若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「お嬢……これは……」
「しっ! 静かに」

 フリルのあしらわれたオレンジ色のドレスを着た美少女と、燕尾服の美青年が、重厚な扉の前でなにやらこそこそとしている。
 少女は丸めた紙を持ち、扉にそっとあてていた。
 ただ待っていることなどできなかったカレンと、主人に付き合わされているチェストリーである。
 扉の前には使用人がいたが、カレンを遠ざけるようきつく言われているわけではないらしく、見て見ぬふりをしてくれた。

 丸めた紙とともに扉に近づいて耳をすませば、少しだが話し声が聞こえてくる。

「では…………責任を…………」
「……婚約、ということで…………」

 責任。婚約。かすかにだが、そんな言葉を聞き取ることができた。
 カレンの思った通りだった。
 伯爵家の娘に傷をつけた責任を取り、結婚する。そんな流れになっているのだろう。
 わかってはいたことだが――カレンの胸が、つきりと痛んだ。
 ジョンズワートと結婚したいと思っていた。
 でも、こんな風に、彼を縛りたかったわけじゃない。
 大好きな人と結婚できるというのに、カレンの心は曇るばかりだった。

 あのとき、自分が馬から落ちたりしなければ。
 ジョンズワートの誘いを受けなければ。
 彼と仲良くならなければ。
 ジョンズワートは、こんな形での結婚など、しなくてよかったのだ。

 身体が弱く、ベッドにいるばかりだったカレンに、色々なものを見せてくれた。外の話をたくさん教えてくれた、優しい人。
 今、カレンがこうして元気に過ごすことができているのも、ジョンズワートがいてくれたからだ。
 彼がカレンの体調に合わせて外に連れ出してくれていたことだって、わかっていた。
 ジョンズワートは、カレンの想い人で、恩人、なのである。
< 11 / 210 >

この作品をシェア

pagetop