若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 そのあとは、自分でも驚くほどにすらすらと、ジョンズワートを否定する言葉が出てきた。

「私、乗馬は初めてだと申し上げましたよね? 自分から誘っておいて、大丈夫だと言ったのに、怪我をさせて……。そんな殿方と一緒になったら、傷だらけになってしまいますわ」
「傷をつけた責任を取って結婚するということなのでしょうけれど……。結婚したところで、傷は消えませんのよ?」
「そんなこともわからない方と結婚なんて、お断りですわ。ジョンズワート様」

 とにかくこの婚約をなしにしたい、彼を縛りたくない一心で、必死だった。
 彼を傷つける言葉が、こんなにも簡単に、冷たい声で出てくるなんて、自分でも思ってもいなかった。
 カレンの言葉を聞いたジョンズワートの表情は、凍っていた。

「カレ、ン」

 カレンに触れる手にぐっと力を込めながら、すがるような声で。ジョンズワートは、己の求婚を拒んだ女性の名を呼んだ。
 そんな顔をされたら。そんな声で呼ばれたら。カレンの心が、揺らいでしまう。
 ジョンズワートの幸せを願って突き放したのに、このままでは、彼の手を離せなくなってしまう。

「……触らないでください」
「っ……!」

 できる限り冷たい声でそう言い放てば、ジョンズワートはカレンの手を離した。

「では、失礼します」

 そう言ってお辞儀をすると、カレンは逃げるようにジョンズワートの元を立ち去った。
 これ以上、彼の近くにいたら――もう、拒むのは無理だった。
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