若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「今日はなにを持っていこうかな……」

 アーネスト邸へ行く日の朝。
 ジョンズワートは、デュライト公爵邸の庭を散策していた。
 カレンへのプレゼントを探しているのである。
 プレゼントといっても、金銭的な価値のあるものではない。
 大好きなあの子は、身体が弱く、あまり外に出ることができないから。海岸で拾った綺麗な貝殻や、紅葉して季節を感じさせる葉っぱなどを選んでいた。
 さて今回はどうするかと、頭を悩ませるジョンズワート。
 そんな彼の視界に、季節感たっぷりの、あるものが映りこんだ。
 ……木についた、セミの抜け殻である。
 一目でぴんときた。今日のプレゼントは、これにしようと。
 講師陣も驚くほどに優秀な公爵家の跡取り、ジョンズワート。
 しかし彼も、10歳の少年であった。


 結論から言えば、今回のプレゼント選びは失敗だった。
 カレンに悲鳴をあげさせたうえに、気遣いからのお礼まで言わせてしまった。
 後になってから、あまり外に出られない女の子には刺激が強かったと、反省した。

 今日は失敗してしまったが、ジョンズワートは、カレンへの贈り物を探す時間が好きだった。
 喜んでくれるかな、もっと可愛いほうがいいかな、これは見たことあるかな、と探しているあいだ、ずっとわくわくしている。
 そうして選んだものを彼女に渡すと、ありがとう、と嬉しそうに笑ってくれるのだ。
 いやまあ、今日の笑顔はジョンズワートへの気遣いからだったが。

 彼女が「ワートさま」と柔らかく自分を呼ぶ声が、心からの笑顔が、好きだった。
 公爵家のジョンズワートではなく、よく遊びにくる男の子を、ただの「ワート」を見て、話してくれている。そんな気がしていた。
 カレンのそばは、心地いい。
 彼女に会う時間を作るためなら、厳しい教育だって乗り越えられる。
 むしろ、大人たちの想像以上の成果を出して、自由時間をもぎとってやれる。
 ジョンズワートの優秀さは、好きな子に会いたい、少しでも時間を作りたいという思いから生まれるものでもあったのだ。
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