、コミュ力が高い。


夏鈴(笹森さん、話しかけてきてくれて嬉しいなあ)


夏鈴「笹森さん、おはよう」

寧々「何回も寧々(ねね)でいいって言ってるじゃん!寧々って呼んで?」

夏鈴「う、うん。……寧々?」


 苗字ではなく名前で呼ぶと一気に距離が近くなった気がして夏鈴は喜ぶ。


寧々「夏鈴、昨日誕生日だよね?18歳の誕生日はなにしてたの?」

夏鈴「……誕生日」


夏鈴(誕生日は日曜日で、家族でお出掛けして、ご馳走を食べて……それなりに楽しいことがあったのに、七瀬先生のことが衝撃的すぎて、誕生日の思い出を全て吹き飛ばされちゃった)


 夏鈴の頭の中は七瀬先生に花束を渡されたことで、いっぱいだった。

『七瀬先生に花束を渡された』なんて言えるはずがないので、寧々の問いに答えられない。


寧々「夏鈴?」

夏鈴「あ、……うん、普通だったよ、誕生日」

寧々「ふーん、顔赤いけど彼氏できたとか?」

夏鈴「えぇ?私になんて、彼氏できるわけないよ」

寧々「出た。夏鈴の口癖」

夏鈴「口癖って?」

寧々「『私なんて……』って口癖だよ?気付いてなかった?」

夏鈴「言われてみれば……つい、言っちゃうかも」


 夏鈴は自分に自信がない。

 顔は特別可愛いわけじゃない。身長も平均身長でスタイルが良いわけではない。運動音痴で勉強は平均以下の赤点ギリギリだ。


夏鈴(寧々みたく愛嬌もなく、無表情でいることが多い私は、周りから少し浮いてることを知っている。……分かっていても、愛想笑いというのが苦手なんだよね……)


夏鈴(なにか誇れるものが1つでもあればなあ……今の私に誇れるものは、考えてもすぐには出てこない)



 教室で夏鈴が寧々と談笑している時だった。



七瀬「水原夏鈴!」


 ガヤガヤと雑音が溢れかえる中、低く耳障りの良い声が教室に響き渡る。


 その声に呼ばれて心臓がドクンと跳ねた。
 その音と同時にクラスメイトの視線が、教室のドアの前にいる七瀬先生に向けられる。


 一瞬集中した視線は、1秒後には雑音と共に分散していった。


寧々「夏鈴? 七瀬先生に呼ばれてるよ?」

夏鈴「あ、うん……」


夏鈴(ど、どうしよう。昨日のこと……だよね?)


 逃げようかとも思ったけど、クラスメイトから見れば、生徒を呼び出している副担任と、副担任に呼び出されている生徒。

 ただただ、それだけなので逃げることは逆に不自然だ。

 気は進むはずもないが、ゆっくりと足を前に動かした。七瀬先生の前に立って彼を見上げる。


夏鈴「……えっと」

七瀬「昨日のことだけど、水原は花言葉の意味って……」

夏鈴「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」



 その場で今にも話を続けそうだったので、慌てて腕を引っ張って教室を後にした。
 
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