若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
「カレン……! カレン! 返事をして、カレン!」
「う、ん……。わーと、さ、ま」

 カレンの意識ははっきりせず、額からは血が流れていた。
 すっかり動転したジョンズワートは、カレン、カレン、と彼女の名を呼ぶことしかできない。

「どいてください! お嬢、大丈夫ですか!」

 そんなジョンズワートとカレンの間に入って容態を確認し、医者に診せるよう手配したのは、チェストリーだった。
 チェストリーのおかげで、カレンはすぐに医師の処置を受けることができた。
 従者が主人を守るのは当然のことだが――ジョンズワートは彼女に怪我をさせただけで、何もすることができなかった。

 処置の甲斐あって、カレンはその日のうちに会話ができるところまで回復。
 しかし、額に怪我をしており、傷が残るだろうと言われていた。




「はしゃぎすぎた私も悪いのですから、どうか気になさらないでください。ワート様」

 意識を取り戻したカレンは、ベッドの横でうなだれるジョンズワートにそう声をかけた。
 それはカレンの本心だったが、ジョンズワートの心は晴れないし、本当に気にしないわけにもいかなかった。
 見えにくい位置とはいえ、伯爵家の長女の顔に、傷をつけたのである。
 それも、好きな子と過ごす時間が楽しすぎて舞い上がり、必要な指示や支えを怠った、という理由で。

「カレン……。僕は、君をひどい目に……」
「……そんなことありませんわ。私、とても楽しかったのですよ」
「けど……」
「ワート様……」

 ジョンズワートは、俯きながらぐっと唇と噛みしめる。
 あまりにも辛そうな彼の姿に、カレンも何も言えなくなってしまった。
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