若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 きみの本当のお父さんは僕だよ。
 そう言いたい気持ちもあったが……。それを今のショーンに伝えたところで、どうなるのだろう。
 ここで重要なのは、実父かどうかではない。
 ショーンは、今まで自分の「父」としてそばにいた人を求めているのである。
 自分が本当の父だと言っても混乱させるだけだし、重要なのはそこではないから。
 ショーンが「父」を求めて泣き始めると、ジョンズワートも困ってしまう。
 そんなときでも、ショーンを落ち着かせることができるのが……実母であり、ずっと彼のそばにいた、カレンである。
 乳母もいない状態でこの子を育ててきたカレンは、幼子への対応に慣れていた。

「ショーン。おいで?」

 カレンがそう言えば、ショーンはカレンの方へ身を乗り出し、ジョンズワートの腕の中から母の胸へと移動した。
 もちろん、大人二人も慎重に子の受け渡しをしている。
 カレンに抱かれ、ショーンは母の胸にすがりついた。
 自分にべったりとくっつく、まだ幼い息子。
 カレンは目を閉じ、軽く揺れながらぽんぽん、と優しく幼子の背を叩く。
 それだけでも安心できるのだろうか。ショーンの泣き方が、少し変わった。
 先ほどまではもっとわあわあ泣いていたのに、今はぐす、ぐす、と。少し落ち着いたようだ。
 そんな息子の変化を見て、カレンは愛おし気に目を細め。
 宝物を大事に大事に抱えながら、子守り歌を歌いだす。
 特別上手いわけではないが、静かで、温かく、優しい歌声。そこに宿る愛情に、気が付かない者などいないだろう。
 次第にぐすぐすという音も聞こえなくなり――ショーンは、母に抱かれて眠りに落ちた。
< 153 / 210 >

この作品をシェア

pagetop