若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 大好きで。本当に大好きで。
 だからこそ、彼には幸せになって欲しかった。
 自分の意思で、道を決めて欲しかった。たとえそれが政治的な意味の強いものだろうとも。
 彼が本当に必要としている結婚を、して欲しかった。
 なのに、カレンのせいで、カレンと一緒になる以外の選択肢がなくなってしまった。
 彼はもう、カレンと結婚するしかないのだ。

 責任だの結婚だのという話になると、わかっていたはずなのに。
 実際に耳にしたそれは、ずしっと重く。
 カレンの頭はぐるぐるくらくら。
 バランスを崩し、どん、と扉にぶつかって。
 ジョンズワートたちの前に、姿をさらしてしまった。

「カレン!」

 慌てた様子のジョンズワートが、がたっと音をたてて立ち上がる。
 ちなみに、カレンが持っていた紙はチェストリーがさっと回収した。

「もしかして、聞いていた?」
「……」

 困り顔のジョンズワートが、カレンに近づいてくる。
 普段、彼がアーネスト家に来るときは比較的ラフな格好をしているが。今日の彼は、正装に身を包んでいた。
 彼の柔らかな金髪と、深い青の瞳に、この国の伝統的なカラーリングでもある白と青がよく映える。
 彼は15歳の男性としては身長が高く、カレンとは既に頭一個分ほどの差がある。
 ジョンズワートはカレンの前に辿り着くと、そっと跪いて彼女の手を取った。

「こんな形になってしまったけれど……。カレン。僕と結婚して欲しい」

 ジョンズワートの深い青が、カレンをとらえる。
 正装をしてひざまずく男と、男に手を取られたドレスに身を包んだ女。
 両者見目麗しく、この場面を見た者は、物語の中のような光景に、ほう、とため息をついてしまうことだろう。
 実際、両家の親は、絵になる二人を満足げに眺めていた。


 カレンだって、いつかこんな日が来ればいいと思っていた。
 けど。だけれども。「こんな形」は望んでいなかったのだ。
 様々な感情が、カレンの中を駆け巡る。
 ジョンズワートが好きだ。結婚したい。他の女性に渡したくない。
 こんな責任に縛られて欲しくない。自分の意思で相手を選んで欲しい。彼に、幸せになって欲しい。
 ぐるぐるでぐちゃぐちゃのカレンが出した答えは――

「お断りします」

 だった。
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