若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 庭に用意されたテーブルまでたどり着くと、それぞれ席につく。
 アーネスト家の使用人が二人にお茶を出すところまで済んだら、ジョンズワートが口を開いた。

「お父上から、聞いているとは思うけれど」

 彼はそこで、一度言葉を切る。
 目を閉じながら深く息を吸って、吐いて。
 それを何度か繰り返した頃に現れた青い瞳は、ひどく真剣な色を宿していた。

「カレン。改めてきみに言う。僕と、結婚して欲しい」
「……っ」

 予想通りの展開だった。
 前に同じ言葉をもらったとき、カレンはひどいことを言ってジョンズワートを傷つけた。
 怪我をさせた責任を取るだなんて形で結婚を決めて欲しくなくて、カレンなりに必死だったのだ。
 それなりの年数が経過したが、今もカレンの額にはくっきりと傷がある。
 指の先から第一関節ぐらいまでの長さだろうか。それが、額のはじっこに。
 前髪で隠すのは簡単だが、髪型を変えたり、風が吹いたりすれば、傷跡が見えてしまう。
 ジョンズワートはきっと、まだこのことを気にしているのだろう。

 今のジョンズワートには、カレンとは別に、大切な人がいる。
 だから、今回もきっちりお断りしなければいけない。
 ここでしっかり拒絶すれば、今度こそカレンから解放されるはずだ。
 彼の幸せを願うなら、今ここで、嫌だと言わなければ。
 なのに。カレンの口は動かなかった。
 彼の顔を見ることができず、カレンは下を向く。
 ジョンズワートへの恋心が生きていることを理解してしまったカレンには、頷くことも、首を横に振ることも、できなかった。
 ジョンズワートが欲しい。責任を取るという理由でもいいから、彼と結婚したい。
 そう、思ってしまったのだ。

 黙って俯いてしまったから、カレンは知らなかった。
 ジョンズワートが、とても苦しそうにカレンを見つめていることを。


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