若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 彼は子爵家の生まれで、アーネスト家とは別の伯爵家を補佐する立場にあった。
 しかし、数年前。
 その伯爵家と子爵家が人身売買や違法薬物の取引、脱税など、多数の悪事を働いていたことが発覚。
 爵位をはく奪され、家の人間たちはそれぞれ牢や修道院に送られた。
 裁かれた伯爵家の娘は、カレンの友人だった。
 寝込みがちだったカレンの、数少ない友だったのだ。

 できることなら、友人を助けたかった。
 しかし、本人にも罪があったため、カレンの力ではどうすることもできなかった。
 そんな中、なんとか拾い上げることができたのが、この男・チェストリーだった。
 真相は定かではないが、告発者がチェストリーだった、という噂もある。
 だからか、彼だけはカレンのわがままでアーネスト家に連れてくることができたのだ。
 カレンとチェストリーは特別親しいわけではなかったが、友人を挟んで面識ぐらいはあった。
 その頃の印象は、寡黙で真面目で綺麗な人、だったのだが……。

「で、お嬢は何がおかしいと思ったんです?」
「わかってて聞いてますよね?」
「当事者であるお嬢が、話し合いの場から遠ざけられたこと」
「そう、それです!」

 びしっとチェストリーを指さすカレンの横で、見た目だけは人形のような男は「ははは」と笑っている。
 今のチェストリーは、こんな具合である。こちらが本来の姿なのかもしれない。
 
「やっぱりおかしいですよね? 怪我をしたのは私なのに、私の意見や気持ちを聞かずに話し合いなんて」
「……まあ、色々あるんでしょう」

 先程までへらへらと笑っていたチェストリーの声が、やや真面目なものとなる。
 色々ある、と彼は言った。
 カレンだって、今回の件が自分の「気にしないでください」の一言で済むとは思っていなかった。
 カレンは、アーネスト伯爵家の長女だ。カレンの身には、様々な価値がある。
 そのカレンの顔に、傷をつけたとなれば。
 どんな話がされるのかは、おおよそ見当がついた。
 このまま放置していれば、きっと、カレンが考えている通りの展開となる。
 カレンはジョンズワートのことが好きだ。
 けれど、こんな形で、こんな理由で。
 自分を抜きにして話を進められるのは、嫌だった。

「……行きますよ、チェストリー」
「どこへ?」
「もちろん、お父様たちのところへ、です」
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