若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「とはいえ……。結婚相手を決めるとは、難しいものですね」

 立派なレディとなったカレンは、ふう、と少しばかり大げさにため息をついた。
 12歳の頃と比べても身長はあまり伸びなかったが、身体つきは女性らしく変化した。
 腰まで届く亜麻色の髪もよく手入れされ、幼少期と変わらぬ美しさを誇っている。
 緑の瞳は、憂鬱気に伏せられて。
 白を基調に、オレンジ色もあしらわれたドレスは彼女によく似合っている。
 大抵の男性は、どうしたのですか、とついつい声をかけたくなることだろう。
 そんなカレンのそばにいるのは男性のチェストリーだが、彼は「はは」と笑うのみ。

「お嬢の理想が高すぎるんじゃありませんか」
「うっ……」

 果てには、こんなことまで言ってくる始末だ。
 チェストリーの言葉に、カレンはぎくっとしてしまった。
 正直なところ、自身でも覚えがあるのだ。
 今まで、何人もの男性との縁談が持ち上がった。
 けれど、しっくりくる人がいなくて。誰とも関係が進まず、話は立ち消えた。
 理由はわかっていた。

「幼い頃にあんな人を知ってしまったら、仕方がない。そうは思いませんか……!」
「本当に仲良かったですからねー」

 ジョンズワートの存在……いや、彼との思い出である。
 カレンの中で、ジョンズワートは婚約や結婚相手の候補からは外れている。
 しかし、思い出までは消えてくれない。
 どんなに素敵な男性と話しても。ジョンズワートと同じ、公爵家の人が相手でも。
 ジョンズワートがくれた優しさや温かな思い出がチラついて、一歩先へ踏み出せないのである。

「過去形で言わないでください!」
「実際、過去じゃないですか」
「それは、そうですが……」
 
 ジョンズワートは既に大切な人を見つけているというのに。カレンはこのザマだった。
 しかし、思い出は思い出。過去は過去。カレンだって、未来へ進まなければいけない。

 そんなカレンであったが、一人だけ、一緒にいるとなんだか安心できる人がいた。
 その男性との話は、まだ消えていない。

「…………そう、ですよね。いつまでも過去ばかり見ていないで、先へ進まなければ、いけませんね」

 カレンは、その男性との縁談を進めることに、少し前向きになった。
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